表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
生殖促進法  作者: 藤乃
1/2

第一条 目的

 山田和男の人生は、手入れされず埃にまみれた窓のようだった。くすんだ、冴えない中年男。学生時代からそれは変わらず、就職戦線では敗北を繰り返し、今は短期の仕事と失業手当の薄汚いサイクルを生きるのみ。安アパートのフローリングは傷んで剥げつつある。部屋の隅にはコンビニの袋に詰め込まれた空のビール缶と弁当の空容器が、まるで山田の人生の墓標のように積み重なっている。タバコの匂いが染みついた室内は、春の陽光でも浄化しきれない淀みを溜め込んでいる。


 それでも、山田の手には画面の端がひび割れたスマホが握られている。画面の光は、山田の数少ない娯楽で生きがいだ。まとめニュースをスクロールしながら、世間への不満を吐き出す。妬み、嫉み。それが山田の日常にくべられる唯一の燃料だった。古い座布団に座り、親指が画面を這う。ニュースの見出しが山田の視界の中で踊る。


「また値上げだと? 馬鹿どもが買い溜めに走るから、俺みたいなのが割を食うんだよ。」


 ムカムカと腹の底から湧き上がる怒り。前職で勤めていたスーパーの記憶が脳裏に蘇る。バックヤードで魚函から漂う磯臭さに辟易しながら在庫管理を行い、品出しのために店頭に出ていくと客から「高い」「品切れにするな」と理不尽に責められたこと。ベタベタと汗と油でベタつく制服の感触や、客の苛立った声がまだ耳に残っている。


「言い返さなかっただけ褒めてもらいたいくらいなのに、愛想が悪いとか言って簡単にクビにしやがった。あいつのほうがよっぽど態度悪かったのに。ちょっと顔がいいってだけでチヤホヤされやがって。」


『あいつ』とは、山田と同時期にスーパーで働いていた松本柚葉だ。近所に住む女子高生で、昔から店に来てたからスタッフにやたらと可愛がられてた。

 山田が態度が悪いと判断したのは、柚葉がかなりの美少女で、下心を持って近づこうとしたのがあっさりバレて、冷たく距離を置かれたからで、完全に逆恨みだ。


 柚葉は大人顔負けのプロポーションだったが、精神的には高校に進学したばかりでまだ子供っぽい無垢さが残ってたが、整った容姿とのギャップも相まって山田は柚葉に対して強い性的欲求を抱いていた。

 柚葉の制服越しに揺れる巨乳を揉みしだいてから滅茶苦茶に犯す妄想を、山田は何度かオカズにしていた。


 品出しでしゃがんでいるところを上から覗いたらわずかに見える胸の谷間、スカートが張り付いてピチピチの尻に浮かび上がるパンティのライン。柚葉のことを思い出すだけで股間が疼く。


「つまらねえニュースばかりだ……ん?」


 スクロールする指が止まる。目を奪う見出しが、画面に浮かんでいた。


「生殖促進法の制定? 何だこのバカバカしいタイトルは。釣りならもっとマシなものにしろよ。」


 チッと舌打ちする山田。まとめニュースの偽装広告には慣れっこだった。特に性的なタイトルは必ず偽装だと決まっていて、山田も何度か騙されてきた。

 だが、そのタイトルは山田の心に小さな疼きを残した。40を過ぎて結婚はおろか、まともに恋人がいたこともない山田にとって生殖という行為は縁のないものだった。

 しかし山田は人並み以上の性欲で性行為そのものには強い関心があり、懐具合に余裕があるときは風俗で女を抱くこともある。ヌルヌルと滑るローション越しの膣の感触を思い出すが、絶対に妊娠させないよう対策を取ったうえで金を払って大した容姿じゃない商売女に性処理をしてもらっているだけという自身の惨めさを生殖という単語から見せつけられたように感じていた。

 苛立ちを押し殺し、ゲームアプリを起動する。画面の光が部屋を支配し、電子音が山田の孤独を掻き鳴らす。


 ピンポーン。


 玄関のチャイムが、静寂を切り裂いた。甲高い音が、狭い部屋に不気味に響く。


「誰だよ、こんな昼間に。通販なんか頼んだ覚えねえぞ。」


 面倒くさそうに体を起こす。玄関まで数歩の距離だが、ギシギシと床のきしむ音が山田の苛立ちを増幅させる。ドアスコープを覗くと、スーツ姿の女が立っているのが見えた。どうせ訪問販売か宗教の勧誘だろう。山田の頭をそんな思いが掠めるが、チェーンを掛けるのも面倒で、そのままドアを開いた。


