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虹色の霧の国  作者: 永井 華子
第三章 父と娘

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39.ラルフの心配

 それから数日後には、美晴は意図して精霊石をつくれるようになっていた。

 無意識につくらないように気をつけるほうが、難しかったが、どうにか制御できるようになった。


 邸にあった(から)の石は、あっという間になくなった。

 ハンスが用意した王家の精霊石のももとなる、大きな石をすべてを精霊石に変えても、美晴はまったく疲れを見せなかった。それでいて、魔力があふれだしているようすもない。


「大公領の精霊石を、叔父上がおひとりでまかなえている理由がわかったよ」


 毎日の食事は、当然のようにラルフととっている。ひとりで食べる味気なさは身に染みているので、誰かと一緒に食べられるのはうれしい。


 しかし、なんとなくでこの状況に慣れていってしまってもいいものか、と美晴は考えていた。

 この日の晩餐も、ラルフと向かい合っている。

「大公領の精霊石?」


「所領を持つ貴族は、領民のために精霊石をつくらなければならない。とはいえ、実際に領民のひとりひとりに配るわけではない。農業、商工業の組合などに一定数が配分され、あとは河川工事や辺境の警備といった領地運営にも使われる。国に納める分もある。それだけの精霊石を用意するには、相当の魔力が必要だ。領主一族だけでは足りず、縁戚を頼ったり、魔術士を雇い入れたりしている家も多い。それでも足りない場合は、王家に援助を願いでるしかないが、それは諸刃の剣となる」


「領地を維持できていない、と判断されるのね」

 美晴の正しい認識にラルフは深くうなずく。


 領地を維持する精霊石をつくれない、とみなされると最悪の場合、爵位を返上しなくてはならない。


 最悪までいかなくても、降爵や領地召し上げとなる可能性は高い。家の断絶も覚悟することになる。


 それを避けるために、多くの貴族はあらゆる手段を講じて精霊石を確保する。しかし、器に恵まれない家がそれを隠し、結果として領民の生活にしわ寄せがいくことも少なくない。


「リューレ領はもともと王家の直轄地だったんだ。叔父上が封じられてからは、ほかの貴族の所領と同じ扱いになっている。だが、精霊石をつくれるのは叔父上おひとりだ。どうなさっているのかとは思っていたけれど、叔父上の器もローザリンデと同等なら、充分にまかなえるだろうね。叔父上とローザリンデの器は、常に満ちた状態なのかもしれないな」


 人並み外れた大きな器が常に満ちている。美晴にはそれがどういうことなのか、人並みの器の大きさも魔力量も、見当がつかない。


「精霊の力の器が満ちることはまずない、と言ってたわね?」


「以前、精霊術士に聞いたことがある。普通は器に注がれる力は、扱える魔力量より多くなることはない。多くても器の七、八割がいいところだそうだ。二十五年前は、限界を超える力が否応なく器に流れ込んできた。扱える能力以上の魔力は、その身を蝕むということだ」


 クラウスと美晴には大きな器とともに、それに注がれるすべての力を使いこなす能力も備わっている。壮大な話は、美晴の想像を超えていた。


 ラルフは控えているハンスとアルマに目をやると、にやりと含みのある笑みを浮かべる。


「ふたりは叔父上が、毎年春に別邸(ここ)へ来ていた理由を知っているだろう?」


 ふたりは顔を見合わせ、示し合わせたようにハンスが口を開く。

「存じません。ここは端のほうとはいえ王都ですから、王都にいるという実績を作っておられるのかと思っておりました」


 ラルフはふたりを交互に見ると、行儀悪くテーブルに肘をついて、組んだ手の上に顎を乗せた。


「毎年、私がここへ来る前後、いや、帰った後だな。お出かけになっていただろう? 『王家の泉』へはおひとりで?」


 ハンスは呆れたようすで、ご存知でしょうにと言ったが、ラルフはさらに口の端を上げた。

「なにをなさっていたのかも、知っているだろう?」


 アルマはわざとらしく咳払いをして、不機嫌にこたえる。

「毎年、ラルフ様がお帰りになってから、おひとりで泉へ向かっておられました。それ以上のことは私どもは、なにも存じません」


「その後は、多少はお疲れだったかな?」

「ラルフ様!」


 語気を強めたアルマに、ラルフはいたずらを叱られた子どものような顔をした。実際に子どもの頃、ふたりに叱られたことは一度や二度ではない。その頃も今も、彼らのクラウスへの忠義は揺るぎない。


