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竜告  作者: みやびつかさ
16/16

16.竜は告げる

「アミカ!」

「あたしは平気だ! それより、ここからさっさと出るぞ!」


 骨の山の中からアミカが飛び出してくる。


「掃除人どもがどっかに持ってった斧、ここにあったのか」

 アミカは竜骨の斧を構え、わたしの隣に立った。


「お母さん、ごめんなさい。わたし、行かなきゃ」

 わたしもまた竜骨の大剣を構えた。


『許しませんよラプエラ。残念ですが、本当にまっしろにしてあげなければならないようですね。骨よりも、白亜の舞台よりも』


 ふいに、脳が膨らんだような感覚に襲われる。

 頭蓋が内から弾けそうなほどの頭痛。

 わたしは膝をつく。胃の中のものを吐き出す。

 アミカが心配する声すらも脳をかき混ぜる。


「ラプエラに手を出すな! さもないと、母親とはいえ、あたしがぶった切るぞ!」

『やってみなさい!』


 一瞬にして視界が白く塗り潰される。強烈な熱と爆音。

 顔を上げると、アミカが横で斧を構えたまま黒焦げになっていた。


「……丸焼きのウェルダン。あたし好みじゃないか」

 肌から煙をくすぶらせながら、アミカが笑う。

 わたしは苦痛を振り払い、「大丈夫!?」と投げかけた。


「そう簡単にくたばりはしないさ。婆さんから薬はたっぷり貰ってるし、ラプエラとやりあったあとのために緋色の魔女の秘薬まで用意したんだからな」


 竜が口を開ける。腐った黒い穴から放たれる、すべてを呑みこむ白。

 何もかもを焼き尽くす、灼熱の炎。

 アミカは構わずにわたしの前に立ちふさがった。


『我が娘が母の火で焼け死ぬとでも思っているのですか? ラプエラは竜の子なのですよ?』

「知ってるさ。でもな、いくら身体の傷が治ろうとも、痛いもんは痛いんだ。それに、恋人には格好をつけたいもんだろ?」

『恋人ですか。同意しましょう。あなたの望むとおりになりなさい』


 みたび炎がアミカを包んだ。

 わたしは叫ぶ。やめてお母さん。アミカが叫ぶ。決めろラプエラ。


「あたしは、おまえが望むならこのまま焼かれたって、おまえといっしょならいいように頭の中を変えられたって平気だ! だけどなラプエラ、決めるのはおまえ自身じゃなくっちゃダメだ! あたしだって、婆さんのところから出るのを最後に決めたのは、自分でだった!」


 ……自分で、決める。頭が痛い。

 だけどわたしも、アミカといっしょならあとはどうだっていい。

 無理に外に出なくたって、お母さんの創った世界でこのまま……。


『物分かりのいい子ね。ふたりのことはわたしが認めてあげますよ……。アミカにもしあわせを与えましょう。ここから出たいという気もなくなりますよ』


 お母さんが笑っている。


『さあ、ラプエラ。あなたはどうしたいの?』


 お母さんの笑顔は、優しい。


「わたしも、アミカといっしょにいられるなら……」



 アミカと、いっしょ? 同じ?



 腰の鱗がうずいた。わたしとアミカは、同じじゃない。

 似ているところもあるけど、同じじゃない。

 見た目だって、闘いかただって、食べ物の好みだって違う。


 そしてアミカはあの夜、「ラプエラはラプエラだ」と言ってくれた。


 そうだ。わたしとアミカは似てるけど違うから、好き同士になったんだ。

 同一になることを求めあい、けれども同じにはなれないのが、もどかしくも素敵なんだ。

 本当にいっしょなら、完全にいっしょなら、それは独りきりとどう違うの?

