表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
竜告  作者: みやびつかさ
4/16

04.罪を知りなさい

 現在のドラクゥテロは、円形の闘技場を中心に置き、周囲に市の管理をおこなう各種施設が配置されています。

 都市はさらに円状に広がり、北ブロックは上流区画、南西ブロックは鍛冶屋・商店街、南東は下流区画と区分けされています。


 あなたたちが訪れたのは、北ブロックと南東ブロックの狭間にある大通りの下流側寄りの路地裏です。

 下流側というだけあって、貧乏人や奴隷に向けた安上がりな店が多く、治安もいまいちよくありません。

 においを嗅いでみてください。路に座りこんだ酔っ払いから、ゲボとお酒のにおいがしてくるでしょう?

 ほら、あちらの看板を掲げていないお店に耳を澄ませてみてください。セックスの音が聞こえてくるでしょう?

 どちらも銀貨数枚あれば楽しめます。上流階級向けのエリアでは、要求されるコインが銀から金に変わります。どちらでもやることは同じです。


 そして、あの無許可のセックスのお店と無許可の賭博場を挟んで、トリナ・ドクトリーナの住まい兼、仕事場があります。


「お座りになってください。夜までには少し時間がありますわ」


 まっしろなフード付きローブに身を包んだトリナが席につきます。

 皿に乗ったロウソクひとつだけの木製テーブルを挟んで、あなたとアミカも座ります。

 部屋は狭いのにアミカは大きいので、あなたは必然的にアミカの身体と壁に挟まれる形になります。

 アミカの肉体は岩のような筋肉のかたまりですが、表面は女性的でもあり、柔らかで控えめな脂肪と、汗の香りが包んでいます。

 彼女がトリナの話に興味を持たなければ、あなたはさっさと市長の家に帰って絨毯の縫い目の数でも数えていたことでしょう。


「さて、ラプエラさん。酒場でしそこなった話をいたしましょう」

「やだ」


 ここは癒しびとトリナ・ドクトリーナの仕事場のひとつ、「教誨(きょうかい)室」です。


 ドラクゥテロの癒しびとには一般の治療師とは異なる点があります。

 大抵の治療師は、治療師自身の属する国や宗教、信条に基づき治療をおこないますが、この自由都市ドラクゥテロの癒しびとは、各国で信仰される宗教の経典や書を読みこみ、相談者のこころに寄り添っておこなうのです。

