ロサ・ブリエの花束
今回から朝投稿に戻します。
お茶会の会場であるダンビエ伯爵家の屋敷は、青緑色の屋根が美しい瀟洒な見た目だった。こじんまりとした古めの建築様式ではあるが外観は整然と保たれている。この家は住人に大切にされている場所なのだろう。
アーサリー家とは違い宮廷闘争を得意とする家門で、何人かの大臣職も輩出しているはずだ。洒落てはいるが華美ではない。このバランスが宮廷貴族には重要なのかもしれなかった。
馬車の中でふむふむとそんなことを考えている内に、ポーチに着く。エメラルドの飾りと、それに合わせたこれもまた緑色のドレスを着ているのがダンビエ伯爵夫人だろう。末娘がわたしと同じく今年デビュタントなので、お母さまより十歳は年かさのはずだけれど、そうは見えない美しさだ。
豊かなブルネットの髪をきれいに結い上げた夫人の前で、お母さまとふたりで挨拶する。
「本日はお招きに預かりありがとうございます。
お言葉に甘えて娘と共に参りましたの」
「はじめまして。アーサリー伯爵家の長女、ミシェルと申します」
「まぁ、あなたがミシェル嬢なのね。お会い出来て嬉しいわ。
……こんなに可愛らしいお嬢さまならご両親が外に出したがらなかったのもわかるわね。
今日はどうぞ楽しんでいってくださいな」
「ありがとうございます。こちら、よろしければどうぞ」
「あら、ロサ・ブリエをいただけるなんて光栄だわ。
ティールームに飾らせていただきますね」
ダンビエ伯爵夫人に持っていた花束を手渡すと、嬉しそうに受け取ってくれた。ロサ・ブリエは我が家が品種改良を手掛けたバラで、白い花弁が外側に向けて黄色く色づく様から「輝くバラ」という意味の名前をつけられている。
現王妃殿下がお輿入れされた際に王家に献上した品種のため、我が家と直接取引のある商会でしか扱われていない。そのため、貴族にとっても珍しい品種で、我が家からも早々手土産にできるものではない。だけど、今回はわたしの初めての社交だからと、お父さまが特別に持ち出すのを許可してくれたのだ。
「まさか、ロサ・ブリエを受け取っておいてひどい扱いはしないだろうな?」というお父さまからの圧を感じるけれど、今日だけはわたしも素直に甘えておくことにした。
メイドにティールームに案内されると、そこには既に何組かの母子が座っていたが、みんなわたしたち親子が入室すると、立ち上がって口々に挨拶をしてくれる。詳しい挨拶はお母さまにお任せして、わたしはひたすら「はじめまして」「よろしくお願いいたします」を繰り返しておいた。誰が誰かもわからないし、下手なことは言わないに限るのだ。
室内にはテーブルが三つ用意されていて、わたしたちは恐らくダンビエ伯爵夫人が座るのだろう主賓のテーブルに案内された。今日はデビュタントしたばかりの娘を持つ母親たちのお茶会という趣旨だからか、ご婦人とご令嬢が交互に座っているようだった。
「アーサリー伯爵家より参りました。エレーヌですわ」
「同じくミシェルと申します」
「アーサリー伯爵夫人、ご令嬢、おふたりのご参加を歓迎いたしますわ。
本日主催を務めさせていただきますダンビエ伯爵家の三女、マリエットと申します。
どうぞ、おかけになって」
マリエットさまはお母さま譲りのブルネットに、琥珀色の瞳をしたご令嬢だった。ロイヤルブルーのドレスを着ているからか、同じ年のはずなのにひどく大人びて見える。夫人が若々しかったからか、下手をすると姉妹と言っても通じそうなほどだ。
お茶会の仕切りなども慣れているのだろう、てきぱきと同じテーブルにいた他の二組のご家族のことも紹介してくれる。
同じ席についていたのはマルセル子爵夫人とご令嬢ロザンナさま、そしてワロキエ伯爵夫人とご令嬢のシャーロットさまだった。ロザンナさまは赤髪をきりりと結わえた活動的な印象で、シャーロットさまはふわふわとした栗色の髪がかわいらしい印象だ。
しっかりしたマリエットさま、さわやかなロザンナさま、にこやかなシャーロットさま、三者三様でどなたも素敵だ。わたしは改めて「今日はお友達を作るぞ」と意気込む。
わたしたちの挨拶がひと段落した頃、最後のお客様を連れてダンビエ伯爵夫人がティールームに入ってきた。
「みなさま、お待たせいたしました」
夫人と共に入ってきたメイドたちが、窓際の花瓶をさっとロサ・ブリエが入ったものに変えると、室内にいたみなさまから、ちらちらと目くばせが飛んでくる。そんな中、ティーポッドから紅茶がそれぞれに淹れられて、わたしのわくわくする気持ちと共にお茶会は幕を開けたのだった。
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次回は2/8(木)に投稿予定です。