 そこにいたのは、目を奪うほどの美女だった。20代後半、キャリアウーマンのような洗練された雰囲気。だが、女はそれ以上の存在感を放っていた。ムッチリと豊満な胸でスーツのVゾーンが大胆に開き、U字のように広がっていた。黒いハイヒールが、玄関のコンクリートにカツンと軽い音を立てる。その目は、山田の心臓を射抜くように鋭く見つめていた。


「ど、どちら様……?」


 山田の声は上擦り、さっきまでの憤りが嘘のようなたどたどしい言葉しか出てこない。そのうえで突然の訪問者の胸元から目が離せない。スーツ姿からおおかた保険の勧誘だろうと決めつけながらも、山田の身体はすでに別の答えを求めていた。


「はじめまして。生殖促進委員会の青木と申します。本日は、山田様の生殖能力の検査のためお伺いしました。」


 青木の声は低く、滑らかで、まるでタールのように耳に絡みつく。山田の頭は真っ白になった。


「はぁ?」


「先日施行された生殖促進法に伴い、当委員会は生殖能力の検査と、能力が認められた男性との性行為のため、対象となる男性のお宅の訪問を行っております。」


「性行為? ちょっと待て、今なんて?」


「はい。」


 青木は微笑む。その表情は発言の異様さを全く感じさせない自然なものだった。


「生殖促進法に則り、本来であれば定期健診や雇入れ時健康診断で検査を行いますが、施行直後のため、委員会から検査官を直接派遣し、求職活動中の方を中心に検査を実施しております。」


「えっと……いや、生殖促進法って……マジなのかよ?」


「もちろんです。少子化による人口減少を食い止めるための新法です。ぜひ、ご協力いただけませんか?」


 山田の頭は混乱していた。詐欺か、狂人の妄言か。だが、限界まで膨らましたビーチボールのような青木の胸に視線が吸い寄せられ、理性は欲望の波に飲み込まれつつあった。青木の整った姿が山田の劣等感を刺激していることも無関係ではないだろう。


「せ、生殖能力の検査って、例えばどんなことをするんだ?」


 山田の声は、期待と疑念が混じり合い、わずかに震えていた。外から吹き込む風が、部屋の中に吹き込み淀んだ空気を巻き込んで通り抜けた。

 その言葉を聞いた青木は一歩踏み出す。ハイヒールの音が響き、山田の心臓を締め付けた。


「まず、山田様の射精能力を直接確認させていただきます。」


 青木の声は囁くようで、しかし命令の響きを帯びていた。


「この検査は、法律で定められた義務ですが、山田様の要望には最大限応えられると考えております。」


「私も及ばずながら協力いたしますので、射精、していただけますか?」


 青木はそう告げると、そっと山田に体を寄せて、張りのある豊満な胸を山田に押し付ける。


 良く分からないが清潔感のある香水の匂いがフワッと漂い、その奥にかすかにある女の甘い体臭が鼻腔を刺激する。


 山田の息が止まる。青木の指が、トレーナーの上から山田のペニスに触れる。

 それは青木の胸を見ていたことで欲情し、半勃起状態になっていたが、青木は嫌がる様子もない。

 山田はここに至って寝間着姿のまま応対していたことに気づくが、青木の発言ですぐにそんなことはどうでもよくなった。


「山田様に射精していただけるようご奉仕したいのですが、私の手か口で良いでしょうか、それとも胸のほうがよろしいでしょうか」


 青木がスーツのボタンを外す動きを見せると、抑えつけられていた胸が解放され飛び出すように揺れた。

 青木の本当の目的が何であれ、山田の思考は既に誘惑に抗う術を失っていた。


 山田は喉をごくりと鳴らした。

 青木の言葉は、まるで甘い毒のように山田の理性をトロトロと溶かしていく。青木の指がトレーナーの上から山田の半勃起したペニスを軽く撫でると、電流のような快感が背筋を駆け抜けた。山田の息は荒くなるが、視線は青木の胸元に釘付けだ。ブラウスのボタンが一つ、また一つと外され、胸が徐々に露わになり、それを包むきめ細やかな黒のレースのブラジャー越しに見える白い肌は春の陽光に照らされて輝き、黒のレースとのコントラストで山田の欲望を飲み込む食虫植物のように見えた。


「胸、で……いい。」


 山田の声は掠れ、喉の奥で欲望が渦を巻く。青木は微笑みを深め、まるでその答えを予期していたかのようにスーツのジャケットを脱ぎ捨てる。ブラウスもスルスルと滑るように床に落ち、黒いレースのブラジャーが青木の豊かな曲線を強調する。