 トリナは週三で、この教誨室でボランティア営業を実施中です。ちなみに他の日は闘技場で怪我人の治療をおこないます。

 その他、別個の依頼については有料です。銅貨一枚からでも引き受けますが、その際はささくれの治療や「ファイト!」程度の声かけしか貰えません。


「わたし、別に教典なんて信じてない」

「信じていらっしゃらないから教えるのです。では、三二五ページを」


 トリナは書物を開き、フードの下から覗く紫のルージュのくちびるをうごめかします。


 ……第三章 明けの宿業 第一節。

 太陽の息子サンサナは問いました。

 どうして私が責められなければならないのか。

 作物が枯れることも、樹木が枝葉を伸ばすことも、火の精霊が猛ることも、

 太陽が照りつけることで起こる一切が、私の責だというのか。


 ……母なるものは答えます。

 親の業を背負うのは子の宿命なのです。

 太陽を父に持てば日照りはおまえの罪で、

 月を母に持てば潮の満ち引きに責があります。

 しかし、親がなくとも日は昇り、子がなくとも月は満ちるのです。

 それは、彼らの罪の一切がこのわたしから生まれたものだからです。


 サンサナはうなずきました。

 父も母も罪人だというのなら、私もおのれの罪を受け入れよう。

 母なるものから連なる罪に誇りを持ち、威厳を持って苦しみに耐えよう。

 なぜなら私は、あの卑しい竜人とは違うのだから。


 サンサナの決意を聞いた母なるものは嘆きます。

 我が子よ。おまえたちが(そし)る竜の子もまた、わたしの創ったもの。

 確かに少しにおうが、分け隔てなく接しなさい。

 あの子たちもまた、同様に罪を背負いしものなのです。


 できません。あれらがあなたの創ったものだということは、見れば分かります。

 私たちと同じように畑を耕し、剣を取り、喜びの麦酒を口にするのなら、

 どうしてこれを許しておけましょう。

 それゆえに、あれらから誇りを取り上げなければならないのです。


 サンサナは母なるものに背を向け、竜人たちにつぶてをぶつけました。


 母なるものはかぶりを振ります。

 嫉妬もまた罪業。

 わたしの生み落とした罪がさらなる罪を作るのなら、

 わたしはみずから我が子らに石を背負わせ、皮を剥ごう。


「こうして母なるものは、竜人に従者としての責を与えたのです。ラプエラさん、聞いていらっしゃりますか?」

「いらっしゃるよ。でもそれがどうして、わたしに関係するのか分からない」

「あなたは対戦相手を不必要にいたぶり過ぎなんです」

「必要なことよ。仕事だもの。わたしは奴隷で闘士だから」

「そこにも疑問を持つべきです。すでに宿業を背負っているのに、さらに罪を重ねることはありません。相手もまたすでに苦しみを負っているのに、いたぶられる道理はないのです」

「だったら、罪の意識を覚えてもっと苦しめって酷いよ。治療法があるからってわざわざ怪我をしたり、痛くないものを痛いと思いたくないよ」


 あなたは隣の大女を見上げました。ねえ、アミカ。


「あたしも怪我なんてしたくないぞ。トリナはバカなのか?」

「わたくしの言っていることではなく、書にあることなのです」

「だから信じてないもん」

「第一章の第七節を憶えていらっしゃりますか? 母なるものは慈悲と慈愛をもってすべての罪を赦し、呑みこむとあります。罪を相続するのが宿命なら、あなたもまた慈しみに目覚め、赦し赦される必要があるのです」

「なんでそんなこと」

「罪人だからです」


 あなたは眉をひん曲げました。


「意味が分からない。わたしはドラクゥテロの法を何も犯してない」

「生まれながらの罪について言っているのです」


 あなたは胸がむかむかしましたが、それよりもアミカのことが気になりました。

 あなたはアミカが何か言い出す前に、まくし立てるように言い返します。


「みんな同じなら、わたしは後回しにして。慈悲だっていうなら、わたしじゃなくて他の人を救ってあげたらいい。わたしが罪人なら、いい人や可哀想な人にお説教してあげて」

「罪人だからこそ救われるべきなのです」

「じゃあ、悪いことしたほうが得ってことにならない?」


 あなたがトリナを睨んで顔を近づけると、彼女は紫のくちびるを噛んで、頬を赤くしました。


「そ、そういうお考えは罪深いと思います。生まれながらにして持つ罪と、みずからの意思で犯す罪は別物です」

「じゃあ、母なるものはわざとやった悪いことは赦してくれなくて、勝手に押しつけられた罪だけ赦してくれるんだ?」


 あなたは腹が立ってきます。教典に書いてあることと現実が違うからです。

 教典に書いてある通りなら、あなたがここでこうして奴隷をしているはずがありませんし、世の中に強盗や殺人鬼、強姦魔がはびこっているわけがないのですから。


「教典を信じてください。すべてが赦されます」

「赦されるために罪を認めろって? そんな詐欺みたいなの、信じられないよ」

「違うのです。信じた瞬間、赦されるのです。信じなければならないのです」


 トリナは語気を弱めました。そもそもこの教典は彼女の専門ではありません。

 あなたはため息をつきます。


「ところで、あたしたちが赦されるなら、竜人たちはどうなるんだ?」

 アミカが挙手と共に質問しました。

「それも、母なるものが最後に呑みこむのです」

「ふうん。じゃあやっぱり、あいつらは虐められ損じゃないか?」

「竜人たちには母なるものに似ているという(ほまれ)がありますから、その代償として苦しまなければならないのです」

「誉っていうか罪ってカンジだけど」

「でも死は平等に訪れます。何ものも最期は姿を失い、溶けて消えるのです」

「だったらやっぱり不公平じゃね? あたしには死んだあとのことは分からない。でも、今は昔より悪くないし、明日はもっと面白いことがあるかもしれないから、まだまだ生きて楽しみたいよ。ラプエラだって、無理に苦しむことはないんじゃないか?」


