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第5話 風に吹かれて

 長い廊下を歩いて、数回曲がった先の扉を開く。ひゅう、と少し冷たい風が通り抜け、その風上の方に桶に水を張って、既に選択に勤しんでいる目的の彼女の後姿があった。


「ありがとうございます。後は僕が」


 僕はここまで連れてきてくれたメイドさんに会釈をして、歩みを進める。


「リディアさ~ん」


 しかし、僕がそう声をかけても、彼女が振り返る様子はない。よく見ると、座り込んだ状態で体を左右に揺らしている。


「ら~、ららら~」


「リディアさん」


「ひゃい!?」


 声をかけると変な声をあげてびくりと体を震わせるリディアさん。最初の僕の声掛けが小さかったのもあるけど、どうやら歌を歌いながら選択に励んでいたらしい。


「あ、蘆堵様!?どうなさいましたか?」


「いきなりすみません。実は服のポケットに忘れ物してまして」


「!?え、私もう水に……っ!」


 慌てて桶を振り返り、水に手を突っ込むリディアさん。バシャバシャと水しぶきをあげながら慌てて衣服を取り出し、泡だらけのそれを胸元で抱えて、こちらに振り向く。


「も、ももも申し訳ありません!濡れたらまずいものですか!?」


「あ、いや、その……」


 僕は苦笑いを浮かべながら、リディアさんの抱えている衣服ではなく、横にあった水の張られていない桶に手を伸ばす。そしてそこからするりとズボンを手に取った。


「入ってるの、ズボンのポケットで」


「……」


 僕の指摘に、水の下たる上着を抱えたリディアさんはみるみる顔を紅潮させる。申し訳ないけど、ちょっと可愛いと思ってしまった。


「よ、よよよよあったれす!」


 恥ずかしくて呂律回ってないな。


「ふっ」


「わ、笑わないでくださいよ!……あ、すみません。失礼な態度を」


 頬を膨らませて抗議するリディアさんはすぐに正気に戻ったように頭を下げる。客人にする言葉遣いでないと思ったらしい。


「気にしないでください。もとはと言えば、笑った僕が悪いんですから。リディアさんがあんまり可愛いもので、つい」


「……!」


 そう言うと再び耳まで真っ赤になるリディアさん。やばい、この子面白いぞ。


 リディアさんは少し頬を膨らませながら洗濯物を改めて桶に入れ始めた。


「そうだ、お詫びと言っては何ですけど」


 僕は手にしたズボンのポケットに手を入れて、小さな包みを手にする。


「これをどうぞ」


「これは……石、ですか?」


 差し出した僕の掌にある、透明な袋で個包装された鮮やかな桃色の球体を見て、コテンと首を傾げるリディアさんに僕は説明をする。


「飴玉っていう、僕がもといた世界のお菓子ですよ」


「異世界の……そんな貴重なものいただけません!」


「まあまあ、そう言わず。ほら、手を出さないとその貴重なものが地面に落ちますよ?」


 僕はピリッと袋を破り、開け口を下に向ける。するとリディアさんは慌てて両手を差し出して、飴玉が地面に落ちるのを阻止した。


 コロン、と彼女の手に飴玉が転がる。


「口に入れてください。舌の上で転がすように舐めるのがオススメです」


 僕がそう言うと、リディアさんは数秒飴玉を見つめた後、意を決したように口を開いて両手を持っていく。そして、はむっと飴を口に含んだ。


「……!」


「どうです?美味しいですか?」


 目を見開いた彼女に問いかけると、必死にコクコクと首を縦に振る。口元を押さえつつも目を輝かせるリディアさんを見て、僕はまた小さく笑った。


「そうだ。せっかくなのでこのまま洗い物手伝いますよ」


「!?」


 僕がそう言って桶の横に座り込もうとすると、グイっと腕が引っ張られる。視線を向ければ、ブンブンと首を横に振るリディアさんがいた。どうやら、それは私の仕事です、ということらしい。まあ、飴玉食べているので口を迂闊に開けないみたいだけど。


「もちろん分かってますよ。ただ……年の近そうな女性に自分の下着を見られるどころか、洗われるというのは、ちょっと恥ずかしいので」


「……」


 頬を掻きながらそう言うと、リディアさんはちらりと洗濯桶に目を見やる。一番上には、僕のパンツが見えており、それが目の前の男の者だと知ると、再び彼女は顔を紅くし口を開きそうになる。そして、開いた口から飴玉がこぼれるのを反射的に防ごうと再び口に手を持っていく。そんな彼女は何か言いたげな顔で、しかし言えないもどかしさを小さく地団駄踏むことで示し、抗議してきた。