「玄関でも構いませんので、お部屋にお邪魔してもよろしいでしょうか?」


 青木に誘導されるまま山田は青木を部屋の中へ招き入れる。玄関のドアを閉めると、フローリングの上で青木はひざまずき、山田のトレーナーを下ろした。硬く膨張したペニスが解放され、青木の目の前で脈打つ。


「素敵です、山田様。」


 青木の声は淫靡な響きを帯びていた。

 青木はブラジャーのホックを外し、胸を完全に晒す。柔らかく弾力のある乳房は、重力に逆らうように張り詰め、先端のピンク色の突起がわずかに硬くなっている。青木は両手で自分の胸を寄せ、深い谷間を作り出すと、山田のペニスをその間にヌルリと滑り込ませた。


「うっ……」


 山田が低く呻く。青木の柔らかな圧迫感は、まるで山田を別の世界へと引きずり込むようだった。滑らかで色白の肌がペニスを包み込み、青木が胸を上下にユサユサと動かし始めると、快感の波が山田の全身を貫いた。


「んっ……気持ちいいですか、山田様?」


 青木からかけられる声は甘くとろけるようでペニスを包み込む乳房のように柔らかい。だがしかし、どこか支配的な響きを帯びているよう山田に感じさせた。


 青木は柔らかく熱を帯びた肌で山田のペニスを完全に包み込み、滑らかな表面をペニスが往復するたびに粘性のある液体がまとわりついてドロドロに溶け合うような快感をもたらす。青木が胸を上下に揺らすと、湿った肉の擦れるズチュズチュという音が部屋に響く。青木の乳首は硬く尖り、先端が擦れるたびに小さく震えては、また熱心に奉仕を続ける。青木の動きはリズミカルで、まるで山田の反応を知悉しているかのように手慣れた様子で緩急をつける。時折、青木の舌が谷間から覗くペニスの先端を軽く舐め、その艶めかしい感触がさらなる刺激を加えた。


 青木は山田の喘ぎ声を聞くたびに目を細め更に刺激を与えてくる。青木の谷間に滴る先走り汁が白い肌をテカらせ、さらに滑りを増す。山田の意識は青木の胸に飲み込まれる。


「どうでしょう、山田様。この胸、気に入っていただけてますか?」


 青木は濡れた目で山田を見上げ、誘うように問いかける。

 山田は答える代わりに喘ぎ、腰が無意識に動き出す。青木の胸は山田の動きに合わせてしなやかに揺れ、先走り汁とと唾液で滑りが増すたびに、快感はさらに鋭くなる。


 部屋の空気は熱を帯び、部屋の一部になっていたタバコの匂いが青木の香水と混ざり合って異様な甘さが漂う空間へと変換される。山田の息は乱れ、快楽の頂点が近づくにつれて山田の意識は白く霞んでいく。青木はそれを察したかのように動きを加速させ、胸の圧迫を強める。青木の乳房は山田のペニスを完全に包み込み、柔らかな肉の感触が山田を追い詰める。


「出して、山田様。私の胸で、全部出してください」


 青木の囁きは命令のようだった。その言葉が引き金となり、山田の全身がビクビク震え、熱い脈動と共に精液が迸る。白濁した液体は青木の胸にビチャビチャと飛び散り、谷間を滑り落ちるところを見る山田は、まるで至高の芸術作品をドロドロの汚物で穢す最低の背徳行為をやり終えたように感じていた。

 青木は動じることなく、むしろ満足げに微笑むと、そっと胸を離し近くに置いていた検査キットを手に取った。


 青木は器用に精液をキットの容器に集め、カチリと蓋を閉じる。その動作は事務的で、さっきまでの熱意のこもった奉仕の余韻を全く感じさせない。


「素晴らしいサンプルです、山田様。ご協力ありがとうございました。」


 青木は立ち上がり、ブラジャーとブラウスを身に着け直す。山田は床にへたり込み、荒い息をつきながら、今起きたことが現実なのか疑う。


 青木はスーツを整え、ハイヒールの音を響かせながら玄関の外へ出る。


「結果は後日お知らせします。またお会いできることを願っております。」


 バタンとドアが閉まる音が部屋に響き、山田は一人、埃っぽい部屋に取り残された。


 射精後の虚脱感と、かすかに残る青木の香水の匂いだけが、さっきの出来事が夢ではなかったことを告げていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