第3話 背中合わせで
お手洗いから待機室まで戻ってきた私は、真っ先に手紙の差出人を探す。ご丁寧に手紙には名前付きだったから、探すのに苦労はせずに済む。
目的の人物は、水の入ったグラスを手にバルコニーと部屋の境目辺りに立っていた。
私は近くのグラスを手に、少しずつ彼との距離を詰めていく。一直線に向かってはメイドや、他のクラスメイトに怪しまれるかもしれない。少々時間がかかっても、安全策をとりたかった。
数人と軽い会話をこなしてから、ようやく彼のもとまでたどり着く。私は、部屋の外を見るように室内に背を向ける彼に対して、背中を合わせるようにして自然に立つ。ちょうど前には他のグループが輪を形成しており、良い感じに視界を遮る壁になっていた。これなら少し話しても大丈夫だろう。
私はゆっくりと口を開いた。
「こっち見ずに答えて、蘆堵君。さっきの紙の意味は?」
「やあ、渕上さん。そのまんまの意味だよ」
少し声量を落とし、周りの喧騒にかき消されてしまう様なボリュームで、彼は告げた。それは、先ほどの手紙は嫌がらせでも何でもないという意味。
───キミ、かごナシだよね アシド
もう燃やしてしまった彼の手紙に反論するべく、私は会話を続ける。
「私はれっきとした加護アリよ。あなたと違って」
「じゃあ、別に僕にコンタクトをとらなくたって良かったよね」
「あなたに変なこと吹聴されても困るから」
「噂っていうのは、ある程度発言力のある人、あるいは集団で行うから効果があるんだ。加護無し判定喰らった僕と、類まれな召喚魔法適性アリの渕上さんとじゃあ、言葉の重みが違う。僕の言葉なんて誰も信用しないよ……当の本人に、思い当たる節がなければね」
ぎゅっと、グラスを握る指先に力が入る。さっきの言葉は別に嘘じゃない。彼に変なこと吹聴されて、私の立場が危うくなることは懸念の一つだ。でも、指摘されたように、確かに現在の私と彼の立ち位置を踏まえれば、大した問題にならないことは容易に想像がつく。
一種のカマかけ……私の、選択ミスだ。
「嫌なこじつけね」
少し苦しいが、ため息交じりに告げる。
「はは。確かに証拠があるわけじゃないから、こじつけと言われればそれまでだよ。水晶玉の光り方が違いました、なんて見間違いの一言で一蹴される」
思わず振り向き問いただしたくなる気持ちをグッと堪える。その露骨な動揺は背中越しでも伝わってしまったのか、彼は続けた。
「判定に使われた水晶玉は基本、中心部から全体に満ちるような光り方をしていた。でも、渕上さんだけは、いきなり水晶玉の表面が光りだしたよね。適性の高さ、魔力量の多さで光が満ちる速さに違いはあったけど、君の場合は速すぎた。他の希少魔法に適性アリって判定された子も、中心からの光という点は共通していた点を考慮すると……やっぱり不自然だよ」
一瞬溜めて、彼は言う。
「明らかに人工的に外部から光らせたものだ。あの魔法使いのご老人が気が付かなかったのはその色が白色、召喚魔法っていう珍しいものでそっちに気をとられたからだろうね。手段までは分からない。渕上さんが水晶玉に近づく際の不自然な手の動きが関係してるんだろうとまでは予測がつくけど」
「驚いた。あまり話したことなかったけど、蘆堵君、妄想癖があるんじゃない?」
本当に驚いたのはその観察力にも、だけど。
「否定はしない」
小さく笑いながら返す蘆堵君は、次には一段階声のトーンを落とす。
「さて。で、こっからが大事なんだけど。もし、さっきの妄想が良い線行ってたなら……ちょっと渕上さんに協力してもらいたいんだ」
「……協力?」
「渕上さん、食事に一切手を付けてないよね?君がさっきまで席を外していた時間を含めると、ここにいる中で食べ物、飲み物に口をつけていないのは僕たち2人だけだ」
「……!」
それは、私も気になっていたところだ。
「普通に考えて、みんな順応が早すぎると思わない?異世界だというのはまあ、信じたとして。食べ物の安全性に加え、あの老人や王様の言ってたことが真実なのかとか。僕個人としては、こっちの文明レベルを誰も嘆いていないこと、分かれた家族のことを心配しているような人がいないことがあまりにも不自然だと思う」
確かに、お風呂はどうなっているのか、トイレは水洗なのか。エアコンは、などというのを気にしている子が誰もいない。家族の話題なんか話されてすらいない。
「加えて、これもおかしいと思うんだけど……ちょっと部屋の中、見て欲しい」
「?」
彼の指示通り、室内を軽く、不自然でない程度に見渡す。
「40人いてさ、スマホ誰も使わないとかあり得る?」
彼の指摘で、私は目を見開いた。私たち高校生にとってスマホは必需品。そんな高校生がこれだけいて、誰もスマホを触っていないなんてこと……不自然にも程がある。
「こっからはまた、僕の妄想なんだけど、加護というのが神からの祝福なら、加護を貰った瞬間こっちの世界に適応するような何らかの干渉……一種の洗脳みたいなものがあるんじゃないかって」
「それは、流石に飛躍しすぎじゃ」
「でも、可能性はゼロじゃないでしょ。現にこの状況をおかしいと思ってるのは多分、加護無しの僕達だけだ」
洗脳……そんなことが本当に?いや、でも、魔法があるなら不自然なことでは……それに、向こうでも似たようなものが……
「って、いや。私は加護アリだから」
「惜しい。もうちょっとだったのに」
なにが惜しいよ。
「まあ、とにかく。僕はこの城、この世界に関してもうちょっと情報を集めるべきだと思う。そこで渕上さんの力を借りたいんだ。特にこの後のパーティーなんかは加護無し判定を喰らった僕ではまともに話すことすらできないかもしれないし。僕は僕で、別ルートから情報を集めてみる。勿論、共有はするよ」
「……はぁ。あなたの話を信じたわけじゃないけど、聞いた話を教えてあげるくらいはしてあげるわ」
「ありがとう。勿論、無理はしなくていいよ。僕と繋がってるなんてバレたら渕上さんも困るかもしれないし、不自然にならない程度で。あ、これ僕の知りたいことリスト。余裕あったらよろしく」
彼はそう言うと、ガサッと私の空いた手に紙を握らせる。その質感は、最初の手紙と同じものだ。……私がこうやって接触して、彼の話を聞き、提案に乗ることまで見越していたらしい。
スタスタと歩いて私から遠のく蘆堵君の足音は、この喧騒の中でも聞き逃さなかった。