 わたしはわたし、わたしとアミカは違う、わたしはお母さんとも違う。


 四度目の白熱。今度はわたしがアミカの前に躍りでた。


『……ラプエラ。それがあなたの答えなんですね?』


 わたしは髪についた火の粉を手で払い、切っ先を母に向ける。

 うすら笑いを浮かべた、生みの親へと向ける。


「お母さんは嘘つきよ。わたしは竜の子。アミカは人間。お母さんにはアミカのことを変えられないでしょう? お母さんにとって、アミカは邪魔なんでしょう?」


 しん、と辺りが静まり返った。

 どろどろの下水がかたまりになって、べちゃりと落ちる。

 待ったけど、お母さんは答えなかった。

 代わりに彼女は「あなたは、わたしの娘なのです」と言った。

 わたしはお母さんの娘。竜の娘。

 だけど、わたしはわたし。でも、また頭が痛くなる。


「ラプエラを苦しめるな! 彼女は今日まで頑張ってきたんだ! あんただってそれは知っているだろう!?」

『おまえは黙っていなさい。……ラプエラ、本当にいいんですね? あなたを待ち受けるさだめは、わたし以上につらいものになるのですよ?』

「どうしてそう言えるの?」

『わたしとあの人はつがえた。つながれた。いのちを宿せた。けれどもあなたたちでは、いのちは為せない。いずれ訪れる別れの日のことを、思ってみなさい』


 死。孤独。ひとりぼっち。

 硬い殻に覆われて、不安だったあの頃のように。


 母に向けていた切っ先が下がる。剣が重い。

 母は、ただれた竜は首を高く伸ばし、まなこのない眼窩をわたしに向けた。



 そして、竜は告げる。



『わたしなら、永遠を与えられます』



 えいえん。

 すばらしいひびきだ。


 でもそれは、


 今日も明日も明後日も変わらないということ。

 えいえんがなければ、アミカは先に逝くだろう。

 もしかしたら、わたしが先に死ぬかもしれない。


 でも、だからこそだ。


 わたしは今日まで、闘技場で闘い続けてきた。

 ただ仕合を魅せるために多くの相手を殺してきたけど、あの頃はちゃんと生きているとはいえなかったと思う。

 アミカと出逢って負けを知り、拒絶や死に対する恐怖を知った。

 知れば知るほど生きるのが苦しくなり、楽しくもなった。


 死があるからこそ、生が感じられる。

 死は怖いことだけど、死も生も、お互いを高めあい輝かせる。

 わたしは闘いの中で、それを知った。


 そして何より、


 わたしの肩には、大きくて力強いぬくもりがあった。

 今ここに、確かにある。



 そして、竜は告げる。



「さようなら、お母さん!」



 わたしは斬りかかる。

 白刃がまっくろにとろけた竜の頭部へと沈みこみ、ふたつに分けていく。

 不気味な手ごたえだ。肉を斬るというよりは、水を斬ったような。

 けれども竜は叫びを上げ、口から、傷から下水のようなものをにぶくこぼす。


 闇を反響する断末魔。

 それはあまりにも恐ろしく、あまりにもおぞましく。


 そして、あまりにも悲しかった。


 だけど大丈夫。

 わたしの身体は震えていない。

 どこに行ったってそばにいてくれる人が、ここにいるから。


 竜が腐り溶け落ちていく。

 骨も残さず、地面とひとつになるように。

 最期、まなこのない眼窩がとろけて、笑ったように見えた。



 ――さあ、巣立ちのときですよ。



***



 わたしとアミカは地上に戻ると、輪っかのような白亜の闘技場のふちの上を歩きながら、ぐるっと街を見て回った。

 ドラクゥテロじゅうが大騒ぎになっている。

 掃除人を呼ぶ声に、市長を探して駆け回るお偉方。

 混乱に乗じて泥棒騒ぎがあったり、荷物をまとめて街を出ようとする者の姿までもある。

 あっちでは主人が奴隷に何かを命じるも、文句を言い返されている。


 それはそう。

 だって、トーナメントの決勝で沸いていたところに優勝者が串刺しにされて連れていかれた上に、いたるところで竜人が溶けて死んでしまったのだから。


「無秩序ってやつだな」

「どうするんだろうね。わたし責任、取らないよ」

「ラプエラが気にすることじゃないさ」

「そうでもないの。お母さんに市長になりなさいって言われてたから」

「へえ。ほっといてもいいのか? この街を好きにできるってのも、なかなか面白そうだとは思うけどな」


 わたしとアミカは話しながら闘技場のふちの二週目に差し掛かっていた。


「いいの。ドラクゥテロも自由になるべきよ」


 眼下、富裕層の暮らす住宅街で火の手が上がっている。

 助けを求める声。

 だけど、火事の家から飛び出してきたのは袋を抱えた下層民たちで、それを先導しているのはいつかの警備兵だ。あーあ!


「これからは、自分の足で立って歩かなきゃ。責任あっての自由!」

「市長がよく言ってたことだな」

「そう、わたしの兄さんがよく言ってたこと!」

「へ!? セルヴィテス市長が兄!?」


 驚いたアミカはバランスを崩し、落っこちそうになった。

 わたしは彼女の手をつかんで引きもどし、彼女を見上げて笑って見せる。


「初耳だぞ。ずっとご主人様って呼んでたじゃないか」

「ふふん。わたしのこと、もっと知りたい? 驚くことがもっとあるかも」

「そうなのか?」


 アミカは呆れた顔になりつつも、「もちろん、知りたいさ」と笑顔に変わる。

 わたしたちはくちびるを交わし、どうしてだか初めてのときのようにはにかみあった。


「まずはわたしの故郷に案内するね。ここじゃない、もうひとつの故郷」

「そいつは楽しみだな」

「アミカの故郷にも連れてってね」

「あたしの? あたしは……あたしはいいよ」


 アミカはぼりぼりと頭を掻いている。


「ご家族に挨拶がしたいなー?」

「いやさ……ホントのこと言うと、盗み食いのしすぎで追い出されたんだよ」

「あはは! じゃ、たくさんの食べ物をお土産にしたらいいよ」

「えーっ、帰るまでに食っちまうよ」

「わたしも我慢できないかも」

「ふたりとも追い返されちまうな!」


 わたしたちの笑い声が空に弾けた。


「じゃあ、出かける前に腹ごしらえだ! 店のオヤジにも挨拶しとかないとな」

「シピスとベナインさんにもお見舞いしてから行かなくっちゃ」

「そうだな。トリナにも言っておくか」

「トリナのこと、忘れてた! ま、お店で待ってたら来るでしょ」

「ほっといたらほっといたで喜びそうだしな」


 もう一度笑いあい、わたしたちは白亜の闘技場から飛び降りた。



 行こう、外へ。



 たとえその先に何が待ち受けようとも、わたしは歩き続けるだろう。

 アミカといっしょなら、この広い世界のどこだって平気だ。


 わたしはくるりと振り返り、陽射しを受けていっそう白くなった壁を見上げる。

 そして、謡うように言った。



 ――いってきます!



***


おわり


***

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