第13話 その宣告は突然に
鍵を一本取りだした渕上さんは扉の施錠を解除する。ガチャリと心地よい金属音が響いて、扉がゆっくりと開いた。
「はい、ここ」
「おー、結構いい部屋だね」
「あなたがいなければ、なお良かったんだけど」
「ははっ」
「笑ってんじゃないわよ」
渕上さんはため息をついた後、マッチっぽいものでろうそくに火を灯した。今度はそのろうそくをもって室内を歩き回り、他のろうそくにも火を移していく。ろうそく1本に光が灯される度に、部屋が暖かい光で満たされて穏やかな気分になる。すべてのろうそくに火が灯される頃には僕も随分と落ち着いていた。
「それで、なんで寝室と真反対のとこにいたの」
「メモ書いたでしょ?図書館に行くって」
「いや図書館いなかったじゃない、あなた」
渕上さんに協力を取り付けた時に渡したメモに、僕のその日の行動予定も記していた。当然、彼女は僕が偶然を装って宴会を抜け出し、図書館に行ったことを知っている。彼女が図書館の方まで来てくれたのはあのメモあってのことだ。大方、他のメイドに図書館までの道のりは訊いたのだろう。
「中入った?」
「ノックしても返事がないから入ってない。でも、図書館の入り口にこれ落ちてたから」
「さっすが!渕上さんなら気づいてくれるって信じてたぜ!」
彼女の手にはまた別のメモ。あれは、僕がマーガレットさんに連れていかれる寸前に図書館入り口に残したものだ。渕上さんを脅す……ごほんごほん、一番最初に僕の考えを伝えた時と同じ紙を使っていたし、筆跡やペンのインクも僕の物だからすぐに分かっただろう。
親指を立ててグッドサインで感謝の意を示すも、渕上さんはげんなりとした表情。うーん、バッドコミュニケーション。
「まあ、いいわ。大方、私を利用したんでしょ」
「そんなことある」
「嘘でもないって言えないの、あなた」
「君には真摯でありたいと思ってるんだ」
「はっ倒すわよ」
僕は万が一に備えて、もともと渕上さんに宴会終了後も僕の姿がなかったら図書館の場所を聞いて迎えに来て欲しいと頼んでいた。あまり夜遅くに加護無しの僕が1人で出歩いていたら、あらぬ疑いをかけられないからだ。その点、希少な加護持ちと判定された渕上さんが一緒なら心配ない。
そして実際、僕はマーガレットさんに疑われた。だけど、マーガレットさんが僕を警戒していたのと同じように、僕も向こうを警戒していた。だから、図書館から出てマーガレットさんに声をかけられた瞬間に対策を講じることに決めたのだ。それが渕上さんの手にあるメモで、僕が咄嗟に残したメッセージ。図書館のさらに向こう、宴会場などから離れる方向へ行けと書いていた。
僕がマーガレットさんと長々と話をしていたのは何も情報を聞き出すことだけが目的じゃない。渕上さんが来るまでの時間稼ぎでもあったのだ。強引な手段で解決することもできなくはなかったが、むやみに敵を増やすのは良くない。可能なら協力関係、最低でも相互不可侵の状態にしたかったのである。
そしてこの判断は間違っていなかった。案の定、マーガレットさんは判断力と観察力に優れる人だった。加えて魔法の腕にも長け、メイド長という立場で広く顔が効くことも想像がつく。最重要なのは、彼女が王女様の世話係の経験があるということ。僕の作戦上、最も敵に回したくない人物の1人だった。宴会場から警戒していた自分を自分で褒めてあげたい。
それはさておき。渕上さんを良い様に扱かったのは事実なので、その恩返しはしないといけない。
「まあまあ、図書館で調べた情報教えるから」
「何か分かったの?」
「この世界の本、日本語で書かれてるんだよ」
僕はそう言って、こっそりスマホで撮影した本のページを渕上さんに見せる。
「話しているのが日本語なんだからそうでしょ」
「いや、これは重要な情報だよ渕上さん」
僕はぴっと人差し指を立てて言う。
「そもそも異世界だってのに言葉が通じることを疑問に持つべきだ。考えてもみてよ。もといた世界でも日本語が公用語だったのは日本だけ───」
「パラオ」
「え?」
僕が得意げに語ろうとすると、真顔で目の前の少女が告げる。
「パラオも日本語が公用語」
「……マジ?」
「マジマジ」
うっそぉ、初耳なんだけど。
