第6話 調査開始
城の中というのは、荘厳な雰囲気ではあるけれど、あまり景色が代わり映えしないので正直、飽きが来てしまう。まあ、それは廊下の占める割合が多いというのが関係しているんだろうけど。
「蘆堵様。こちらが図書館になります」
「ここですか」
少し大きめな扉が2つ。今回の僕の目的の場所だ。
「案内ありがとうございました」
「はい。あの……」
リディアさんが少し口ごもる。僕は彼女が再び口を開くのを待った。
「図書館の司書さん、ルーレ様という方なのですが」
「そのルーレさんがどうかしたのですか?」
リディアさんが小さく手招きをする。どうやら少し屈んでくれということのようで、僕は体を彼女に近づけた。
「ルーレ様なのですが、少々気難しい方なので、くれぐれも怒らせないように注意してください」
彼女はこそっと耳元にささやいた。くすぐられるような感触に一瞬むずむずと奇妙な感覚が走るが、僕はすぐさま言葉を紡ぐ。
「そうなんですか?」
「はい。以前、メイドの1人が粗相をしてからというもの、メイド全員が緊急時以外は立ち入り禁止とされるくらいには」
おーう。それは確かになかなかだ。
「気を付けます」
「では、私はここでお待ちしていますね」
「いえ、リディアさんは先に戻っていてください。他に仕事もあるでしょうし、多分僕の方は遅くなると思うので」
「遅く……あの、蘆堵さま」
僕の言葉が引っかかったのか、リディアさんは僕に尋ねてきた。
「蘆堵様は召喚された勇者様ですよね?パーティーの方は宜しいんですか?……まさか、何かお気に召さないことがございましたか」
リディアさんはこの城に仕えるメイド。特段、言及せずにここまで一緒にいてくれたが、召喚者の立場にいる人間がパーティーをずっと抜けっぱなし、というのは流石に気になるみたいだ。
「リディアさん。召喚者の中に、1人だけ加護無しがいるって話、聞いてませんか?」
「え?……もしかして」
リディアさんは察しが良く、僕の意味するところを分かったらしい。
「パーティーに出てもしょうがないんですよ。では」
「あ、蘆堵様───」
僕は背中越しに聞こえる彼女の声を最後に、重たい図書館の扉を開けた。
図書館の中はもう遅い時間ということもあるのか結構暗い。本棚で作られた道の向こうからうっすらと漏れている明かりを頼りにゆっくりと歩みを進めていく。
並んだ本棚はなかなかの高さがあり、成人男性であっても本棚の一番上の段には脚立が必要となるだろう。ずらりと並べられた本は装丁が革製なのか、どれも美しく、重厚感があるものばかり。思わず上下左右と視線を動かしてしまう。
それに伴い歩みは遅くなってしまい、僕が本棚の道を抜けるのには少々時間を要してしまった。
そして、意識が本棚に向いている僕は、最後の一歩で視界が開けた瞬間に、思わず息を呑むことになるのだった。
「……」
図書館の中央に置かれたデスクと、その上に浮かぶ1つのガラス製の星。いや、正確にはガラスなのか分からないが、その透明な幾何学的立体はそう形容するのがぴったりだ。もといた世界では確か……ダヴィンチの星、と呼ばれる形だ。
星の照らすデスクに、1人の少女が腰かけている。少女はデスクに置かれた色とりどりの鮮やかな液体や粉末、筆などを用いて1冊の本に細工をしているようだった。その様は、さながら1人の芸術家が心血を注いで作品を作っている様にも見える。
カチャカチャとなる金属音、何かを払う筆の音、ぽちゃっという液体の揺れる音と、その向こうにある少女の微かな呼吸。見惚れてしまうようなその光景は、少女が小さく息を吐きだし、本を閉じる音を最後に終わりを告げる。
「……あら、人」
グッと椅子に座ったまま伸びをした彼女が、ようやく僕を視界に捉えてそう言った。金色のフレームが輝く眼鏡越しに、緑色の瞳がこちらを見据える。
「あー、今ってお話ししても大丈夫ですか?」
「ダメね」
ピシャリとそう言ってのけられる。
「もう遅いし、私も忙しい。構ってる余裕はないの」
僕なんかに興味ない、という態度で答える少女。リディアさんの言っていたように気難しいタイプの人のようだ。だがまあ、さっきの様子を見るに忙しいというのも嘘ではないだろうし、大変な時に余計なことにまで気を回したくない気持ちは分かる。
さて。早速躓いたな。僕は一刻も早くこの世界について知る必要がある。この広い図書館で検索機もないのに目当ての本を探すのは骨が折れるだろう。時間が限られている以上、司書のルーレさんの助けはできれば欲しい。
「1冊だけでいいんです。この世界の歴史についての本、ありませんか」
「ないわ。用件はそれだけ?だったら帰って頂戴」
「……」
この人の心象を考えるのであれば、ここは潔く引いた方が良いと思う。だけど、僕にはそもそも残されている時間がどれだけあるか分からない。働かざるもの食うべからず、とはよく言ったもので、今でこそ雑な扱いを受けていないが、僕がいつまでも王や城の下で保護されるとは限らない。なんせ他のクラスメイトとは違い、加護無しだ。穀潰しなのに「まあ大丈夫やろ」とどっしり構えられるほど、僕は肝っ玉が据わっちゃいない。
となると、やはり独自に動く必要があるわけだ。情報収集に当たり、ルーレさんにへのアプローチはいくつか考えられるけど、どれだけ効果を発揮するか分からに上に、反感を買ってしまったら最悪だ。メイドさんのようにそもそも入室禁止にされたらたまったものではない。
……仕方がない。
「では、勝手に調べるのもダメでしょうか。勿論静かにしますし、本は必ず元あった場所に戻します。丁重に扱うことは言わずもがな」
「……」
ルーレさんは僕を数秒見つめると、ふと机の上を見やる。そして、彼女のデスクから少し離れた場所を指さした。
「あの場所で読むこと。持ち出しは一切禁止。もし、みんなに傷1つでも付けたら殺すわ」
「……はい」
こ、こえぇ……出入り禁止の原因になったメイドさん、もしかして本に紅茶でも零したんだろうか。
ルーレさんは僕に言葉を告げた後、再び自分の作業に戻り始める。さっきの集中力を考えると、僕を視界に入れていたところで監視できるかどうかは疑問だけど、ひとまず許可が出たので目的の本を探そう。
僕は本棚へと歩みを進める。夜は長くなりそうだ。