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第7話 故きを温ねて

 ───エラクトリア創成史




 エラクトリアは今から数百年以上前に、初代国王であるザオブルユ=エラクトリアと王妃アンホーカ=エラクトリアの手によって建国された。植物も生えない、動物も暮らせない、死んだ土地として知られていた現エラクトリア領に魔法を使って恵みをもたらしたことが始まりとされている。


 死んだ土地として知られていた領土は、魔法によって瞬く間に生気を取り戻し、動植物が豊かに生き、それに伴って行き場のなかった人々が集まって、徐々に大きな集落として成長を遂げていった。


 もちろん、すべてが順調に進んだわけではない。資源豊かな領土を狙った他国の侵攻や、あらゆる種族、国籍の者たちが集まったことによる衝突も少なくなかった。だが、あらゆる困難に初代国王と王妃は知恵と勇気、そして類まれなる魔法の才でそのことごとくを退けたのである。


 だが、いかに優秀であっても、人である以上その命には限りがある。命尽きる最後の瞬間、国王夫妻は己の魔力のすべてを用いてある儀式を行ったとされている。この儀式こそ『愛の加護』と呼ばれるもので、この国で生まれ育つ我々が、生まれながらにその身に加護を授かる理由である。


 我らは豊かに育てという我らが偉大なる初代国王夫妻の遺志を継ぎ、この加護を正しく使い、国を末永く繁栄させていかなければならない。




 要約するとこんなところだろう。よくあるおとぎ話のようだが、この国の人間が加護とやらを授かる理由はこういうことだったらしい。


 さて。となると気になることは2つ。


 まず1つ目は、この記述通り加護が遥か昔にかけられた大魔法によるものだとして、なぜ外部から連れてこられた僕たち異世界人にその加護とやらが発現するのか。それも強大なものが。初代国王たちが将来の国民たちのことを考えて行使した魔法ならば、異世界人に加護が授けられるのはおかしな話だ。


 2つ目は……そもそも、なぜ僕がこの本を読めているのか、だ。


 もともと、おかしいとは思っていた。異世界だという割に普通に会話できている。リディアさんのように、明らかに日本人とは思えない目鼻立ちと髪色をしている人々との会話に何ら支障がない。異世界だというよりもVRゲームの中だと言われた方が納得できてしまいそうなほどに、都合が良すぎる。そしてこれは本に関しても。異世界のくせして、共通語が日本語?普通に考えたらおかしいだろう。僕が図書館に来たかった理由はこの確認のためでもある。


 だが、現状確かに僕は会話も読書もできている。加護無し判定の水晶玉を信じるなら、僕が翻訳能力を有しているとは考えにくい。そもそも、他のクラスメイトも会話に支障がなかったし、例の儀式で僕が聞き逃したわけじゃなければ、そんな加護を授かったクラスメイトもいなかったはず。


 となると、考えられるのはいくつかある。まずは、初代国王が行った加護の儀式のように、一定の範囲で言語によるコミュニケーションに不都合が生じないようにする、いわば結界のようなものが張られている可能性。この効果で、僕達は全く違う言語を見聞きしても、それを理解し、扱うことができている……魔法という何でもありの存在がある以上、これが納得しやすい気はする。


 次点で、本当にこの国、あるいはこの世界の言語が日本語である可能性。この場合、異世界というより、僕達の文明が何らかの原因で崩壊した遥か先の未来、あるいは過去と考える方がまだ信憑性があるかもしれない。異なる世界で全く同じ言語が生まれるとは思えない。または、この世界が俗にいうパラレルワールドで、科学技術でなく魔法文明が発展した可能性。この場合、本にある建国記は嘘ということになるが。


 ……これは一旦置いておこう。今考えたところで正解にたどり着けるとは思えない。


 僕は席を立って再び本棚へ向かった。


 図書館に蔵書されている本はどれもアンティーク的な古風の見た目をしている。そのため、背表紙を見て判断することはできず、1冊1冊を手に取って表紙を確認するしかない。幸いなのは、「魔法」「歴史」「芸術」など、一応本棚ごとに分野を決めて本が収められていること。


 思えば、この図書館は窓と本棚の位置をある程度離しており、直射日光を避けるように保管している。さっき手に取った本もそんなにこぞって読まれるものではないと思うが、埃1つなかった。この管理体制から、ルーレさんが本をかなり大切にする人だというのが随所から伝わってくる。


 そういえば、さっきも本のことを「みんな」と呼んでいたな。そもそも本がかなり好きなんだろう。まあ、図書館司書なんて本好きじゃないとやらないだろうが。


 先ほど読み上げたエラクトリア創成史を本棚に戻して、小さく呟いた。


「あとは……」


 国の歴史については最低限把握できた。あとはもう一つ、気になっていたことを調べたい。だが、本棚を見る限り、求めた情報を記載しているものがなさそうだ。


 ルーレさんに直接聞くのは、さっきの態度からしても避けた方が良いだろう。自力で探すしかない。僕は図書館内部を歩き回る。


 そして、一か所ドアを見つけた。


 ドアノブに手をかけると、ガチャンと重たい音がする。鍵がかかっているようだ。


 ───宮廷資料庫


 かかっている札からして、恐らく目当ての物はここにある。だが、現在は入る手段がない。鍵はおそらくルーレさんが持っているのだろうが、頼んで開けてもらえるものでもないだろう。閲覧制限があるからこその施錠だ。


 だが、諦めるという選択肢は僕にはない。


 僕は再びルーレさんのもとまで戻ることにした。


「すみません。ルーレさん、ありがとうございました」


「読み終わったのならさっさと出て行ってちょうだい」


 相変わらずの塩対応。会話するのも億劫という感じだ。ルーレさんに進んで会話してもらうためには、今のアプローチから切り替える必要がある。


 おそらく、もっとも効果的なのは……


「大変綺麗な本棚でした。自分がもといた世界でも、ここまで丁寧に扱われている図書館は稀ですよ」


 ピク、とルーレさんの体が微かに動く。……ビンゴ。


「もといた……?あなた、異世界人?」


「ええ、本日執り行われた勇者召喚の儀で呼び出された中の1人です」


「ああ、そう言えば今日だったわね」


 今思い出した、という反応でそう呟くルーレさん。本第一なのは見ていて予想できたが、他のことにはかなり無頓着、というか興味がないらしい。


「ねえ、私はあなたに本を見る許可をあげたわよね」


「え?ええ」


「そんな私には何か見返りがあっても良いと思うの」


 ……何もしてないのに?


 そんな言葉は当然口から出さず、にこやかな笑みで答える。


「何をお求めでしょうか」


「あなたのいた世界の図書館について、本について。話してちょうだい」


「……構いませんけど、お仕事中だったのでは?」


「ちょうど終わったところよ」


 だったらあんな口調と雰囲気で追い出そうとしなくても良かったのでは。そんな軽口は先ほど同様呑み込んでしまう。


「では、自分の一番好きな本を紹介させてください」


 そこから僕たちは、しばらくの間、本談義に花を咲かせるのだった。

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