第14話 新発見
え、ん?なんて?
「可哀そうに。あなたのこと、忘れるまで忘れないわ」
「諦めんなよ。いや、それよりちゃんと説明して?」
一度寝たらもう忘れてしまいそうな軽いトーンに思わずツッコミを入れる。というか、いきなりすぎるだろ。
そりゃあね?予想はしてたよ?加護無しの学生とか足引っ張るしかないだろうし、いつまでも城に置いとく理由は無いだろうなって。でも、そんないきなり殺すとかある?
「1週間後、私たちは城の外に出て、実際に魔物の姿を目にする遠征に参加することになるらしいの。私たちが直接闘うなんてことはないだろうけど、戦闘の見学とかはやるみたい。で、あなたはその過程で事故を装って殺される」
「殺される」
思わず復唱してしまう。せめて殺される予定とか計画とか言って欲しい。まるで確定事項みたいな言い方しないで。
「見せしめってこと?」
「それとごみ処理じゃない?」
「ねえ、なんか口悪くない?怒ってる?」
人のことゴミとか言わないで欲しい。加護って観点なら僕は確かに用済みというか用なしなんだろうけども。
しかも、それって効果があるのかどうか怪しいところだ。加護を上手く扱い戦えなければ命を落とすという死の恐怖、それを身近なクラスメイトを使って刻み付けるという計画自体は理解できる。だが、相手は学生だ。それで全員が「戦わないと」となるかは疑問が残る。「怖い」という感情が肥大化し、闘うどころか引き籠る可能性だってあるわけで、一度そうなったら再び戦場に送り出すのは難しいだろう。
そのあたり、何か策があるのだろうか。
「ところで、その情報って宴会で話してたの?不用心すぎない?」
「流石に人目につくところじゃないよ。むしろ宴会で人目が集まってるからこそ、その話し合いが裏で行われてたって感じ」
「どうやってそんな情報集めたのさ」
「企業秘密」
……うーむ、謎が深まる。こうやって僕に付き合ってくれているところを見ると加護無しなのは間違ってないと思うんだけど、それを抜きにしても何か秀でた才があるようだ。あるいは盗聴器とか、もといた世界のアイテムを所持しているか。
まあ、今は詮索しない方がいいか。機嫌を損ねられたら困る。
「それで、どうするの?」
渕上さんが尋ねてきた。
「蘆堵君に何か考えがあって、色々やってるのは分かる。その狙いが何かは知らないけど、目的達成には1週間って厳しいんじゃない?」
「まあ、そうだね」
そう遠くない未来で今の立場が危うくなる時が来るとは思っていたが、流石に1週間が期限とは思っていなかった。しかも、追い出されるのは覚悟していたが暗殺計画。当初の目論見通りに事を進めようとすれば、結局何もできないまま魔物の餌か剣の錆。あるいは魔法で消し炭か。
「それで、私から提案なんだけど」
「ん?」
自分の悲惨な未来を想像していると彼女から声がかかり、顔を上げて先を促す。すると、思いがけない言葉が渕上さんの口から発せられた。
「一緒に城から逃げない?」
「……え、駆け落ち?」
「調子乗んな」
「いっっっっ!?」
脚から全身に駆け巡る鈍痛。どうやら机の下で脛を蹴られたらしい。僕は膝を抱えるようにして、涙目になりながら言った。
「蹴らなくたって!」
「で、話の続きだけど」
「無視!?」
僕はソファの上で丸まり、脛を優しくさすりながら彼女の話を聞く。
「宴会の時に他の子も観察してたんだけど、やっぱりみんな全然不安そうじゃないっていうか、もう元の世界のこと忘れてそうっていうか。あなたの言った洗脳みたいなこと、本当にあるんじゃないかって。私自身に変な影響が出る前に離れられるならそれもアリかなって思ったの」
「城を出た後の当ては?」
