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竜告  作者: みやびつかさ
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05.あなたは考える

 あなたは自身に宿るという、生まれながらの罪について考えていました。


「われはケルメスト王国の騎士ダイメンズ。そなたがドラクゥテロの代表、白亜の処刑人ラプエラだな。騎士は本来、守るべきもののためにある存在。そなたのようなか弱き乙女につるぎを向けるのは望むところではない。しかし、忠誠を誓いし我があるじのためにあえて泥を被ろう。いにしえの時代、このドラクゥテロの地はケルメストに属するものだったと聞く。ゆえに、この地をあるべき姿に戻すことは……」


 あなたの正面にいる鎧とマントの男が何か言っています。

 あなたは集中力に長けているので、観客席からの声援や野次、騎士の長口上が思考の邪魔をすることはありません。


 あなたは考えます。そもそも、罪とは何か。

 罪とは悪いことです。正しくないことです。

 正しくなければ罰せられ、他者に謗られることとになります。

 とすれば、ドラクゥテロの竜人は「罪そのもの」かもしれません。

 生まれながらの罪というのは、存在自体が罪という意味でしょうか?

 けれども、アミカやトリナには当てはまりそうにありません。


 そう、当てはまらないのです。あなたはアミカたちとは、「違う」のですから。


 そのことを考えると、あなたの身体の「ある部分」がうずきました。


「われは今、嘆いている。そなたは美しい。その翡翠の瞳がうつろに至るまでの物語に思いを馳せると、このつるぎを持つ手に迷いすら覚える。しかしわれは王のつるぎであり盾である。われは今、修羅となりてそなたを縛るさだめの鎖を断ち切り、そのたましいを永遠の安寧に送らんと……」


 騎士はつるぎを抜きました。

 あなたも地面に刺しておいた竜骨の大剣を片手で引き抜き、構えました。


「か、片手で!? そのつるぎは飾りではなかったのか!?」

「ねえ、ダメンズさん。聞きたいことがあるのだけど」

「ダメンズではない、ダイメンズだ。これがそなたの最期となろう、なんなりと問われるがいい」


 あなたは遠慮なく聞きました。


「罪ってなに? 罪って、悪いってこと?」

「罪それすなわち悪ではない。罪とは、おのれのこころに背くことだ。われはこれより、乙女を斬るという大罪を犯すが、これは大義のため、正義のためのおこないであり、悪ではない!」


 騎士が叫びます。「参るぞ!」


 瞬間、彼の姿が消えました。

 消えたというか、騎士のくせして正面から来ず、回りこむ気です。

 おおかた、あなたの得物が大きく小回りが利かないと踏んでのこと、あるいは、本能が死を感じて取らせた行動なのでしょうが、あいにく、あなたには死角はありませんでした。


 あなたはつるぎを頭上で水平に構え、両手を使って回転させ始めます。


 風です。回転するつるぎが風を巻き起こし、あなたの黄金と白金の髪をなびかせます。

 ダイメンズは斬りこんできていましたが、すんでのところで反応して身を引きました。大剣の切っ先が彼の鉄仮面をえぐり弾き飛ばし、騎士自身もまたきりもみしながら地に膝をつきます。


