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竜告  作者: みやびつかさ
11/16

11.ほしいまま

 あなたは勝利しました。

 ドラクゥテロに仇なす不躾者を葬り、あなたの世界を取り戻したのです。

 ですが、ひとつだけ悪いことがありました。

 普段は優しいご主人様に叱られてしまったのです。

 エンゲルスはリュグナの皇帝を裏切った大罪人で、リュグナと思想の合わないドラクゥテロ的には、彼の首を贈って好感度アップを狙いたかったのです。

 しかしエンゲルスはまっくろこげで、首から上は脳味噌はおろか、骨まで煤になって消滅してしまいましたから。

 彼の頭部は今ごろ、微粒子となってドラクゥテロの空気に溶けこみ、誰かが呼吸するたびに肺の中を出入りしているのではないでしょうか。

 気持ち悪いですね。


 さて、大切な世界を取り戻したあなたは、幸福な暮らしを再開します。


 市長は丸焦げの件については叱りはしたものの、仕合自体はたいへん盛り上がったので、いっそうあなたのことを大切にしてくれるようになりました。

 今日だって新しいドレスを三着も仕立ててくれたのです。

 最近はあなたも彼の用意してくれるドレスをこころから喜び、着飾った姿をアミカに褒めてもらうのをとても楽しみにしています。

 アミカもあなたがエンゲルスを打ち破ったことを褒めてくれました。


 ……とはいえ、少し歯切れの悪い褒め方でしたが。


 ひょっとしたらアミカ的にはエンゲルスに負けたことなどどうでもよかったのかもしれませんが、あなたが気兼ねなく彼女と付き合っていくために必要なことだったのは変わりません。


 エンゲルスは世界各国に指名手配されていた悪人でしたし、これを始末したとなると、ドラクゥテロに興味を持つ者も増えます。

 あなたの美貌と勇姿をひと目見ようと、白亜の闘技場は連日満員です。

 もちろん、あなたほどでないにしろ魅力的な闘士は他にもいますから、あなた目当てで来た客が別の推しを見つけたり、あるいは闘技場以外にも魅力を見つけて住みついたりもしました。


 白亜の闘技場で組まれる仕合は、次第に派手になっていきます。

 

 花形のあなたは竜を斬りました。先日のような、尾を切られて制御された竜ではなく、生きた野生の竜です。村々を巡ってはいけにえを要求していた邪竜で、一級の魔術師が束になって拘束魔術を施して、やっと闘技場に連れてこられました。

 まあ苦労の割には、大したことのない相手でしたけど。

 それでも翼を斬り裂き、尾を刎ね、脚を潰し、炎は吐きたいままにさせ涼しい顔をして炎袋を貫いてやりました。

 たまりかねた邪竜はなんと、人語を用いて命乞いをしましたが、あなたが超絶可愛い笑顔と共に「いや」と言い放って斬首をしたので、やっぱり会場は大盛り上がりなのでした。


 一度は土がついたとはいえ、アミカの人気も相変わらずです。

 力自慢ということで、魔導大国の技術の粋を集めた巨大魔導人形を相手に力比べを演じたり、北の果てから連れてこられた巨人族の束を相手に無双の闘いを披露したり、誇り高き天竜人との再戦で観客を沸かせました。

 ですが、一番人気のイベントは、観客飛び入り参加型の腕相撲大会でした。

 ほとんど握手会みたいなものでしたけどね。

 慈愛の異名を持つ彼女は育ち盛りの闘士とマッチを組まれることも多く、早くも中級闘士にランクアップを果たしていた「黒鉄の爪シピス」とも熱戦を演じています。この戦いはシピスが初黒星をつけると共に、アミカが久しぶりに癒しびとの治療を受けることになるほどの名試合となり、喝采を博したのでした。


「かーっ、やっぱり仕合上がりの一杯は堪らないな!」

 アミカがごくごくと喉を鳴らし、ジョッキをカウンターに置きます。

 あなたもそれに続き、最近は同席することの多くなったシピスくんも「かーっ!」とやります。

 トリナの酒は濃すぎるので、まねをしようとした彼女はむせ返りました。


「シピスの今日の仕合、よかったよ。観客たちも大盛り上がりだったぞ」

 アミカは後輩のネコミミボーイを褒めます。

 彼は目を細めて喉を鳴らすと、「いやあ、前の仕合がつまらなかったお陰です」と額を掻きました。彼のひとつ前の仕合は「トイレ休憩のティンケス」が挑戦者の盗賊の頭領に惨敗した仕合です。