「適当に。私、こう見えて器用だから」
器用の一言で済ませられるほど異国の地って簡単じゃないと思うけど。やっぱなんか隠してるだろ君。
「でも、備えがあるに越したことないし、あなたが何か用意してくれるなら助かる。あの茶髪の若いメイドさん経由で外へのパイプとかない?」
なるほど。それで僕か。確かに外への買い出しとかあるだろうし、リディアさんをはじめとするメイドさんへ目をつけるのは良い考えかもしれない。でも、残念ながらそう上手くはいかないんだよなぁ。
「それはちょっと厳しいかな」
「そうなの?」
マーガレットさんから接近禁止令出ちゃったし、迂闊な接触はできない。今度は何されるか分かったもんじゃないからね。
「あと、これはあくまで僕の意見だけど、渕上さんは城にいた方がいいよ。他のみんなが徐々に元の世界のことを忘れたならまだしも、少なくとも宴会前には既にその状況だった。つまり、洗脳っぽいのがあったとしても遅延性や個人差はなくて、即効タイプ。加護を貰うのとトレードオフだと思う」
つまり、現時点で元の世界のことに考えが及ぶなら、その心配は杞憂だと考えられるわけだ。
そんな僕の言葉に、渕上さんは眉を顰め、不満そうな声で言った。
「だから、私は加護あるって」
まあ、こう返されるので僕もそれ以上ツッコむことはしない。
「分かった分かった、じゃあそれでいいよ。多分耐性もちなんでしょ、知らんけど。とにかく、食べ物だけちょっと注意しとけば、城の方が快適だよ絶対」
それと、と一息入れてから僕は続けた。
「魔法関連に関しては、城の方が情報が集まりやすいはず。元の世界に戻る方法なんかも見つかるかもしれない」
「……!」
図書館の規模もなかなかのものだったし、渕上さんは判定の一件からも、かなり重宝されるはず。いずれは宮廷資料庫に入る権利だって手に入るかもしれない。それに至るまでにどれだけ時間がかかるかは分からないが、城の外にいてはその可能性もゼロになる。ルーレさんの話では宮廷魔導士のおじいさんは加護をきっかけに話す機会を得るのも難しくないようだし、渕上さんにいたっては実際、召喚現場でかなりの興味を示していた。せっかくのチャンスは無駄にしない方がいい。
「戻れるの?」
「さあ?でも、希望は捨てるべきじゃない。城を一度出たら城内部の情報を集めるのは難しい。逆に、街での情報収集はやろうと思えばいつでもできるでしょ?優先順位はここの方が高いよ」
いつの時代も重要な情報というのは秘匿され、上流階級が独占する。そして、この世界の貴族は得てして魔法で大きな功績を残した者ばかり。上流階級とのコネクション作りもまた、城内部の人間とそうでない人とで全くハードルが異なる。
「じゃあ、あなたはどうするの?」
少し心配そうな顔で尋ねてくる渕上さん。なんだかんだ優しいんだから、このこのっ。愛い奴め。
そんな渕上さんに、僕は淀みなく告げた。
「1週間でケリをつける」
それしかない。
「できるの?」
「出来なかったらその時はその時。それこそ、遠征時に僕の死を偽装して城から離れるとかするよ。良かったら手伝って?同級生が死ぬのは後味悪いよぉ?」
「どんな脅しよそれ……」
ニヤニヤしながら言う僕に対し、呆れた声を漏らす渕上さん。続けて小さくため息をつき、苦笑しながら言った。
「それじゃあ、死体偽装は嫌だし、ここ1週間の作戦を聞こうかしら?」
「助かる。じゃあ、飴ちゃんでも、ささ」
僕はせめてもの感謝にと、持っていた飴玉をポケットから取り出す。すると、渕上さんの目の色が変わった。
「は!?あなた飴なんか持ってたの?寄越しなさい!あるだけ全部!」
「うわっ!ちょ、やめて!カツアゲ反対!」
この子、甘党だったらしい。