「叔父上は、もっとふたりに感謝するべきだな。これほど心を砕いて仕えてくれる者はそういない。得難い人材だよ」


 そんなにほめてもなにも出ませんよ、とアルマは呆れながらも少し微笑んだ。


 美晴には、交わされる会話の意味がわからない。説明されない限りは、気にしないと決めて、黙々と料理を口に運ぶ。

 川魚と思われるもののソテーは、香辛料の効いたソースがとても美味しい。別邸(ここ)の料理人の腕も良いのだろう、食べ物が口に合うことは異国で暮らす身には最も重要だ。


 ――その意味ではお母さんも私も、幸運だったわね――


「……ローザリンデ?」

 料理に集中していると、ラルフが話しかけてきた言葉が耳に入っていなかった。青の濃い紫水晶の瞳が真っ直ぐに見つめていた。


「ごめんなさい。なに?」

「君がもっていた叔父上の精霊石は、小指の先くらいの大きさだったと言っていたね?」


「ええ、いつも用意してもらっている空の石と同じくらいだった。全部同じ大きさで」

 ラルフも食事を再開して、口を動かしながら考えている。


「……その大きさが限界なのかな。叔父上のものは見たことがないが、陛下のものは見せていただいたことがある。やはりそれくらいの大きさだったな」

「それがなにか?」


「この邸中の空の石を精霊石にしても、ローザリンデはまったく疲れていないだろう? 叔父上も同じだと思うが、例の精霊石をつくると、さすがにお疲れになるようだ」


 例の精霊石、王族でも国王とクラウス、そして美晴にしかつくれないと言われた、空の石を用いずに魔力だけで生成される精霊石。


 普通は空の石を満たすだけで、かなりの魔力を使う。それを苦にしないクラウス、そして美晴は、魔力のみの精霊石をつくると、ようやく魔力を消耗した状態になるらしい。


 クラウスがら毎年春に『王家の泉』で行っていたこと。

 母と美晴に精霊石を送っていたのだ。美晴は先程のラルフたちの会話に、ようやく合点がいった。


「だから、年に一度だったのかしら」

「そうかもしれないな。はやく会いたかったはずだから、大量に送れるのなら、そうなさっただろう」


 美晴はふと気づいて、ラルフにたずねた。

「でも、石はそのまま届いていたのだから、送るための魔力は別に必要なのよね?」

「そうだね、だからわざわざ『王家の泉』に出向かれたのだろう。疲れているところを見られないように、私が帰ってからね」


 クラウスが別邸に滞在する度に、ご機嫌うかがいに来ていたラルフには、腹立たしさもあるらしい。

 アルマも今度はとがめなかった。


「私も『王家の泉』に行ったら、あちらになにかを送ることはできるかしら?」

 ラルフが怪訝そうに、カトラリーを操る手を止める。

「帰りたいのか?」


 ラルフの心配を、美晴はきっぱりと否定する。

「違うの。そういうことではないの。私はあちらへ帰ろうとは思っていないから」

 ラルフは納得していないようなので、美晴は続けて言った。


「母が友人に精霊石をしまった箱の鍵を預けていた、と話したでしょう。母とその友人は、一日違いで出産したことがきっかけで仲良くなったの。その友人の子どもは私の親友で、ここへ来るときに見送ってくれたの。そのときどうにかして連絡する、と約束したのよ。だから」


「その親友は女性? 男性?」

 ラルフの右の眉がぴくりと上がった。それを見た美晴は、もやもやとした気持ちをため息にして吐きだした。


「女性です。姉妹のように育った親友。泣きながら引きとめてくれたのよ」


 あれからひと月余り、時間は等しく流れている。由香里はどうしているのか、美晴の思考が、遠く離れ過ぎた親友の元へと飛んでいきそうになる。しかし、目の前で細められた紫の瞳に引き戻された。


 ついさっきとは一変した朗らかな笑顔に、美晴は呆れた。

「なあに、ころころ態度が変わって忙しいわね」


 ラルフ慌てて、左手で口を覆った。

「いや、そんなつもりは。ただ、君にそういう人がいてくれて良かったと思って」

 咳払いをして手を戻すと、ラルフは続けた。


「私は三男だから、君が生まれるのをとても楽しみにしていた。弟か妹のような存在ができることをね。だからずっと心配していた。母君がアンティリアから消えて、君が無事に生まれたと聞くまで。それを聞いてからも。そして二年前からはまた、無事でいるだろうかと。もちろん、私だけではなかったけどね」


 絹糸のような銀髪からのぞく耳が、少し赤くなっている。アンティリアに来てから、ラルフが美晴をとても心配してくれていることは知っている。

 それが実際には、もっと長い時間を経たものであったのだとわかり、美晴の視界が少しゆがんだ。


「ありがとう。彼女、由香里も同じように今、心配してくれていると思うの。だから、私は大丈夫だって伝えられないかしら?」


 ラルフは少し考えていたが、急にいつもの落ち着いた表情に戻り、それからはっきりと笑った。


「そうだな、あちらの文字で書いた手紙なら、もしかしたら送れるかもしれない。ただ、私には使えない魔法だから、あまり期待はしないでほしい。明日、少し調べてみるからローザリンデは手紙を用意して、明後日にでも『王家の泉』に行ってみようか」


 試しにね、と笑うラルフにはなにか含みがあることに、ハンスとアルマは気がついた。

 美晴の心はすでに由香里へ書く手紙に向かっていたので、ただ喜んでうなずいた。

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