「な?」と、彼女が見下ろします。

 あなたは「うん」と消え入りそうな声で頷きました。

 アミカが自分を擁護してくれるのは嬉しいのですが、あなたは慈愛のアミカのようになりたい、つまりは慈しみを覚える必要があると考えているからです。

 そうでなければ、トリナみたいな人の家に行くわけがありません。

 しかし、トリナのよく分からない説教を聞いたところで、竜を斬ることや竜人に優しくしないことにばつの悪さ覚えたりはできませんでした。


「なんにしろ、わたくしはラプエラさんにはもう少し慈しみのこころを持って欲しいのです」

「慈しみねえ。そもそも、そういうのって、勝手に湧き上がってくるもんじゃないのか? あたしだって、慈愛のアミカなんて言われてるけど、最初から優しくしようと思ってしてたわけじゃないぞ。手加減なんて、相手の方が弱いからできることだし、そもそもあたしの飼い主や闘技場が対戦相手を大切にすることを望んでるからやってることだからな」

「アミカさんもお優しいとはいえ、他者を傷つけ成り上がろうとしていらっしゃる時点で罪を重ねてると思いますわ」

「あたしまで罪人扱いかよー」


 ふいに、あなたの肩をアミカの大きな手が包みました。


「いいか、トリナ。少なくとも、あたしとラプエラは強い。その強さってのは力だけじゃない、こころもだ。奴隷としていろいろ酷い目に遭って、ここに来てチャンスをつかんだ運の強さもある。あたしは、罪は弱さだと思う。ドラクゥテロの標語にも弱者は許さないってあるだろ」


「それはむごいことかと思います。小人のかたも憤っていらっしゃったわ。わたくしも外から来たクチですけど、ここは自由を謳いながら、竜人たちに酷い苦しみを課しています。確かに奴隷にはよそよりも自由が与えられ、無償の福利厚生すらもあります。ですが、竜人に関しては、よそではこんな扱いはなかった。アミカさんだって、竜人が不公平な立場にあるとお考えでしょうに」


「まあな。じゃああれだ、あたしたちヒトの場合はさ、弱いことが罪っていうよりは、弱いせいで女であることや男であることを罪にされちまうんだよ。あたしはそういう女や男をたくさん見てきた。だから、竜人も強くなればいいんだよ」


 はて、あなたは首をかしげます。


「でもアミカ、竜人って強いよ」


 そうなのです。竜人は竜のごとき生命力を持ち、筋力は鬼にも迫り、魔力や精霊と通じ合うセンスも平均的なニンゲンより優れます。

 竜人がその気になれば、ニンゲンの一般市民なんて皆殺しのはずです。


「それなのに、どうして道具みたいになってるんだろう?」


 がたん、とトリナがテーブルに手を突き半立ちになりました。


「それこそ書で語られていますわ! 母なるものがそう創ったからにほかなりません!」

「うーん? 説明になってない」


 あなたはもっと首をかしげ、アミカの身体に頭を押しつけます。

 あなたの脳裡には、いつかの仕合で見かけた竜人が思い浮かんでいます。

 その竜人はドラクゥテロの外から来た挑戦者で、多少戦士として優れてはいましたが、特別というほどでありませんでした。

 しかし、鎖の掟を免除されていましたし、仕合のあとは癒しびとの治療を受け、勝利者としてシャワーとエールを浴びる権利も与えられていました。

 もともとドラクゥテロに暮らす竜人には、闘士になる資格すらないのに。


 ドラクゥテロの竜人は、道具です。

 市長がどこからともなく連れてきて、さまざまな仕事でこき使い、使えなくなったら掃除人が片づけるのです。


 あなたは思います。今度、ご主人様に詳しく聞いてみようかな。


「そう創られたって、どんな感じなんだろうな。まあ、あたしも男の身体のこととか、身体の小さなひとのこととか、分かんないしな」


 アミカもまた身体ごと首を傾げ、あなたの頭の上にほっぺたを乗せています。

 彼女が「うーん?」と唸ると、その声の震動があなたの神経を優しく撫ぜました。


「ま、いいや。ラプエラも難しく考えるのはやめようぜ。あんたが手加減について知りたいっていうなら、あたしが手取り足取り教えるからさ。今日はもう、ぼちぼち帰ったほうがいいだろ?」