「そういうわけなので。もし仕事早く終わったら城内を案内してもらえません?」


「……」


 リディアさんはしょうがない、といった雰囲気で肩をすくめると僕と並んで横に座り込む。そのまま2人で洗濯作業に勤しんだ。







 時は少しして、リディアさんが飴を舐め終わり、まともに口を聞けるようになった頃。


「そういえば、今から干しっぱなしにするんですか?」


 宴会が開かれる時間なので外はすっかり暮れてしまっている。日光に頼った乾かしは期待できそうもない。


「いいえ?魔法を使いますよ」


 パンっと服を伸ばして物干し竿に掛けながらリディアさんは言う。僕はその発言に軽く驚きながら、彼女の行動を見守った。


「すーはー」


 小さく深呼吸したのち、彼女は洗濯物に向かって両手をかざす。すると次の瞬間。先ほどまで静かだった庭に風が吹き始め、洗濯物が煽られる。


「私の魔法はこんな感じで、ちょっとあったかい風を吹かせるだけのものです。洗濯物が少量ならこれで早く乾かせますけど、そもそもお城の洗濯物はたくさんあるので、こんな魔法では、かえって非効率で……」


 魔法を使いながら、たはは、と笑うリディアさん。確かに、召喚されたクラスメイトの使っていた様な派手なものではない。ファンタジー御用達のダメージが期待できるようなものでもない。精々、ドライヤーなしでドライヤーの効果が得られるって程度……


「え、いや、それ凄いのでは」


 思わず呟いていた。


「リディアさん、その魔法って普段は使わないんですか?」


「え?お風呂上りに髪を乾かすのに使っていますけど……」


「あー、道理で綺麗な髪だと思いました」


「!?」


 再び顔を紅潮させるリディアさん。そして同時に洗濯物が激しく揺れた。


「あ!」


 その光景を見ていたリディアさんは小さく声をあげて、再び風を調節する。ふむ、焦ったり、取り乱したりすると魔法の行使にも影響が出るのか。ゲームみたいに使ったらはい終わり、というわけではないらしい。


「い、いきなりなんですか?」


「ほら、リディアさんも経験ありません?髪がゴワゴワして気持ち悪いなあ、って感覚」


 ピンと指を立てながら言う。


「ありますけど……」


「それ、決まって、忙しくて髪を乾かす暇がない!って日の次の日じゃありませんでした?」


「なんで分かるんですか?」


 僕は腕組をしながら答えた。


「僕がもといた世界では『髪は女の命』って表現がされるくらいに、みんなケアに気を付けていたんです。特に、濡れた後の髪はきちんと乾かさないと、髪質が悪くなっちゃうんですよ」


「そうなんですか!?」


 細かい理論のほどは知らない。でも確か、髪が濡れている状態というのは髪そのものがダメージを受けやすいとか、そんな話だったと思う。髪の表面成分が流れ落ちているとかそんなのだろうか。こっちの世界ではシャンプーやトリートメントの類が普及していないかもしれない。となると、髪をきちんと乾かすのは余計大事になってくるだろう。


 まあ、魔法がある時点で科学理論が無視されるかもしれないので断定はできないが。……いや実際、質量保存の法則とかもう無視されてたな。いきなり火の玉作れるみたいだし、元素反応とかどうなってんだこの世界。


「もし周りに髪で悩んでいる方がいたら教えてあげたら良いと思いますよ。なんなら、リディアさん自身がやってあげれば友達作りのきっかけになるかもです」


「……」


 僕がそう言うと、リディアさんは目をぱちくりさせる。


「私、友達少なそうに見えますか?」


 少し照れたような表情でそう言うリディアさんを慌ててフォローする。


「あー!違います違います!むしろ僕が少ないんですよ。だから日ごろから、こんなとっかかりを考えちゃうんです。お恥ずかしい話で……」


 たはは、と空笑いしながら頭を掻く僕に、不思議そうにリディアさんが言った。


「こんなにお話ししやすいのに、ですか?」


「相手がリディアさんだからですよ、きっと」


「……」


 吹いていた風がやむ。コツ、と足音を立ててリディアさんが僕の方に体を向けた。


「あの……その……」


 胸の前で両手の人差し指を合わせながら、顔を横に向けつつ、ちらちらとこちらに視線を向けるリディアさん。彼女は小さく一呼吸置いたかと思うと、ゆっくりと僕の方を見やった。


「それでしたら、その……私が、こちらで初めての……お、お友達になって構いませんか?」


「……ぜひ、お願いします。リディアさん」


「はいっ!」


 差し出した僕の右手をぎゅっと両手で握るリディアさん。


 僕の異世界人ファーストコンタクトは、ひとまず成功を収めた。

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