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第10話 従者の流儀

「先ほど、私の仕事についてのご質問がございましたね。我々従者の仕事は多岐に渡ります。しかし、最大の使命は揺るぎません」


 マーガレットさんは少し溜めて、その鋭い眼に僕の姿を映し出す。


「主人の安全を守ることでございます」


「……なるほど」


 何と立派、見上げた忠誠心。そんな忠誠心、もといた世界じゃ戦国時代くらいでしか聞いたことがない。まあ、僕の知らないだけで政治家みたいな要人にはそんな付き人がいるのかもしれないが。


「しかし、それでは先ほどの問いの答えになりませんよ」


 僕は何処に連れていかれているのかと尋ねたのであって、メイドの心構えについて尋ねた覚えはない。


「御冗談を。今の会話から意味を察せないあなたではないはずです。偶然を装いリディアに近づき、情報を探ろうとするような方が」


 ……へぇ。


 硬直。ピリッと空気が張り詰めるような感覚を覚える。目の前にいるメイドさんの表情は、こちらを品定めするようなものだ。


 この人は僕の思惑に気が付いている。あるいはカマかけの可能性もあるだろう。ここで動揺した様子を見せるのが最もまずい。


 僕はとぼけたような声音と顔で返答する。


「やめてください。確かにリディアさんには申し訳ないことをしましたけど、それはわざとじゃ」


「視線、体運び、倒れるときのグラスの角度。不自然な点はいくつもありました。リディアを狙ったのは、メイドの中で彼女が最年少だからでしょう。純粋な彼女は人を疑うということを知りませんから」


 ……しらを切るのは難しいか。


 メイドというのは観察眼にも優れるらしい。当たり屋素人の僕の動きなど通じなかったようだ。


「仮にその通りだったとして、僕とリディアさんの衝突前に止めることもできたんじゃないですか?」


「流石にその目的までは分かりません。私は当初、あなたの行動は勇者召喚されたのにもかかわらず、加護を与えられなかったことに由来する不安、それに伴う挙動不審だと考えていました」


 僕が加護無しであることも知っている、と。まずいな。リディアさんの様子からメイド達には周知されていないものだと思っていたけど、そういうわけでもないらしい。あるいは、メイドの中でも立場が上の者には事前に知らせているのか。マーガレットさんが自発的に調べた線もある。


 もう少し探る必要があるな。


「今は違うんですか?」


「ええ。少なくとも野放しにしていい存在ではないと認識しています」


「あなたの言うように魔法の1つも使えない無能ですよ?」


 どこからそんな危険要素を見出したのだろうか。こんな純真無垢な男の子に。


「確かにこの国は魔法至上主義です。しかし私は魔法が使えないことが劣等者であることを必ずしも意味するとは考えておりません。実際、国外で危険視される犯罪組織の中には魔法が一切使えない者もいるのですから」


 意外だな。宴会場での空気といい、魔法が使えないことはすなわち悪というのがこの国での一般的な価値観だと思っていたが。いや、この人が特別な価値観を持っているだけか?


「まるで僕が犯罪者予備軍みたいな言い方ですね」


「……」


 マジかよ。否定しないのか。


「おしゃべりはこの辺りにいたしましょう。正直にお答えください。あなたの目的は何ですか?」


 目的か。言ってしまえば───


「この世界で生きること、ですけど」


「正直に、と申し上げたはずです」


 嘘は言っていない。僕の目的は魔法至上主義なこの国で、ひとまず生きる術を確保することだ。それなのに、どうしてこの人はそれを真っ向から否定する?


 魔法の類ではない。心が読める、あるいは嘘発見器のような魔法があったとすれば僕の発言に偽りがないことは分かるはずだ。


 そもそも、図書館でルーレさんから聞いた話では、複数の属性の魔法が扱えるというのは大変珍しいと推測できる。つまり、この見えない糸での拘束がマーガレットさんの魔法なら、心が読めるといった全く系統の違う魔法は使えないと考えるのが自然だろう。


 ならこの人は、どんな情報から、どんな観点から僕を敵視している?魔法が使えないから?異世界人だから?それとも……


 思考を巡らせる。僕が沈黙している間も彼女は瞬き1つしない。それほどに警戒をする理由。いや、しなければならない理由がある。それは何だ。


『王女様の世話係みたいな人っているんですか?こう、専属の』


『少なくとも野放しにしていい存在ではないと認識しています』


『国外で危険視される犯罪組織の中には魔法が一切使えない者もいる』


 可能性があるとすれば───


「もしかしてあなた、王女様直属のメイドさんですか」


 微かに瞳が揺れる。ビンゴだ。


「なるほど。僕とリディアさんの会話、聞いてたんですね。そんなに大きな声ではなかったはずなんですけど」


 僕がリディアさんとわざとぶつかって、自分で飲み物を零し、着替えることになった時。僕が王女様の世話係の話を切り出した瞬間、まるで話を遮るのが目的かのようにマーガレットさんの声が聞こえた。あれは偶然でなく意図した行動だったのだろう。


 リディアさんとの会話から王女様直属の世話係そのものがいることは確認済み。性別を考えればその世話係は執事でなくメイド、しかも王女という階級の高さを加味すればメイドの中でも優秀な人材をあてがいたいものだ。その点、メイド長ならば文句ない。


 先ほど、主人を守ることが務めと言っていたが、マーガレットさんの主人は国王であり、同時に王女様でもあるというわけだ。異世界人の不自然な動きがあれば警戒もするのも納得である。


 そんなことを考えていると───


「やはり、王女様が狙いですか」


 瞬間、僕の手首に何かが絡みつくような感覚が走り、いきなり体が宙に浮く。


「!?」


 これは、吊り上げられたのかっ!?


 しかし、上げることを余儀なくされた自分の手首に視線を向けても、そこに糸のような物質は確認できない。そこには確かに感触があるのに。そして手首を確認しているうちに、足首にも手首と同じ感触が走る。僅か数秒のうちに、僕の体は空中に大の字で固定されてしまった。


 マーガレットさんの方を見ると、彼女は淡く輝く左手を広げて僕に翳しつつ、右手に小さなナイフを手にしている。……魔法か。


「くっ……いきなり乱暴ですね。僕、何かしましたか?」


 僕がそう言った瞬間、ドサッと足元で音がする。


 しまっ───


「?」


 明らかに僕が落としてしまった物に、警戒心を露わにしながら歩み寄るマーガレットさん。それを拾い上げた彼女は吊るした僕をゆっくりと見上げた。


「少なくとも、罪状に窃盗はありそうですね」


「……ははっ」


 人間、どうしようもなくピンチに陥ると涙や悲鳴よりも笑いが出ると聞いたことがある。今がそうらしい。

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