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壊し屋のお仕事 1


 アニタの仕事は多岐に渡る。言ってみれば、なんでも屋。しかしもっともよく知られた名は『壊し屋』だ。

 基本的には、子どものころから世話になっている、元冒険者夫婦の酒場兼食堂を手伝っているが、空いた時間は別のことに充てて、休む間もなく働いている。

 その理由は借金だった。


 なにも彼女が、齢十七にしてギャンブル狂いというわけではない。金遣いが荒いわけでもない。

 ただ、ちょっとばかし魔力コントロールが下手なおかげで、いろいろな物を破壊してしまうことが多いのだ。あの不名誉な通り名は、それが原因である。


 アニタの能力は重力操作を主としたもの。ほんのすこし手で触れただけで土壁がへこみ、木の板は割ける。魔力制御の腕輪をつけてなんとか生活を送ってはいるが、うっかりすると物を壊してしまうため、修繕費を支払うためにお金を稼ぐ必要があった。


 冒険者ギルドではアニタの能力を把握しているため、彼女に合いそうな仕事を斡旋してくれる。

 道を塞いでいる落石を砕いたり、倒壊した瓦礫を粉々にしたり。腕っぷしの荒くれ冒険者(男)が数人がかりでおこなう仕事をアニタは拳ひとつでやってしまうのだから、ギルドとしても人件費が削減できて大変お得ということもあり、彼女はそれなりに忙しい。


 今日もまたアニタを指名しての依頼。ギルド長の部屋へ直接出向いたところ、そこには恐ろしいまでの美少女がいた。

 青みを帯びた銀色の長い髪。肌の色は白く、透き通った空色の瞳が静かな佇まいを増幅させ、部屋の空気を清浄なものに変えているような錯覚に陥る。

 赤煉瓦色の短い髪、鼻の頭にそばかすの散った自分とは人種が違う。月の化身のような美人だった。



「ファリドおじさん、どこでこんな美少女をたらしこんだの?」

「人聞きの悪いことを言うんじゃねえよ。こいつはおまえの仕事相手だ」

「仕事? なんの?」

「護衛かね」


 四十に手が届く年齢にして未だ独身のギルド長にからかいの言葉をかけたところ、そっけなく返される。

 ノリが悪いとくちを尖らせるアニタに、ギルド長は説明をはじめた。



 ここは冒険者が多く集まる町とはいえ、規模は決して大きくはない。付近にある森に適度な強さの魔獣が生息しており、レベル上げにやってくる者が多いという程度の町。

 裏返すと、一定のレベルに達すると必要がなくなってしまうので、下級から中級の冒険者のみが集まっては去っていく、そんな町である。


 ところが数年前、新しいダンジョンが見つかった。

 未開の洞窟は階層も深いらしく、出てくる敵も新種が多い。調査団はやってくるし、腕試しの冒険者も押し寄せる。

 冒険者ギルドの本部からだけではなく、国からも補助金が出て、新しい大きめの宿が完成したのが先日のことだ。記念式典としてさまざまな催し物がおこなわれており、この先もいくつか予定が組まれている。



「こいつ結構評判の歌い手でな。巡業先のひとつとして、うちを選んでくれた」

「あー。来週の興行で都から来るって言ってたやつだ。銀の歌姫さま」


 これまでも、巡業に訪れた旅一座の案内をしたり、興行用舞台造りの手伝いをしたことがある。看板女優ともなれば気軽に町歩きもできないのか、アニタが周囲を牽制しながら食事や買い物に付き合ったことも多々あった。

 新しいダンジョンのおかげで冒険者の数も増え、応じてガラの悪い輩も増えてきた。この町を拠点にしている古参の冒険者たちと衝突することも多く、ギルドは調整に忙しいとの愚痴を聞かされている。

 そこでアニタの出番というわけだ。


 この歌い手もかなりの美人。

 ヘタに男を護衛につけたら本末転倒。色香に迷って仕事そっちのけになる可能性はゼロではなく、だからこそ女のアニタが指名される。いつものやつだ。


「わかった。公演の日まで無事に過ごせるよう、あたしが守ってあげればいいのね」

「理解が早くて助かるよ。ギルドで宿を手配しようかとも思ったんだが、あいにくと部屋が埋まりつつあってな。俺の家に泊めてやろうかとも思ったんだが」

「やめなよおじさん、ロリコン疑惑がでるよ」

「やかましい。だから、ドゥランに頼んだ」

「父さん? じゃあ、うちに泊めるの?」

「元高位冒険者夫婦が営む、冒険者が多く集まる食堂の二階だ。そこらの宿よりよっぽど安全だろ」


 酔っぱらって寝入ってしまった客が、明け方まで床に転がって寝ていることも少なくない店である。

 うっかり侵入した泥棒が寝ている男を踏んで起こしてしまい、こてんぱんにやられた。泣きに泣いて泣いて謝って、通報を受けてやってきた騎士団員に助けを求めた程度には、安心な家だとアニタは思う。


