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9話 鮭の一生

それは、静かな冬の川底で始まる。

雪がちらつくある日、川の砂利の奥深くで、小さな命がふるえていた。

冷たい水のなか、流れに守られるようにして、卵が静かに孵化する。

やがて、卵からかえった仔魚は、まだ目も見えぬまま、川底の石の間でじっと身をひそめる。

そこには光もないが、確かに命が脈打っていた。


春が訪れると、稚魚たちは少しずつ動き出す。

冷たい水をかき分け、小石の間から顔を出し、流れに乗って泳ぎはじめる。

その小さな背中には、やがて何千キロも旅する運命が背負われていた。


流れに逆らわず、下る。

ひとたび海へ出ると、そこはまるで別の世界。

波がうねり、太陽がまぶしく輝き、捕食者もまた無数にいる。

だが、鮭の稚魚たちは、群れとなって沿岸を泳ぎながら力を蓄えていく。


春から夏、夏から秋へと、彼らは海を渡り、次第に東へと進む。

広大な海――

そこは、命を賭けた成長の海。

鮭はそこで数年をかけて逞しく育つ。

その中で、鮭は肉を厚くし、体に海の栄養を蓄えていく。


そして――ある年の秋。

彼らは突き動かされるように、かつて生まれた川をめざし、はるかなる旅を始める。

その距離、数千キロ。

故郷の川の匂いを頼りに、荒れ狂う波も、大海の捕食者も、すべてを越えてゆく。


やがて、川の河口が見える。

海水と淡水が交わるその場所で、鮭たちは水に触れ、故郷の記憶を確かめる。

そして、一気に川をさかのぼる。


激しい流れ。岩の段差。

何度も飛び跳ね、転げ落ち、また泳ぎ出す。

その体は、やがて銀色から赤みを帯び、背には縞が浮かびあがってくる。

まるで、命の炎が表に現れたように。


上流へ、さらに上流へ。

やがて鮭は、水が澄み、底に小石が広がる産卵に適した場所へたどり着く。

そこにはわき水が流れ、やわらかな砂利がある。

メスが尾で小石を掘り、産卵床を作る。

そこへオスが寄り添い、生命の営みが行われる。


その瞬間、命は未来へと託された。


産卵を終えた鮭たちは、しだいに動きを止めていく。

体の脂は抜け、色は白っぽくなり、「ほっちゃれ」と呼ばれる姿となる。

川の生き物たち――カモメ、キツネ、川虫たちがその体をついばみ、命をつないでいく。

海で得た栄養は、こうして陸の奥深くまで運ばれ、再び森や川の命を育むのだった。


鮭は、自らの死をもって、生まれ育った川を再び豊かにする。

それは、はかなくも力強い、命のリレー。

そしてまた、冬の川底には新たな卵が眠り、静かに次の春を待っている。


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