5.日記帳の中身
封筒は三通。一番上のものは「美晴へ」、二通目は「花島 冴子様」、最後のひとつだけは封がされており、「手紙を読んでから開封すること」と書かれていた。
美晴は冴子に二通目の封筒を渡すと、自分宛のものを開けて手紙を取り出した。一枚の便箋には、短い言葉しか書かれていなかった。
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美晴へ
あなたにずっと、お父様のことを隠していてごめんなさい。この箱に入っている瓶を開けてください。それから、もう一通の手紙を読んで、先のことを自分で決めてください。
文乃
――――
「なにこれ、またしても思わせぶりなことしか書いてない。冴子さんのほうにはなにが書いてあるの?」
美晴は母の死に際の言葉からずっと振り回されて、もはや怒りが湧きつつある。だが、はっきりとした口調で話すことの多かった母が、ここまで回りくどい仕掛けを施して、あいまいな言葉しか残していないことに、不安も大きくなる。
もしかしたら、冴子に直接渡した手紙に書いてあったように、美晴がなにも気づかないまま鍵が処分されることを、文乃は望んでいたのだろうか。
そう考えると、美晴はこれ以上なにも知らないほうがいいのかもしれない、とも思う。
――でもそれなら、なぜこんな手の込んだことをしたの? ――
「美晴ちゃんが手紙を全部読んでから、どうするか決めたら助けてあげて欲しいってことみたい。正直ちょっとこれ意味がわからない。美晴ちゃんのは?」
「その瓶を開けてから、もう一通の手紙を読むようにって。お父さんのことが書いてあるのは、間違いないと思う……」
由香里が三通目を手に取った。
「これだけ封がしてあるね」
「覚悟して開けろってことなのかな。お母さん、本当は、私がこれに気づかないほうがいいと思ってたのかな。どうしよう、なんか怖い。手紙を読んでから、これからの自分のことを決めなさいって、私まだ学生なんだけど。どういうこと?」
泣き出しそうな美晴に、冴子は慎重に言葉を選ぶ。
「美晴ちゃん、落ち着いて? ……私への手紙には、美晴ちゃんがこれを読んだら、お父様に会いに行くと言うかもしれない、もしそうなったら帰ってこないから、その後のことをお願いしたいって書いてあるのよ」
「えっ、帰ってこないって? ……もし外国でも、会いに行って、帰ってくるのになんの問題もないよね? どういうこと?」
疑問を口にしたのは由香里だった。美晴も同じことを考えたが、頭の中はほかにも、さまざまなな疑問や困惑が渦巻く。
「だからよくわからないってこと。今の美晴ちゃんの顔を見れば、お父さんは外国の人なんだろうとは思うけど、それでも、会いに行って帰ってこられないってことはないわよね。ごめん、美晴ちゃん。文乃先生の原稿が読めるって気持ちが大きかったから渡してしまったけど、そんなことじゃ済まなかったわね。もっと慎重になるべきだったわ。本当にごめんなさい」
冴子も泣きそうになっている。美晴は首を横に振った。
「私も日記だと思ってたから冴子さんに読んでもらいたかったんだよ、本当に。こんなわけがわからないことに巻き込んで、私のほうこそごめんなさい。冴子さんへの手紙も入っていたんだから、お母さんも冴子さんが一緒にいるはずだって思っていたのよ。ほかに頼れる人がいないからって……。ごめんなさい」
「ねえ! 『読んでから決めなさい』なんだから、とりあえず読むしかないんじゃない? このまま見なかったことにして、これを処分しちゃうとか、できないでしょう?」
由香里の言う通り、もうなかったことになどできない。どうせ読むのであれば、冴子と由香里が一緒にいる今がいい。
美晴はうなずくと、日記帳の左側に入っていた瓶を手に取った。
乳白色の小瓶は蓋にも本体にも、螺旋模様が刻まれている。中が透けて見えそうな素材なのに、入っているものは少しも見えない。
美晴がゆっくりと蓋をねじりながら引くと、ポンッと小さく音がして開いた。美晴は、瓶をかたむけて掌に中身を落とした。
掌にいくつも転がってきたのは、直径一センチほどの宝石のような小石だった。
「綺麗……。なんだろう、オパール? ブラックオパールかな?」
美晴の手をのぞき込んで由香里がつぶやいた。
小石は十数個あるが、全てほぼ同じ大きさで、まぶしいほどに輝いている。小さな石の中にさまざまな色が閉じ込められて虹色に光っているが、その中でも艶やかな漆黒の輝きが目立つ。
黒が強い存在感を持ちながらも、全体からは柔らかい虹色の光があふれてくる。見たこともない輝きに三人とも、しばらく言葉を失っていた。
見入っていた冴子が、ふと気づいたことを口にする。
「ねえ、これ、石自体が光ってるんじゃない? それに色が変化してるみたい。由香里、カーテンを閉めて!」
由香里が急いでベランダと出窓のカーテンを閉めると、薄暗くなった部屋の中に石が生み出す光が一気に広がった。
宝石に光が当たって輝いているのではない、石の中で七色の光が渦巻き、あふれ出しているのだ。
美晴は石をそっとテーブルに転がすと、その数を数えた。全部で十八個あった。
「私、これ見たことある……」
冴子と由香里は天井に広がる光の動きに見惚れていたが、美晴の言葉を聞いて、我に返った。
「誕生日にお父様からのプレゼントだって、お母さんが見せてくれて……。でも、この瓶に入れて蓋をして、これは秘密だから美晴は忘れていなさいって言われて。本当に忘れてた。なんで? 私、毎年見てたのに」
美晴は、確かにこの美しい石を目にしたことがある。虹色の輝きに驚き、文乃に父からのプレゼントだと言われて、歓喜の声を上げていた。毎年!
それをたった今まで、全て忘れていた。
美晴の頬に涙が流れた。