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虹色の霧の国  作者: 永井 華子
第一章 生まれ育った世界
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6.文乃の遺言

「美晴ちゃん、ほかに思い出したことはある?」

 冴子がゆっくりと美晴の背中をさする。美晴は涙を手の甲でぬぐい、記憶をたどった。


「お父様は遠い国の人で会えないけど、毎年私のためにこれを送ってくれてるって。いつか会えるときがきたら、お礼を言おうねって、でも忘れてた。なんで……」

「文乃先生と最後にパーティーしたのって、十七歳の誕生日だったよね。そのときはどうだった?」


 十七歳の誕生日、病院から一時帰宅した文乃と一緒に花島家から自宅に戻ると、テーブルの上に石はあった。

 石の輝きをみつけて、文乃の痩せた頬には少しだけ赤みが戻った。

「今年もお父様からのプレゼントが届いてよかったわ。来年は受け取れないと思うから。美晴、お父様はあなたのことを大切に思ってる、でも今は忘れていて。でも、なくさないでね」


「冴子さんの家から帰ったら、テーブルにひとつこれがあって、お母さんが『お父様からね、でも忘れていて』って言ってたことを、今思い出した。なんでだろう、そこだけすっぽり抜け落ちてた感じ。催眠術とか、暗示とか? でも、こんなにきれいに忘れてしまうものなの?」


 由香里が細かく震える美晴の手をそっと握り、問いかける。

「ほかには?」

「来年は受け取れないって言ってた。それ以上のことはわからない。お母さんに『忘れて』って言われたら、すぐに忘れてたんだと思う」

「手紙、読む?」


 美晴はもう一通の封筒を見る。

 怖い、なにが書いてあるのか、それを知ることも、知らないままでいることも。でも読まないわけにはいかない。

 美晴は意を決して、封を切った。


 ――――

 美晴のお父様は、異世界に存在するある王国の第二王子殿下です。信じられないでしょうが、事実です。


 私は十八歳の時に(かれ)の国に呼び寄せられて、ある役目を果たすことをお願いされました。その役目を終えて、日本に帰るかどうかを考えていたとき、彼に、帰らずに一緒に生きて欲しいと言われたのです。


 日本には私をつなぎ止めるものはなく、私は彼の手を取ることに躊躇はありませんでした。そのときの私は、二度と日本に帰らないと決めたのです。


 そして、美晴を授かりました。そのまま彼のもとで子どもを産み、家族として生きていくはずでした。彼も子どもが生まれることを心から喜んで、楽しみにしていました。とても幸せな気持ちで、美晴が生まれてくる日をふたりで待っていたのです。


 でも、彼の国の力を持たない私が、彼の子どもを産むためには、どうしても日本に帰らなくてはならなくなってしまったのです。日本へ帰ったら、私だけで子どもを連れて異世界へ渡ることはできません。

 二度と彼に会うことができなくなるかもしれない。それでも、彼の子どもを諦めたくなかった私は、彼を振り切って日本へ帰ってきました。


 四年間行方不明だった上に、妊娠して帰ってきた私が、実家に受け入れてもらえないことは、わかっていました。小百合伯母様を頼って美晴を産み、冴子さんと知りあえたことは本当に幸運だったと思います。伯母様と冴子さんには心から感謝しています。


 美晴が生まれてから少しして、彼から精霊石が届きました。

 彼の国には精霊信仰があり、人びとは『精霊の力』と信じられている魔力を、自身の能力によって使うことができるのです。能力の高い人が、器となる石に魔力を込めると精霊石となります。

 彼の国は魔力の強い王が治める国です。国王の子である彼も、強い魔力を持ち、精霊石を作ることができる人です。精霊石を作り、私たちへ送ってくれたのです。


 私は精霊石の力の使い方を教わっていたので、その力を使って、美晴が生まれたことを伝える手紙をあちらに送りました。もちろん、簡単なことではありません。手紙が彼のところへ届くかどうかは賭けでした。


 次の年から、美晴の誕生日の頃に精霊石が届くようになりました。返信はなく精霊石だけが届きましたが、私の手紙は彼に届いたのだと思います。いつかふたりで彼のところへ帰ることができるように、送ってくれているのだと思います。だから、美晴の記憶を閉じるために少しだけ力を使い、そのまま保管していたのです。


 あちらとこちらのやり取りは、送り手と受け手が互いを認識していないとできません。私が死んだら、受け手がいなくなるので、新たな石は受け取れなくなるでしょう。

 瓶に入っているのはこれまでに届いた十八個です。もうひとつのペンダントは、私が日本に帰るときに彼のお兄様が渡してくださった『王家の精霊石』です。


 私は日本人なので、精霊石の力を使うことはできても、魔力を身に宿すことはできません。あちらの人びとは精霊石があれば、自分の持つ能力よりも強い力を使うことができます。


 美晴は彼の子どもだから、王族としての強い魔力の器を持っています。『王家の精霊石』と、彼の精霊石の力を身に宿して使えば、あちらへ渡ることができるはずです。

 ただし、一度、器に精霊の力を宿したら、精霊の力が存在しない日本では生きられなくなるでしょう。


 美晴が十八歳になったら、全てを話してあちらへ渡るか、日本で生きるかふたりで相談するつもりでした。でも、それはできなくなってしまいました。この様な形で伝えることになってしまい、ごめんなさい。


 私がまだ生きられるなら、もう一度彼に会いたかった。美晴を会わせてあげたかった。でもそれは私の望みであって、日本で育った美晴を連れて行くことが、美晴にとって幸せなのかは、私が決められることではありません。もし、私にこの先の未来があったとしても。


 でも、私のわがままで彼のもとを去ったのに、まだ私たちを思ってくれている彼に、美晴を会わせたいという気持ちを諦めることもできないのです。


 美晴に委ねることを許してください。美晴が日本で生きることを望むなら、小瓶の精霊石をひとつだけ掌にのせて「精霊の加護を忘れて生きる」と唱えてください。

 冴子さんたちもこの手紙を読んだなら、一緒にいるときに唱えるようにしてください。そうすれば全てはなかったことになります。


 もし、お父様に会いに行くなら、あちらで生きることを選ぶなら、二枚目に記した方法で異世界へ渡ることができるはずです。あちらの文字で記した言葉ですが、精霊石に触れた美晴なら、読めるはずです。美晴が口にすることで、魔力は発動します。日本に戻らない覚悟ができるまでは、決して声に出しては読まないように。


 美晴が望むようにしてください。美晴の幸せをいつまでも願っています。


 文乃

 ――――

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