二 謀略の連鎖
# 二 謀略の連鎖
星帝院の地下深く、第七管制室では緊張が最高潮に達していた。巨大なホロスクリーンには、帝国領の各所で発生している戦闘の様子が映し出されている。辺境自治連合の反乱は、予想を遥かに超える規模で広がっていた。
「第三、第五、第八セクターでの戦闘を確認。自治連合軍の戦力は予測値の三倍以上」
管制官の声が、冷たい空気の中に響く。
シルヴァーナ・ルトガルドは、立体戦術図を見つめながら眉を寄せていた。帝統艦隊参謀総長として、彼女は帝国軍事の要となる存在だ。しかし今、その鋭い直観が警鐘を鳴らしている。
「これは罠です」
彼女は静かに告げた。「反乱軍の動きがあまりに完璧すぎる。まるで、私たちの防衛態勢の全てを把握しているかのように」
その時、通信官が新たな報告を入れた。
「総長、辺境自治連合の指導者、アイリス・ノヴァからの通信要請です」
シルヴァーナは僅かに目を細める。「転送を」
ホロスクリーンに現れたのは、凛とした美しさを湛えた女性の姿だった。漆黒の髪に紫紺の瞳。その立ち居振る舞いには、辺境育ちとは思えない気品が漂っている。
「ルトガルド総長。お話がございます」
アイリスの声は、静かながらも確かな意志を秘めていた。
「これは反乱ではありません。私たちは、帝国を救うために立ち上がったのです」
「救う?」シルヴァーナは冷笑を浮かべる。「略奪と破壊によって?」
「あなたは本当の敵が誰か、ご存知ないのですね」
アイリスは悲しげに微笑んだ。「では、これをご覧ください」
転送されてきたデータストリームに、シルヴァーナは息を呑む。そこには、十五年前の皇太后暗殺に関する機密文書の数々。そして、クローデル摂政の影の下で行われてきた、帝国の腐敗を示す証拠が並んでいた。
「これは・・・」
「全ては、真実を明らかにするために」
アイリスの声が、静かに響く。「そして、正統なる後継者を守るために」
通信が途絶える直前、アイリスは意味深な言葉を残した。
「時は来ました。《失われた星の子》が、その力を取り戻す時が」
シルヴァーナは、深い思索に沈む。彼女の脳裏に、ある古い記憶が蘇っていた。十五年前、皇太后の側近として仕えていた日々。そして、あの日の出来事。
一方、帝都高層の執務室で、クローデルは焦りを隠せずにいた。予定外の事態が、次々と彼の計画を狂わせていく。
「エインザッハ、説明してもらおうか」
彼は、諜報局長官のラインハルト・エインザッハに向かって冷たく告げた。「なぜ、反乱軍はこれほどの戦力を持っている? なぜ、我々の防衛網の全てを把握しているように見える?」
「申し訳ありません」
エインザッハは、冷や汗を流しながら答える。「しかし、これには理由があるかもしれません。反乱軍の指揮系統に、かつての帝国軍上層部が」
「馬鹿な」クローデルは低く唸った。「全ての反対勢力は、既に」
その時、執務室の通信端末が明滅する。クローデルは不快感を露わにしながら、通信を受け入れた。現れたのは、イザーク・ラヴィの姿。
「摂政殿。興味深い発見がございました」
イザークは、いつもの物憂げな表情で告げる。「古代地球文明の遺物から、ある記録が見つかりました。それによると、アストラーレ王朝には、我々の知らない秘密が」
「待て」クローデルは声を荒げた。「その話は直接」
「ああ、申し訳ありません」イザークは微笑を浮かべる。「この通信回線は、既に帝国全土に公開されているのでした」
クローデルの表情が凍り付く。背後の窓からは、帝都の夜景が見える。そこかしこで、情報端末を見つめる市民たちの姿。そして、次々と立ち上がる騒乱の気配。
星帝院の円蓋の下、アレンは静かに目を閉じていた。全ては、彼の計画通りに進んでいる。母の仇を討ち、帝国を浄化する。その為には、まず腐敗の根源を、万人の目の前で暴き出さねばならない。
イザークとアイリス。二人の協力者が、それぞれの持ち場で完璧に役割を果たしていた。そして今、決定的な一手を打つ時が来たのだ。
アレンは、ゆっくりと目を開いた。その瞳に、揺るぎない決意の色が宿っている。彼は立ち上がり、円蓋の中央へと歩み出た。
「諸卿、聞いてもらいたい」
その声は、大円蓋の隅々まで響き渡る。
「今こそ、真実を語る時だ」
帝都の夜空に、不穏な影が忍び寄っていく。それは、十五年の時を経て、ようやく結実しようとする復讐の連鎖。そして、新たな時代の幕開けの予兆だった。
星々は、全てを見透かしたように、冷たく輝きを増していた。