7話 堰の改修と魚道
春の終わり。
中流域にある旧堰の改修工事が始まった。
この堰は、かつて農業用水を引くために造られたもので、長らく地域の米作を支えてきた。
しかし、年数を経て老朽化が進み、水の流れも不安定になっていたうえ、完全にせき止める構造のため、魚たちが上流へ遡ることができなかった。
「水は人だけのもんじゃない。命にも道を残してやらなきゃな」
ヘイジは、新堰の設計にあたって、まず農民たちと膝を突き合わせた。
「鮭のために水の流れを変えるなんて、そんな余裕ない」と初めは反発もあった。
だが、彼は数字と図面を持って、丹念に説いた。
「魚道を作っても、水量は確保できる。むしろ、流れのコントロールが正確になる分、灌漑は今より安定するはずだ」
「しかも、魚が戻れば、川の命が回る。回りまわって田んぼにも、虫にも、人にも恩がある」
その言葉に、静かに耳を傾けていたのは、長老の農夫だった。
「……昔はな、この川で鮭が跳ねるのを、水路の上から子どもらと眺めたもんだ」
その一言が、空気を変えた。
* * *
新堰は、水門によって灌漑用水を調節する機能を持ちながら、横に**魚道**を設ける設計となった。
石を階段状に積んだ「階段式魚道」、流れを緩やかに保つ「スロープ式」、水中に隠れ場所を設けた
「緩衝池」など、鮭の遡上を助けるための工夫が随所に盛り込まれていた。
工事が進む中、村の子どもたちが川べりに見に来ることが増えた。
「ここ、鮭通るの?」「ほんとに上がってくるの?」
ヘイジはその問いに、真っ直ぐに答えた。
「来るさ。お前らが大人になるころには、毎年見られるようになってるかもしれん」
* * *
堰の完成式典の日、農民たちが持ち寄った餅と汁物が振る舞われる中、
一番高い段に水が流れ込み、魚道が静かに川とつながった。
「魚も、田んぼも、人も、みんな一緒に生きてる。そんな風に考えたって、いいんじゃないかと思ってる」
そう語ったヘイジに、誰かがぽつりと呟いた。
「……なんだか、鮭じゃなくて、こっちが帰ってきたような気がするな」
それは川の再生にとどまらず、かつて失われかけていた地域の記憶と誇りが、再び流れ出す瞬間だった。
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