「それで、ちゃんと紹介ぐらいしてよねおじさん」

「いや、紹介もなにもこいつは――」

「アニー。ひさしぶり」

「え?」


 それまでずっと静かに待っていた美女が、そこで声を発した。見た目に反してすこし低めのアルトの声が耳に届く。ただ声を発しただけなのに、それすらも美しい旋律を奏でているような音となり、部屋に響く。


 驚いたのはそれだけじゃない。

 彼女は自分をアニーと呼んだ。それは、ごく親しい者のみが呼ぶ自分の愛称だ。

 主に子どものころに呼ばれていたもので、いまでは養父母、そしてこのギルド長。商店街の昔馴染みぐらいしか呼ばない名を自然に発した姿に、アニタは首を傾げる。


「……えーっと」

「あ、憶えてない、かな。そうだよね、ごめん。もう十年は前のことだし、手紙だって出さなくなっちゃったし、当然だよね」


 訝しげなアニタに対して、相手は眉根を下げ、声のトーンを落とした。とても寂しそうで、こちらのほうが身の置き所がない心地になってくる。

 美女が不幸を背負うとこんなにも儚げで守ってやりたい気持ちになるものなのか。

 知らず、ごくりと唾を飲んでしまったアニタだが、このなんともいえない空気と雰囲気に、記憶の片隅が刺激された。


「もしかして、シリル?」

「! そう! うわあ、思い出してくれたんだ。嬉しい」


 花がほころぶように笑う顔に、心臓がドキリとする。


「こっちこそ、あたしみたいなのを憶えててくれて嬉しいよシリル。将来は美人になるだろうなって思ってたけど、予想以上の美女っぷりじゃない」

「……そんなふうに言わないでよ。これでも気にしてるんだから」

「ごめんごめん。シリルは付くもん付いてる立派な男だもんね」

「アニー、その言い方はちょっと……」


 一転、苦虫を嚙み潰したような顔になった美女シリルは、アニタの幼なじみだ。そして、つい品のない言い回しで表現してしまったように、れっきとした男である。

 たぶん、そのはず。

 少なくともアニタが知っている八歳までは、シリウスという名の男の子だった。


「すまねえなシリル。こいつの周囲はどうも口の悪い野郎どもばっかりなもんで、どうにも荒っぽく育っちまった。預け先を間違えたよ」

「なに言ってんのさ。その『口の悪い野郎ども』のてっぺんにいるのが、ギルド長のおじさんでしょ。あたしは今の両親を実の親だと思って暮らしてるんだ。間違ったなんて言わないでよね」


 アニタは捨て子だったらしい。

 泣き声とともに周囲のものを破壊していたことで、廃墟で発見された。まだ乳飲み子のころである。

 あきらかに魔力を帯びた子であることから冒険者ギルドの保護下におかれ、彼女を発見した冒険者のドゥランが養父となった。怪我により引退した男は冒険者向けの酒場を始め、今は夜にだけアルコールを提供する食堂として賑わいをみせている。


 そしてシリウスもまた訳ありな子どもだ。

 ギルドに依頼があり、ドゥランも手伝いに駆り出された盗賊団のアジトに監禁されていた。着飾らせて、愛玩奴隷として売り飛ばされる寸前のことだったという。


 しばらくはともに過ごしていたが、シリウスも魔力の使い手であることがわかり、その能力を買われてどこかの公爵家に引き取られる形で都へ居を移すことになった。

 きっとまた会おうねと約束し、しばらくは手紙のやり取りなどもしていたけれど、いつしか返事は途絶え。

 はじめは泣いて、憤り、不満を抱いていたアニタだが、やがて日々の暮らしにまぎれてしまい、今はいい思い出として残っているにすぎない。



「ごめんね、本当に。あのね、アニーからの手紙を無視していたわけじゃないんだよ。歌の修行として北の教会に連れて行かれて。そこは秘密が多いから外部との連絡は限られたひとしか許されていなくって」


 友達に手紙を出したいと言っても、修行が終わってここを出てからにしてくださいと、取り合ってくれなかったのだと沈んだ顔をする。

 今にも泣きそうな顔をする幼なじみを見て、アニタは呆れた気持ちで笑い飛ばした。


「怒ってないよ。あたしの魔力が手足を軸に発動するように、シリルの魔力は声に宿るんでしょ。制御するための修行は大変だろうって、母さんが言ってた。連絡が取れなくても仕方ないよって」


 だからおまえも頑張れって発破をかけられたものだけど、この国のどこかで同じように頑張っている幼なじみがいることで、アニタも魔力制御を習得できたと思っている。

 怒ってなんていない。元気でいてくれたらそれでよかったのだ。

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