 彼は立ち上がり、言いました。「待て、待ってくれ。われには騎士の務めが」


 あなたは立ちのぼった砂煙に鼻がむず痒くなりながら答えます。


「ダメ。わたしにも闘士としての務めが……」


 つと、あなたは命乞いをする情けない騎士の顔を見つめます。



 ――罪とは、おのれのこころに背くこと。



 ――彼の言う通りかも。



 あなたは首を振り、言いなおします。


「お昼からデートなの」


 つるぎが回転の力を巻き取り振り下ろされ、轟音と共に闘技場が揺れます。

 あなたは腕に振動を感じ、それがあなたの穴も震わせました。


 まっしろな竜骨のやいばと地面に挟まれて、ぐちゃぐちゃになった鉄と肉のかたまりが……。


「あれっ」


 ダイメンズはまだ立っていました。

 つるぎは確かに地面を割り、闘技場の壁際まで亀裂を作っていましたが、騎士は直立で両手を突き出した姿勢のままでした。


 彼の瞳は、まっすぐにこちらを見ています。

 彼の足元が濡れ始めました。粗相をしたわけではありません。

 地面を濡らすのは、彼のいのちです。


 騎士が倒れます。

 右半身は前方に、左半身は後方に倒れました。

 綺麗なまっぷたつで、骨や臓物の断面まで潰れずに切断されていました。


 竜骨の大剣は、いうほど鋭くありません。ドラゴンや巨人を斬ることはできますが、たいていの生き物はハンバーグの種になります。


「今日は、調子がいいかも」


 あなたは口元をほころばせます。

 普段は相手を叩き潰しても楽しいとは感じないのに、なんだか胸の隙間がちょっとだけ満たされた気分になったのです。


「ダイメンズ殿が破れた!? 国王陛下の御前ぞ! 女の首を手土産にするぞ!」


 仕合は終わったというのに、わらわらと鎧姿が乱入してきます。

 観客席にいる王冠を被ったハゲも喚き散らしています。

 市長から聞かされていたとおりでした。

 あなたは遠慮なくつるぎを振るいます。

 ひと薙ぎで三人。

 彼らの身体は上下に分かれましたが、ダイメンズよりは綺麗には斬れませんでした。

 崩れ落ちるゴミの向こうに、弓や魔術の杖を構える連中が見えます。

 視界が白く染まり、魔術の杖とあなたの身体をいかづちが結びました。

 立て続けに、あなたの胸や腕に痛みが走ります。

 これは、矢じりがあなたの肉に分け入ってくる感触です。

 運悪く鎧に守られていない部分に命中したのでした。

 痛みには慣れていますが、何かが身体に入ってくる感覚は不愉快です。


 あなたはつるぎを地面に突き刺し、それを壁にして矢と魔術の追撃を防ぎ、つるぎを踏み台にして跳躍します。


 敵の後衛部隊どもが見上げます。

 鉄仮面のスリットや、フードの下から覗いた瞳がおびえるのが見えました。


 しかしあなたは美しい。

 おびえる瞳に映った沢山のあなたは、とても美しいのです。


 あなたは昨日殺された竜人がやろうとしたように、指をそろえて貫手を放ちました。

 騎士の鉄仮面がひしゃげ、骨を粉砕し、中の柔らかく温かい部分に届きます。


 闘いで「感じる」のは久しぶりでしたが、やはり快くはありませんでした。

 ダイメンズを斬った感触はそこそこよかったのに、こいつらはダメです。

 あなたは考えます。

 つまり、彼の言った「罪とは、おのれのこころに背くこと」が、正しいということでしょうか?


 ……つまり、自由が正しく不自由が罪ということ?


 まさか。そんな愚かな考えはやめなさい。

 あなたは障壁魔術を展開した鎧術師に向き直ります。

 術師は金属の鎧で身を堅め、魔法の壁に守られ、しゃがみこんで頭を抱えています。

 この憐れな青白い光の壁は、彼の意思というよりは本能によって、「おのれのこころ」によって作られたものです。


 あなたは確かめるように、手のひらを広げて目いっぱいに力を籠めました。

 血潮が炎のごとく猛り、肉と骨が軋み、糸をつむぐ乙女のような細い指がいびつに曲がります。


 あなたはその手を振り下ろし、おびえる誰かを守る壁を引っ掻きました。


 光の障壁は裂け、その中で震える鎧の隙間から血が噴出します。

 誰かは死にました。「おのれのこころ」に従ったために。


 ほうら、正しくないでしょう?


 温かい血を浴びたあなたは、また分からなくなりました。

 ですが、はっきりしていることもあります。

 ケルメスト王が連れてきた部下は、まだたくさんいるということです。

 もたもたしているとデートに遅れてしまいます。

 それに、強くて美しいあなたがここで暴れることで観客たちは満足します。

 市長も喜ぶでしょう。このドラクゥテロにとっても、よいことなのです。


 よいこととはつまり罪の反対で、そして自由ではなく、義務による選択です。



 あなたはドラクゥテロを奪い取るつもりでやってきたケルメスト王立騎士団の派遣部隊、総勢二十四名を皆殺しにしました。

 あなた自身は数なんて数えていませんし、武器を振った時点でひとりがふたりに増えたり、たくさんになって飛び散るので数えようがないのですが、これらは掃除人がちゃんと記録しています。

 なお、ケルメストの王は替えの下着と共に丁重に送り返されました。


 あなたはニンゲンのいのちと観客の大歓声を浴び、天を仰ぎます。

 青空です。午後も晴れそうです。

 おっと。あなたは身体に刺さっていた矢を慌てて抜きます。傷はすでに治りはじめています。ですが、魔術の火で傷んだ毛先は治りません。


「やっぱり、不愉快」


 あなたはそうつぶやくと闘技場をあとにし、シャワールームへと駆けこみます。


「いちばんいい石鹸!」と、闘士の世話係を怒鳴りつけると、あなたは一切を脱ぎ去り、湯気と泡に包まれました。

 身体を撫ぜ、全身に付着した他人のいのちを洗い流します。

 また血のにおいがするなんて、言われたくありません。


 あなたの指があなたの身体を這いずり回ります。


 髪をかき分け、耳のうしろをこすり、首元を滑り落ち、乳房を優しく撫ぜ、汚れやすい場所を遠慮がちに清め、手の届きづらい背中にも伸びていきます。


「痛っ!」


 指を見ると、血が付いています。

 あなたは血を舐めとると、身体をひねってあなたの身体の「憎い部分」を睨みました。


 白くて美しい乙女の腰には、鱗のようなものが並んでいます。


「これさえなければ、これさえなければアミカといっしょなのに……!」


 あなたは衝動的にそれを引き剥がそうとしました。


 ずきり、頭が痛みました。


 いつでもそうなのです。

 あなたは鱗を、血の証を取り去ってしまおうとするたびに、酷い頭痛がしてそれどころではなくなってしまうのです。


 あなたはどう見たってニンゲンの乙女なのに、この部分だけはまるで竜人のようなのでした。


 ですが、あなたは竜人ではないと、セルヴィテス市長は言っていました。

 トリナはあなたの身体について何も言いませんが、「竜の書」をしつこく読んで聞かせてきます。


 本当に正しいのは誰なんでしょうか。


 しかし、この件について、あなたにとっての一番の関心は、アミカがあなたの身体のことを知ったらどう思うかです。


 それを考えるだけで胸が張り裂け、背筋が凍え、陰部がじわりと熱くなってしまうのです。


 あなたは呼吸を止め、いっぱく置いて、シャワーを止めて大きく息を吐きます。

 午後は決戦です。

 今日こそは、聞かないと。


 あなたはぶるりと震えてしぶきを飛ばすと、勝利者のためのタオルまでぺたぺたと音を立てて歩き、その美しい裸体を拭きはじめたのでした。


***

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