第4話 さらば喧騒
「勇者様!ようこそ我が国へ!私、辺境伯の───」
「お噂は既に聞いております!私は長らく城の財政に携わっております───」
時刻は夜。予定通りに宴が始まると、ここぞとばかりにクラスメイトへお偉い貴族さん方が集まって、交流を図っていた。
さっきからこっそり聞き耳を立てていると、この世界において、貴族は魔法によって戦争などで戦果を挙げた家系が多いらしい。これはもといた世界でも同じか。武勇伝を語ってくれるのが有り難いと思う日がこようとは思わなんだ。まあ、貴族さんの目的は語ることじゃなくて、異世界召喚によって招かれた勇者たちを、できれば自分の所に取り込みたいというところなんだろうけど。
「あなたは確か、高度な治療魔法の加護を授かったのだとか!見目麗しい姿に加えて人を癒す力を授かるとは、まさに女神の使いですな!」
「あ、あはは……ありがとうございます」
「我が家系は代々炎魔法の扱いに長けておるのです。宜しければ、指導教官を付けさせては頂けませんか。それほどの能力、最高の環境で余すことなく伸ばしてみせましょう!」
「マジで!?」
ふむ。身分が高い人たちの間での情報伝達はもうされているのか。召喚された後の水晶玉の一件で、特に優秀な加護を貰った人たちは既に調べがついている。各々、自分の所と関係が深い、あるいは懇意にしたい加護持ちに熱烈なアプローチをしているようだ。
逆に、無加護の僕の所へは誰も来ない。誰も、だ。魔法の1つも使えない若造に価値を見出すどころか興味を持つ貴族などいるはずもない。クラスメイトは人だかりの差こそあれ、皆接触できないレベルだというのに、正直僕は浮いている。
「……」
浮いていると言えば、あそこの人、なんか居心地悪そうな……でも、この宴会にいるってことは貴族だよな。こういう場が苦手なのか?でも貴族なら慣れてるもんだと思うけど……まあ、一旦置いておこう。
僕はテーブルからグラスを1つとって、ふらりと移動する。その際、慌ただしく動いている1人のメイドと僕の距離が詰まっていく。そして、僕がそのメイドさんの後ろを通り過ぎようとしたと同時に、そのメイドが料理のなくなった皿を片付けようと少し腰をかがめてテーブルに手を伸ばした。
すると───
「うわっ」
「!?」
メイドが体を起こすのと同時にドンッ、と彼女と僕の体がぶつかる。その衝撃で、僕はグラスを手離し、飲み物を服にぶちまけながら盛大に尻餅をついてしまった。続いて、ガシャンとグラスの割れる音が話の弾む宴会場を一瞬切り裂く。
「も、申し訳ございません!!」
青ざめた表情で僕に向かって頭を下げるまだ若いメイド。その取り乱している様を見て、近くの他のメイドも駆け寄ってくる。アワアワしているぶつかったメイドとは対照的に、落ち着いた様子のメイドが近寄ってきて僕に頭を下げた。
「申し訳ございません。お客様にこのような……この者は厳しく処罰を」
「いえ、お気になさらないでください。この程度のこと」
「そのようなわけには……」
客人に構わないと言われてはい、そうですかと言えるはずもなく、食い下がるような反応を示すメイドさんに、僕は答えた。
「でしたら、代わりの服を頂けませんか。着替えの部屋も拝借したく」
「もちろんでございます。誰か、ここの片づけを───」
「すみません。よろしくお願いします」
ちょっとした騒ぎに一瞬会場の視線がこちらに注がれるが、勇者失格で落ちこぼれの僕と、たかだかメイド1人の粗相ということで、ほとんどの人は宴の空気に戻っていく。
一方の僕は、メイドさんに連れられて、会場を後にした。
「こちらでお待ちください。すぐに着替えを用意します」
「ありがとうございます……あの」
「はい」
僕はちょっとした要望をそのメイドさんに告げると、メイドさんは一瞬驚いたような目をしたが「承知しました」といって部屋から出て行った。
そして待つこと少し、部屋の扉がノックされる。
「どうぞ」
「し、失礼します」
ひょっこりと顔を出したのは先ほど僕とぶつかってしまったメイドさん。肩ほどで切りそろえられた茶髪と、若い顔立ち。エメラルドグリーンの眼と、どこか自信なさげな雰囲気。先ほど対応してくれたメイドさんとは異なり、まだまだ新人と見える。