「実際使ってる人は少ないけどね。昔植民地だった名残らしいよ。逆に日本は事実上、日本語が公用語だけど法律では公用語って定めてないの」
「え、そうなの?」
「そ。びっくりでしょ」
知らなかった。確かに親日国って聞いたことがあるような……って。
「いや、今はそんな雑学はいいんだよ!」
「バレたか」
「あ、わざとだな渕上さん!」
立ち上がって指をさしながら言う僕に対し、渕上さんは膝の上で頬杖を突く。
「あんた人使い荒いから、ちょっと仕返し」
にっ、と口角をあげる渕上さん。悪戯が成功し、してやったりといった表情だ。
「悪かったよ、いろいろ。それに、さっきはありがとう。助かった」
「ふふ、感謝は大事よ。話の腰折って悪かったわね、続けて」
渕上さんから許しを得たことで、僕は再び椅子に座り直して口を開いた。
「まあ、そのパラオだって歴史上深い関係があるからこその公用語なわけだ。普通、国の距離が離れればそれだけ文化が異なるわけだし、同じ言語は発達しない。ましてや、日本語はかなり難易度の高い言語として知られるわけだし」
「つまり、魔法文明の異世界で、日本語が発達するわけがないってこと?」
「ゼロとまでは言えないけど、天文学的確率だと思う」
「でもさ、少なくとも私たちがもといた世界とこの世界で異世界は2つあるわけじゃん。他にもたくさん世界があるかもよ?それこそ天文学的数が。たまたま私たちの世界とこの世界の言語が同じだった可能性は?」
なるほど、その視点はなかった。確かに、異なる世界が2つあるなら、それ以上の数が存在していてもおかしくはないのか。興味深い視点だ。
「そこまでは考えが至ってなかった」
「ふーん、逆にどんなこと考えてたの?」
僕は彼女の問いに答えるべく、スマホのギャラリーから1枚の写真を見せる。図書館で読んだエラクトリア創成史、その1頁だ。
「この国の建国者はザオブルユ=エラクトリアとアンホーカ=エラクトリアって名前らしい。それを英語表記すると」
僕はペンを走らせる。zaoburuyu、anhokaと記入できる。
「で、この文字列を入れ替える」
すると現れた単語は、yuzaburou、hanako。それを見て、渕上さんは目を見開いて呟いた。
「アナグラム……雄三郎と花子って、完全に日本人じゃない」
「しかも、やや古めの名前だ」
今どき子どもに花子という名前を付けるのは少数だろう。僕の祖母あるいはそれ以上の年代の名前だ。雄三郎も同様。
「ちょっと、待って。建国者が2人とも?」
「偶然にしてはデキすぎだと思わない?僕が思うに、この2人の建国者は───」
そこで、僕達の声が重なる。
「日本人」
これが僕の推測。初代建国者、雄三郎と花子は僕たちと同じ異世界人で、日本出身。何かの拍子に世界を超えて、こっちにやってきてしまった。昔の日本では庶民は苗字がなかった、あるいは有してはいたが公表することは許されなかったという説がある。故に、文字列入れ替え、アナグラムが機能しているのは名前部分だけ。それこそが僕の推測の根拠だ。
「なるほどね、私たちの遠いご先祖様かもしれないんだ」
「興味深いことではあるけど、これ以上はどう追及するかって話なんだよね」
僕が思うに、この2人は僕たちが召喚された魔法とは別の手段でこの世界にやってきている。召喚魔法がかなり大掛かりで資源も人も必要だとして、彼らが同じ魔法で召喚されたなら、そこはある程度文明の発達した場所であるはずだからだ。そんな場所から不毛の土地に行き、さらに建国なんてするはずがない。
まあ、歴史書なんて嘘があって当たり前だし、内容を信じすぎるのも良くない。ルーレさんのペンを動かす動きを観察したが、まんま日本語だったので翻訳魔法の線も薄いとは思うが、それも確実ではないし。
「まあ、話半分に聞いといて。所詮推測の域を出ないし、今の段階で深追いするのは良くないよ」
「そうね」
渕上さんもかなり興味深そうな表情をしていたが、僕の一言を聞いて息を吐きだし乗り出していた身を引っ込めた。
「それで、そっちの方は何か進展はあった?」
僕がそう尋ねると、渕上さんが思い出したように口を開いた。
「あー、そうだ」
その直後、思いもよらぬ言葉が発せられたのだった。
「1週間後、多分あなた殺されるわよ」
……はい?