 アミカがそう言うと、トリナはうしろの扉の方を振り返って「そうですわね」と言いました。


「とにかく、わたくしはラプエラさんに罪の意識が芽生え、慈しみの精神を持って闘いに務められることを望みますわ。わたくしやアミカさんにはできていて、あなたにはできていない。それがこのドラクゥテロにとっての不利益なのは確かです」


 そう言うとトリナはロウソクの乗った皿を手に取り、テーブルの下から黒い鞭を取り出しました。

 同時に、彼女の背後の扉から声が聞こえてきます。


「リナリナちゃーん? もう開店時間過ぎてるよぉー?」


「はぁーい。すぐ行きまーす。……では、お勤めがあるのでわたくしはこれで。いいですか? 罪です。罪を知るのです。そのほうが気持ちがいいのですからね」


 彼女は、はらりとローブを落とすと、豊かな乳房や茂った股間を惜しげもなくさらして、小ぶりな臀部を振りながらうしろの部屋に消えていきました。

 トリナ・ドクトリーナは癒しびとです。癒しびとは心身ともに被術者によりそい、ほしいままに快楽を与える役目もあります。

 トリナは特に、責め苦を欲しがる性癖の者に人気の癒しびとで、小人の小さなイチモツの中を蝋で固めたり、屈強な鬼男のケツメドからほじくり出したものを食べさせたり、精神の開放を探求する魔導士の穴に魔力式原動機付き振動棒をぶちこんだりするのが得意です。

 治療術師としても一流なので、少々乱暴なことをしても平気ですし、何よりトリナ自身がそれで興奮するので天職なのでした。

 そして、どんな教えでも罪と罰について取り扱うのは定番ですから、教誨の仕事もまた彼女の生業と興奮に役立つのです。

 なので、相手を殺しても苦悩一つ見せないあなたを改心させようと躍起なのでした。

 特に、トリナがあなたのシャワーを盗み見た日を境に、教誨室に呼び出すことが増えています。


「いい加減、わたしに絡むのは諦めて欲しい」

 あなたはため息をつきます。

「あんたがつまらなさそうに闘うからもったいないって思ってんだろ。あたしだって、それなりに闘いを楽しんでるんだからな?」

「別に、つまらなくなんか、ない」


 アミカと闘うときだけですが。


「それに、相手のことを可哀想だって思える。でも、いちいち考えてたら耐えられないから……」


 それは、嘘です。


「……」


 あなたはたくましい腕に抱き寄せられます。


「無理なんてしなくていいさ。あたしたちは繋がれた身なんだ。今日が愉快なら上出来、明日が楽しみなら幸せだ」


 アミカはあなたの髪のにおいをたっぷりと吸いこむと、席を立ちます。


「じゃ、あたしも帰って婆さんの肩もみでもしてくるよ。明日の昼、闘技場の裏口で待ってるからな」


 アミカも退室し、あなたはひとり取り残されました。

 ロウソクもない、まっくらな教誨室。

 闇の中にある扉の向こうからは、似非教誨師の嘲笑と、「わしの穴にもっと宝石を詰めこんでおくれーーっ!」という、どこかで聞いたような鼻声が聞こえてきます。


 あなたは思います。


 寒い。それは穴が開いているからだ。

 わたしには、穴が開いている。それを塞がなくてはいけない。


 塞ぐのに使うのは、罪なのか罰なのか、それとも愛なのか。

 あるいは、アミカによるものなのか。

 あなたには、まだ分かりません。


 あなたは部屋に残されたアミカのにおいに気づき、机に突っ伏して指を使いはじめました。

 指はしかるべき場所をまさぐり、そして鋭い何かを感じます。


 血です。この指先についた血は、罪によってついた血なのです。

 あなたにはそれがよく分かっています。自分の身体のことですから。


 あなたは血を舐めます。血は血ですが、きっとこの混じりけのある血の味はアミカやトリナの血液とは違った味がしているのでしょう。


 あなたはつぶやきます。


「宿業。わたしに宿った、生まれながらの、罪」


 そうして今度は、両方の耳を塞いだのでした。


***

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