愛の後始末は大やけど
悪あがきだ。三文小説じゃあるまいし、そんな言い訳が通用するわけがない。わかりきったことを口にする婚約者にも、馬鹿みたいな言い訳を信じるかもしれないと思われている自分にも怒りが募る。
わたしが怒りに任せて、先ほどデュークが言っていた屈辱的なセリフ、「こどもっぽすぎて女としてみることは出来ない」と言われたことを告げようとすると、何故かガブリエルがぐっとわたしを支える腕に力を込めた。
「それは我がアーサリー家が庭ひとつ満足に整えられないとおっしゃっているのですか?
嫡女のデビュタントパーティの日にも関わらず手を抜く使用人がいるとでも?」
当然ながら、中庭を散策していた客たちは闇雲に歩いていたわけではない。休憩用にベンチを配し、砂利や雑草など足元を妨げるようなものは徹底的に排除されている遊歩道を散策していたのだ。細いヒールを履いたドレス姿の貴婦人だって優雅に歩いていられるのだから、足元の覚束ないちいさなこどもでもあるまいし、そう簡単に転ぶことなんてあるはずがない。
それを指摘すると、デュークはぐっと言葉に詰まったような顔をする。
「そうではないが、だが人間なのだ。疲れて足がもつれることもあるだろう。
それを助けただけで、婚約者を置いて睦みあっていたと言われるなど、心外だ」
どう考えても分が悪いのに、それでも反論をする気概だけは評価出来るな、とどこか白けた頭で考えていると、デュークの傍らにいた浮気相手の顔が非常に険しいものであることに気付いた。
先ほどまでの恋する乙女のような瞳は影を潜め、いまは非常に不信感に満ち溢れた目でデュークを見つめている。
「デューク、先ほどから何を言ってるの?
前から言ってたじゃない! ミシェルさまは愛していないって、彼女との婚約を解消して私を選んでくれるって……!」
「ちょっ……何を!?」
さっきもちょうどそういう話をしていたから、キャサリンが怒るのは当然の話だ。前々から彼女との結婚をちらつかせていたのなら、ここで浮気相手の存在を隠しだてするようでは、まるで婚約者と恋人のどちらにもいい顔をしていたようにしか見えない。というか多分そうだったのだろう。
特別美男子というわけではなかったけど、それでも誠実でいい人そうだと思っていたデュークの顔が色褪せて見えて、わたしは深いため息を吐いた。
「ジョルジュ、わたしは婚約解消を打診されているなんて話は知らないのだけれど、お父さまは知っていたのかしら? なんらかの事情でわたしが聞いていなかっただけ?」
わたしが知らなくてもお父さまや、お父さま付きの使用人ならば知っている場合はある。そう思って念のためジョルジュに聞いてみたけれど、彼は顔色を悪くしながらも「いいえ、そういったお申し出をうかがってはおりません」ときっぱりと否定した。
「ねえ、デュークさま。実はわたしも先ほどあなたが同じことを彼女に話しているのを聞きましたの。
わたしと彼女のふたりを手玉に取れるとお思いになった?
どちらにもいい顔をしていればアーサリー家とのつながりを手に入れて、そちらの彼女を愛人として囲えるとでも?」
今日の衣装に合わせた白いレースの扇子で口元を隠しながら、じろりと睨みつける。キャサリンひとりの口なら塞げると思っていたのかもしれないけれど、わたしも婚約解消の話を聞いていたと知りデュークの顔色が一気に蒼白になる。
これだけの人数に取り囲まれながら、それでも逃げるつもりであったことに呆れながら、わたしは後ろをくるりと振り返った。会場に近い場所でこれだけ騒いでいれば当然のことだけれど、舞踏会を楽しんでいた貴族のみなさんはぞくぞくと中庭に集まり始めていた。
集まってきた人たちの中には、お父さま、つまりアーサリー伯爵も混じっていた。
「お父さま、デュークさまは隠れてあちらのご令嬢とお付き合いをされていたようですわ。ふふっ、婚約者のデビュタントパーティでまで逢引きをなさるなんて、とても深いお付き合いのようですわね。
わたし不誠実な方とは結婚できません。特に誰にでもいい顔をしているふりをしながら、自分だけ得をしようとするような人とは」
わたしは笑って、お父さまにそう告げる。だってもう笑うしかないじゃないか。こんな最悪なデビュタントになるなんて、昨日の今頃は想像していなかった。
お気に入りのドレスでダンスを踊って、家族とお友達に祝ってもらって、そういう素敵な思い出を作る予定だったのに、浮気者の婚約者のお陰で別の意味で忘れられない思い出になってしまった。噂好きの貴族がこんな面白いネタを放っておくはずはないから、わたしが最悪の社交界デビューを飾ったことは早晩王都中に知れ渡ることだろう。
考えただけでめまいがする。思わずふらついた体をガブリエルに支えてもらいながら軽く腰を折ると、騒ぐだけ騒いだ場の始末をお父さまと執事に任せて、わたしは自室へと戻ったのだった。




