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婚活を決意する

 家族の目が痛い。家族どころか使用人からの目も痛い。家中どこにいっても気遣いの視線がちらちらとわたしに刺さっている。

 わたしに甘い両親は、もちろんわたしの『女の魅力』とやらが足りないから浮気をされたなどと詰ることもなく、かなり丁寧に先方と話し合いをしてくれたようだ。その話によると、キャサリンは男爵家の娘で、デュークの友人の家でメイドをしていたことをきっかけに良い仲になったそうだ。その友人とやらが連れてきたせいで、キャサリンは我が家のパーティに潜り込んでいたみたい。

 デュークはわたしがいない仲間内ではキャサリンを彼女として見せびらかしていたようで、いずれ彼らが結婚するのは既定路線だったとか。やきもきするキャサリンを見かねた友人が、ふたりの仲を後押しするために手を貸したらしい。まったく頭が痛い。

 はぁ、とため息を吐きながらこめかみを押した。デビュタントからこっちすっかりため息が癖のようになってしまっている。そのわたしにはらはらと見守っている家族の視線が突き刺さっている。

 デビュタントパーティのあと、わたしは寝込んだ。デュークを追い詰めているときは、怒髪天をついた勢いでいろいろと立ち回れたけれど、婚約者が浮気している場面を見るのは精神的にはショックが大きかったようだ。微熱が下がらない中、悪夢にうなされては起き、なんとか寝てはまたうなされてと繰り返している内に、三日が経っていた。

 それから一週間。パーティからは十日ほどが経過している。社交界デビューを果たしたことから、お茶会や舞踏会への招待状も届き始めているし、体調も平時に戻った。となればぐずぐずと寝てばかりはいられない。

 なにしろわたしには早急に取り掛かるべきことがあるからだ。


「お父さま、わたし婚活を始めようと思います」

「……なんだって?」


 両親が揃った朝食の席、わたしはここ最近考えていたことを話した。前の婚約者のデュークは両親が勧めるままに婚約してしまった。わたしも幼いときだったので仕方がないとは言え、いまはもう名実ともに大人の仲間入りを果たしたのだから、次の婚約者は自分でしっかりと人となりを確かめて探したい。そのためにはお見合いをするなりパーティに行くなり、なんらかのアクションを自分で起こす必要があると思ったのだ。


「まだ正式に婚約を解消することが決まったわけではない。

 焦って行動しているように見せるのはどうかと思うが……」

「確かにそれもそうですけど、まさか今更あの男と復縁しろとは言いませんよね?」

「そんなの当たり前でしょ。もしお父さまがそんな馬鹿を言い出したら、お母さまはミシェルちゃんを連れて実家に帰ります」


 お父さまが押しとどめようとする言葉に釈然とせずに言い返すと、お母さまが即座に味方についてくれた。実家に帰るというお母さまの言葉に、お父さまは慌てて首を振った。


「勿論、向こうがなんと言おうと婚約は解消だ。デュークに限らず、奴の友人関係はすべてお断りだと言うつもりだとも」

「はい、よろしくお願いします。友人の浮気を囃し立てるような道徳心のない男性など以ての外ですもの」


 わたしはこくりと頷き、フルーツジュースをひとくち飲んだ。甘酸っぱいジュースはするりと喉を通って、体が目覚めていくような感じがする。


「絶対に復縁はないとおっしゃるなら、わたしが婚活を始めても良いのではないですか?」

「しかしだな。ガブリエルがなんというか……」

「え、ガブリーですか? 姉なんてさっさと片付いた方が、あの子も気楽なんじゃないかしら?」


 わたしがそう言うと、両親はなぜか驚いたようにわたしのことをまじまじと見つめてきた。

 しかし、わたしと違って心身ともに壮健な弟は元気に学生生活を送っており、基本的には屋敷ではなく学生寮で暮らしている。わたしのデビュタントを祝うために帰ってきてはいたが、わたしの熱が下がるのと同時に寮に帰った義弟が、どうしてわたしの婚活に口出しをしてくるのかわからない。

 元々、病弱なわたしに代わって我が家の跡継ぎになるために引き取られてきたガブリエルではあるが、嫡女がいつまでも家に居座っているようでは気も使うだろう。体が弱いとは言え、余命いくばくもないほどか弱いわけでもない。せめてガブリエルの邪魔をしないことが義姉としてわたしが出来ることだと思っているのだけれど、何故かお父さまは深いため息を吐いた。


「お父さまもお母さまもミシェルちゃんが心配なのよ。またあなたが傷つかないかって……」

「お母さま、ありがとうございます。でも、だからこそわたしはわたし自身の目でお相手を見極めたいのです。

 それに……わたしはガブリーのように学校にも通えなかったでしょう? 純粋にもう少し同年代のお友達が欲しいとも思っていて……」


 婚約者がいなくなってしまったので婚活が第一目標のようになってしまったが、友達、それが難しければせめてお知り合いと呼べるくらいの存在を増やしたいと思っているのも事実だ。ほとんど屋敷に引きこもって育ったので、わたしは交友関係が限りなく狭い。

 おかげさまで社交界の事情にも疎いし、いざ婚活をしようと思っても男性を紹介してもらえるような心当たりもない。それは貴族令嬢としてあまりにも心もとないのではないかと思うのだ。

 そんな情けない気持ちを込めて、お母さまの瞳をじっと見つめると、お母さまは参ったというように軽く首を振った。


「そうね。どちらにせよ折角社交界にデビューしたのだから、顔見せくらいはすべきだわ。

 このままではアーサリー伯爵家の威信も疑われるというものだもの」


 婚活ではなくお友達探し。

 どうにかこうにか理由をつけて、わたしは両親からの許可をもぎ取ったのだった。

一週間お付き合いありがとうございました。

次回は1/23(火)に更新予定です。

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