歌姫のはじめての冒険 2
「つまりぼくが依頼任務をこなせば、冒険者として認めてくださる、ということですか」
「シリル、こんなのの言うこと気にすることないって」
「たしかにぼくは初心者で、まだ危険な任務についたことはありません。自称冒険者といわれても仕方がないと思います。ですから現場に出ます」
「そのへんにちょろっとお出かけする程度の依頼じゃあ、納得いかねえなあ」
ヘイダルがにやにやと笑う。完全にバカにされていることは承知のうえで、シリルは男に答えた。
「ならば、あなたが納得する難易度のクエストをギルド長に選んでいただきます。それでどうですか」
「ここのギルド長が忖度をしないという保障はどこにあるよ」
「冒険者の力量に応じて依頼を振り分けるのは、ギルドの仕事では?」
血気盛んに難易度の高い依頼に挑んで命を落としては意味がない。ギルドは冒険者を守る組織なのだ。
シリウスの弁に不承不承うなずいたヘイダル。ファリドはその段階になってくちを開いた。
「ならいいもんがある。近くの森で大量発生した魔物についての調査だ」
「おい、それは」
「そうだ、他所のギルドにも依頼をかけてあったやつ。おまえに任せるのもいいかなって思ってた例の案件だよ」
「あれを素人にやらせるのかよ」
「おまえさんがそう言うってことは、シリルが依頼条件をこなせば実力を認めるってことだな」
ヘイダルが難しい顔をして、大きく息を吐いた。
「わーったよ。だが、俺も付いていくぞ。万が一、魔物が暴走したとき、抑える必要があるからな」
「そうだな、そうしてくれるとギルドとしても助かるよ」
双方で話がまとまったらしい。
ファリドは立ち上がってカウンター奥へ。設置してある棚から紙を取り出すと戻ってきて、シリウスとアニタの前へ置いた。
高難易度のクエストだ。アニタが息を飲むなか、シリウスは内容に目を通していく。
町から馬車で一時間ほどの場所に広がる森。数ヶ月前から瘴気が発生し、魔物が出てくるようになった。街道を通る行商人や旅行客にも被害が出始めており、国から調査依頼があったらしい。
ただの調査依頼が難易度高というのは、瘴気の発生原因がわからないせいなのだろう。いままで問題なく平和であったのに、突如そうなった。地底への瘴気穴が開いているのであれば整備しなければならない。
考えこむシリウスを前に、アニタはファリドへ問う。
「おじさん。攻略の仕方について誰かに相談するのはいいんだよね、シリルの不利になんないよね」
「先達に教えを乞うのは当然だ。任務を確実に成功させるための準備は、冒険者の資質のひとつとされる」
「あんたも、文句は言わないよな」
「かまわん。つーか、俺はどんだけ狭量だと思われてんだ」
「いままでさんざんケチつけといて、よく言うよ」
◇
調査にあたり相談したのは、アニタの養父母。元高位冒険者のふたりならば、有用なアドバイスを貰えると思い、教えを乞うた。
アニタがくちを挟んだため話がこじれたことは叱られたが、それでもクエストを受注することには肯定的だったのは意外である。
シリウスがそう言うと、トーニャは笑って言った。
「シリルも酒場でばかり歌っていないで、たまには野外で声を響かせる練習をしたほうがいいんじゃないかなって、ドゥランとも話してたんだよ」
「おじさんと?」
「そろそろ実践してもいい頃合いだ。ファリドだって、そのつもりでこの依頼をシー坊に振ったんだろう」
問題ないと言いたげに笑い、いくつかの助言を受ける。シリウスは、トーニャから風魔法を教わっているので、その扱い方についてが主な内容だった。傍らで一緒に聞いているアニタにも声はかけられる。
「アニーはシリルの補助。歌っているあいだは無防備になるから、声を途切れさせないよう、近寄ってくる魔物を撃退すること」
「あたしで大丈夫かな」
「防具屋に行って、耐魔グローブを買ってきな。ケチケチせず、きちんと瘴気避けが付与された物にするんだよ」
「はーい」
装備品に関してはファリドに相談。調査現場をよく知っている人間に、なにが必要なのかを聞いたほうがいいとシリウスは思ったのだ。シリウスとアニタ、それぞれに合った防具を教えてもらい、こうして森にやってきた。
ヘイダルと合流し、自分は手を貸さないと明言したあと、すこし離れて付いてくる。アニタは不満そうだったが、シリウスは気にならない。不正がないか見ていてくれたほうがずっといい。
入ってすぐ、空気の淀みを感じた。草木を揺らす風の音も濁っている。
これが瘴気というやつか。
「アニー、穢れ払いの唄を歌うから、すこしだけ我慢してて」
シリウスは息を吸い、密やかに歌いはじめる。
最初の一音は静かに。
徐々に声に魔力を乗せ、音を厚くしていく。
ここにはいない観客へ向けて手を差し伸べる仕草をすると、手のひらから風が生まれた。右に左に、あるいは天に向かって手を伸ばし、応じて風が渡り、声が、歌が、森の奥へ響いていく。
教会の聖堂で歌うときと同じだが、魔力を乗せると、こんなにも伸びやかになるのかと、歌いながら驚く。トーニャが「外で歌ってみろ」と言った理由はきっとこれだったのだ。興行の舞台上で歌うのとはまったく違う。
酒場で冒険者相手に歌っていた、こころを安定させるための『鎮めの唄』は、主張は控えめに、ほんのすこし耳に届く程度の音量であることが相応しかったけれど、今は違う。
瘴気に侵されて弱ってしまった動植物のすべてが対象だ。こんなにも大規模の野外ステージに立つのははじめてだけど、すこしの緊張もない。
冒険者としては素人だけど、歌い手としての活動は十数年。それなりに矜持もある。
そうだ、これがぼくだ。ぼくの、ぼくなりの戦い方なんだ。
胸に沸き起こる歓喜に身を震わせながら一節を歌いきり、シリウスは安堵の息を吐き、アニタの賞賛を嬉しく受け止める。彼女の褒め言葉は、シリウスにとってなによりのご褒美なのだ。
しばらく会話したのち、離れた場所で立っていたヘイダルへ視線を向ける。すると男はムッとしたようすでこちらを睨んでいる。
「なんだよあれ、気分悪ぃな」
「よしなよアニー。あのひとは戦いを主とした冒険者なんだ。こういうやり方は相反するんだと思うし」
「意味わかんない。自分の得意なことで仕事をするだけじゃん」
「うん、そうなんだよね」
そのあたりに、シリウスはずっと引け目を感じていたのだ。
小柄で筋力もなく、重力魔法があるとはいえ、同じ年齢の女の子に腕っぷしで負けてしまう自分が情けない。男としてどうなのだ、という話である。
けれど、あまり卑下することでもないのだと思えた。
そう思えるように、ようやくなってきたような気がする。
「入口のあたりは瘴気が晴れたけど、森の奥はまだわからない。発生原因を突き止めないと、また淀んでしまう」
「よし、じゃあ先に進もう!」
アニタが先導する。
危険な場所で前に立たせることにも引け目があったが、「地元民が案内役をするのが普通なの」と言われて納得した。
もしなにかあれば、自分が声の魔法で敵を牽制したり、足止めをしたりすればいいのだ。そうしたらきっとアニタの拳が敵を叩く。
シリウスができることは、アニタがちからを存分に揮えるように補助することだ。
そしてシリウスが唄を駆使して敵になんらかの効果を与えるときは、アニタが補助にまわる。
これがきっと、ふたりの最適格。