「ねえ、アミカ。わたしは? わたしの仕合はどうだった?」

「そうだなあ……ラプエラはさ、他の武器に興味はないのか?」

「他の武器?」

「うん、あの剣じゃ手加減も難しいだろ?」


 手加減よりも、なんだかアミカが難しい顔をしている気がします。


「魔物や竜相手に手加減なんてしなくていいよ」

「まあ、そうなんだけど。人を相手取るときにも苦労するだろ? じっさい、この前は中級闘士をひとり死なせてるし」

「だって、しょうがないよ……」


 先日の仕合では、人気女性闘士「原色のアエムルス」が相手でした。

 アエムルスは派手な魔術を駆使して闘う見栄えのする闘士で、火術と氷術で攻めましたが、あなたは生半可な火は効かず凍結もしないので、アエムルスはいよいよ雷術の使用に踏み切ったのでした。

 彼女はあなたを勝手にライバル視していたのですが、仕合の華よりも個人的な執着を選んだのは失敗だったといえます。

 なにせ雷術は、爆音と閃光で観客受けが悪いのです。闘士として二流なおこないは、すぐにあだとなって返ってきたのでした。


 電気的反応があなたの筋肉と神経を乱し、太刀筋を狂わせてしまったのです。


 思い出してください。

 アエムルスの耳の下あたりから頭頂部に掛けて、綺麗に切断された頭部を。

 頭蓋からこぼれる血の赤色の鮮やかさや垂れる脳漿、テーブルに供されたフルーツのように美しい脳の断面を。

 彼女の残された片目は涙を流していました。

 これはあなたに負けたり、三十歳を目前にようやく婚約者を見つけたばかりのところで死ぬことへの悲しみなどではなく、単なる生理的反応です。

 筋肉が弛緩したために下も垂れ流しでしたしね。


 あなたはそんな彼女の最期を見て、アミカに対する感情に似たものを感じました。


「楽しみすぎてないか? あたしは相手が弱いときほど気を引き締めてるぞ」

「そんなこと、ない……」

「ラプエラさんはもう少し慈しみのこころを磨くべきですわ。エンゲルスとの闘いから、また元通りになっていると思います」

「トリナうるさい。ちゃんとお墓参りにも行ったもん」


 そうです。あなたはアエムルスのお墓の前で、彼女の断末魔もない最期を反芻して、自慰行為に耽ったのです。


「そんなことしてない!」

「おい、どうしたんだよ急に。あーあー。シピスがシチューまみれに……」

 アミカが給仕から布巾を受けとります。

「わたくしが舐めとりましょうか?」

「え、遠慮しておきます。でも、じっさい手加減は難しいですね。ぼくなんて、いつでも必死だから、相手のことなんて考えられません」

「まあなあ。あたしだって、ラプエラとはいのちを懸けてやり合ってるしな」

「そういえば、ぼくはおふたりの闘いを見たことがありませんね」


 最後にアミカとの仕合が組まれたのは半年も前のことです。

 私的な稽古ならやっていますが、やはりいのちを咲き乱れさせる死闘とはわけが違います。

 仕合が組まれないのは、市長と委員会が渋っているからです。

 あなたたちの闘いはとっておきのデザートですから、他の仕合や催しで引っぱれるだけ引っぱってから満を持して、ということなのでした。


「このぶんだと、もうラプエラとやる機会はないかもな」


 あなたはエールを吹き出しました。


「今度はお酒まみれですね。ぺろぺろ……」「や、やめてください……」


 あなたは「ちょっとアミカ、どういうこと!?」と、大女につかみかかります。


「婆さんがさ、引退しろってうるさいんだ。若くて五体満足のうちに違う道を見つけろって。それで、次のトーナメントを最後にあたしは舞台を降りるんだ。委員会にも了承を貰ってる」

