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プロローグ

挿絵(By みてみん)


海に面するナーク領は、サイアム王国の西方に位置し、海に面した平地が広がる穀倉地帯であった。

中でもナーク川とその支流を中心に営まれていた鮭漁は、領の経済と文化を支える中核産業であり、村の誰もが一度は漁に関わる――そんな時代が、かつて確かに存在していた。


川を遡る銀鱗の大群。秋の風が吹くころ、ナーク川はまるで生命そのものがうねるような、激しい奔流と化した。

水面は波打ち、鮭が跳ね、空を飛ぶかのように魚影が舞った。

村人たちは朝から晩まで網を張り、仕掛けを点検し、子どもたちでさえ鮭の腹から筋子を取り出す手伝いを誇らしげにしていた。


「今年もよく獲れたな!」


「ほらほら、皮は丁寧に剥げよ、王都に送るんだからな!」


収穫のたびに歌が生まれ、酒が交わされ、鮭の脂が乗った日には神に感謝を捧げた。

ナークの人々にとって、鮭はただの魚ではなかった。


「贈り物」だった。

川からの、海からの、自然と神々と祖霊たちの――豊穣の象徴。

けれど。


「……今年は、少ないな」


そんな声が出たのは、十四年前の秋だった。

それでも漁師たちは笑った。「たまたまさ」と、肩をすくめて酒を飲んだ。

次の年も、またその次の年も、「今年も少ないな」「潮が変わったのかね」「まあ、そういう年もあるさ」――

それでも日々の糧にはなったし、蓄えもあった。

だからこそ、人々は気づくのが遅すぎた。


網は空を引き、仕掛けは腐り、加工場の煙突からは煙が出なくなった。

王都からの献上依頼も断られ、かつての栄光を語る者も次第に少なくなっていった。


「鮭が……いなくなった……?」


川の水は清らかに流れている。だが、あの群れは、あの跳ねる姿は、どこにもいなかった。


「自然が怒ったのさ」


「いや、人間が欲をかきすぎたんだ」


「“鮭神”を祀る社も壊れちまったしな……」


原因は誰にも分からなかった。いや、誰も本当の原因を語りたくなかった。

漁師は鍬を握り、魚屋は農産物を売り始め、少年たちは「鮭って何?」と首をかしげる。


――ナークの川は、静かになった。


村の広場に今も残る巨大な鮭像。その銀の鱗に、誰ももう祈りを捧げることはない。


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