「お召し物をお持ちしました」
「ありがとうございます」
「いえ、私の不手際で……本当に申し訳ありません!如何様な罰で儲ける所存です」
深々と頭を下げる少女に僕は穏やかな声音で告げる。
「名前をお伺いしてもいいですか?」
「は、はい!リディア=ノートルと申します」
「リディアさんですね。僕は蘆堵宗太といいます。あの、そんなに気にしていないので、罰とかそういうのは……」
「ですが、私は大切なお客様に大変失礼な真似を……」
申し訳なさそうな顔で深々と頭を下げるリディアさん。そんな彼女に僕は優しく声をかける。
「あの、でしたらいくつか訊きたいことがあるのですが構いませんか。この国のこととか、何も知らないので……それが罰の代わりってことでどうでしょう?」
僕の提案にリディアさんはほっとした表情を見せた後、コクコクと頷いた。
僕は彼女から着替えを受け取ると、ついたての向こうへと移動し、仕切り越しにリディアさんと会話を続ける。
「ではまず……玉座の間に1つ、サイズが一回り小さくて、誰も使っていない玉座がありましたよね?あれはどういうことなんですか?」
「あれは王女様のものです。ただ、王女様は最近めったに人前に姿をお見せになることがなくなって」
椅子が小さかったから幼い王族だろうとは思っていたけどやはりか。
「それは、病気か何かですか?」
僕の問いに対してリディアさんは首を横に振る。
「私も詳しくは存じ上げないのですが、体の具合が悪いというわけではないそうです」
「では、どうして?」
「申し訳ありませんが、私のような下っ端には分かりかねます」
そう言うリディアさん。王女様は何やら訳ありで出てこない、と。これ、もう少し詳しく知りたいな。
「王女様の世話係みたいな人っているんですか?こう、専属の」
「はい。確か───」
さらに話を聞こうとしたその時、コンコンと部屋の扉がノックされる。
「お召し物の方、大きさは問題ありませんか?」
最初に僕に対応してくれたメイドさんの声だ。
「大丈夫です。あと少ししたら着替え終わりますね」
僕はそのように返答する。ただの着替えでこれ以上時間がかかるのは不自然だろう。そろそろ潮時か。
着替えを終わって仕切りから出てきたところに、リディアさんが声をかけてくる。
「あの、元のお召し物の方は洗濯しておきます」
「ありがとうございます。またお伺いしたいことがあったら、声をかけても構いませんか」
「は、はい。いつでもお呼び立てください!」
ファーストコンタクトは上々といったところ。リディアさんの立場上、詳しい情報を得るのは難しいかもしれないが、何かのとっかかりを得るには有用なルートを得たと言っていいだろう。
……ところで、この衣服あんま僕に似合わないような。
白い燕尾服、とでも言えばいいのか。さっきまで学生服だったのに、このコントラスト激しい衣装はなかなか……まあ、仕方がない。
リディアさんと共に部屋を出ると、僕をここまで連れて着たメイドさんが控えており、一言声をかけてくれる。
「よくお似合いです」
「ありがとうございます。僕なんかにはもったいないですよ」
「そのようなことはございません。それでは、宴会場へと戻りましょう。リディア、お召し物は丁寧に扱うのですよ」
「は、はいっ!」
僕の服を抱えてこの場を去ろうとするリディアさんに手を振りながら声をかける。
「それではリディアさん、また」
「蘆堵様もお元気で。重ね重ね、今回は大変失礼しました」
ぺこり、と頭を下げてとっとっとっ、と駆けていくリディアさんの背中を見送る。そして、再びメイドさんに連れられて城の廊下を歩き始めようとしたところで、僕は思い出したように声をあげる。
「あ」
「どうかなさいましたか?」
「あの、リディアさんってどこ行ったか分かります?」
「城の裏手の洗い場だと思いますが、何か?」
メイドさんの問いに僕は「たはは」と苦笑いしながら言う。
「実は、忘れ物が。もともと着ていた服のポケットに入れたままにしているものがあって……」
「!それは、今すぐご案内します」
宴会場に向かうはずだった僕たちは踵を返してリディアさんの後を追った。