「次のトーナメントって来月よ!? どうしてわたしに言ってくれなかったの!?」


 アミカはすまなさそうな顔をすると「ごめん」と、あなたの額にキスをしました。


「誤魔化さないで。もっと早く聞きたかった。自由市民になるってこと?」

「身分は婆さんから買い戻すけど、ここの市民にはならない」

「出ていくってこと!?」


 あなたは怒りを持て余して、獣人の男の子を組み敷こうと躍起になっている女のケツを平手打ちしました。「ああん!」


「そうだよ……。あたしは外の世界を見に行くんだ」

「前はそんな気はないって言ってたのに!」

「婆さんが昔の話とかをしつこくしてくるんだよ。そしたら、旅をするのもいいかなって思うようになってさ」


 あなたはなんと言えばいいのか分からなくなり、とりあえずトリナのケツにもう一発平手打ちをします。「もっと! 左もぶって!」


「ごめんなラプエラ……。それで、ごめんついでに頼みがあるんだけどさ」

「……何?」


 あなたはアミカを睨みます。


「次のトーナメントには出ないで欲しいんだ。それか、わざと負けて欲しい」

「はあ!?」


あなたは今度はぶちませんでした。トリナの懇願する声が聞こえます。


「どうしてそんなことを言うの!? 自分のご主人様がそんなに大事なの!?」

「そりゃまあ、大事だよ」

「わたしよりも!?」

「ないない、絶対ない。そうじゃなくってさ、あたしは優勝したいんだよ。叶えたい願いがあるんだ」


 白亜の闘技場で開かれるトーナメントに優勝すると、ドラクゥテロが叶えることのできる範囲でなんでも願いを叶えてもらえるのです。


「願いって、何?」

「ごめん。それはまだ言えない。それに、みんなが見てるし……」


 アミカは顔を背けジョッキを傾けます。願いとはなんなのでしょう。


「教えて」

「ダメだよ」

「教えてくれないと、出場するから。っていうか、市長が出ろって言ったら、わたしはどの道出るんだけど? わざと負けるのも無理!」

「そりゃ、そうだろうけどさ……」


 いつものアミカと違って、ずいぶんと歯切れの悪いことです。

 あなたは彼女に対して、いまだかつてないほどのいらつきを覚えます。


「今のあたしだと、おまえに勝つのも簡単じゃないからさ」

「どこか怪我とか病気?」

「違うよ。ラプエラが強くなってるんだよ。マジでやり合ったら、それこそ五体満足ではここを出られない」

「そんなことない! わたしはあなたより弱い! あなたがいないとダメなの!」


 アミカは短い髪を大きな手で掻きながら、「なんて言ったら分かってもらえるかな」と、困っている様子です。

 それにしても勝手な話です。困るのはこちらです。


「わたしたち、もうおしまいってこと?」

「そんなことないよ。愛してるよ」


 あなたは大きな腕に抱きしめられます。

 ですが、素直に信じることはできません。


「なあ、例のやつ、また広がってないか?」

 アミカがあなたの腰をまさぐりました。

 あなたは彼女の腕から逃れます。


「放して! それから、ちゃんと理由を話して。でないと本当に、トーナメントであなたを傷つけることになる!」


 あなたを見つめるアミカの瞳が、いっしゅん揺れたように見えました。

 彼女は苦笑したまま何も言ってくれません。


「もういい。だったら、わたしがあなたを倒して、わたしが願いを叶える」

「どんな願いなんだ?」

「言わない! あなたが言わないのなら、わたしも言わない! わたしのことを置いてどこかに行ったりしないって、言ったのに!」


 あなたはカウンターに代金を叩きつけると、トリナの尻を力任せにひっぱたいて竜の素嚢をあとにしました。


 帰り道では、雨が降っていました。

 冷たい冷たい雨です。雨があなたの頭を冷やしていきます。

 反射的に怒ってしまいましたが、アミカにはどうも事情があるようでした。

 独りきりになったせいかもしれませんが、あの抱擁やくちづけにも嘘はなかったように思えてきました。


 ですが、あなたは不安でたまりませんでした。


 しあわせというものは、どうしてこうも手から離れたがるのでしょうか。

 まるで怪我を癒してやったのに振り返りもせずに飛び立ってしまう、恩知らずな小鳥のようなものです。


 そうです。小鳥です。

 アミカも数年間、ドラクゥテロで暮らしてきました。

 ずっと奴隷身分だったことを考えても、世渡りは上手ではないはずです。

 なまっているのに危険な外の世界に出れば、他の生き物の餌食でしょう。

 アミカはそれが分かっていないのです。

 そんな小鳥には、小鳥に相応しい場所を与えるべきです。

 なんだか分かりますか?


 そうです。鳥籠です。


 さっき口走ったときはただの勢いで、優勝の願いなんてなかったのですが、その願いでアミカを自分のものにしてしまえばいいのです。

 それなら、もう二度と離れないで済みますね。名案です。


 思いつくと、顔に当たる雨が心地よく感じるようになり、足取りも軽くなり、ついつい水溜まりを跳ねさせてしまいます。


「トーナメントに出たいって、ご主人様にお願いしないくっちゃ」


 白亜の闘技場最大のイベント、その最終決戦で闘うのは、ドラクゥテロの誇る二輪の花。

 盛り上がるに決まっています。委員会が出し渋る理由もないでしょう。


 あなたは、あなたの願いが叶うことを疑いもしません。

 今日まで、あなたは欲しいと思ったものはすべて手に入れ、あるいは取り戻してきました。

 アミカに会う前でも、おのれが揺らぎ弱くなったときでもやってのけました。

 今のあなたは、とても強くて美しいのです。

 それに、このドラクゥテロの誰もがあなたを愛してくれている。


 きっと、神ですらあなたに微笑むでしょう。

 すべてがあなたの思うがまま。この世界は、あなたのものなのです。


 なのに、たったひとりの恋人を手放す不幸なんて許されるはずないじゃありませんか。


 あなたはドラクゥテロの娘ラプエラ。

 すべてをほしいままにする、わがままな少女なのです。


***

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