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虹色の霧の国  作者: 永井 華子
第三章 父と娘
37/50

37.大公邸で

 ラルフが眠った美晴を寝台に運び、部屋を出ると、エマが控えていた。


「眠っているから、これで整えてあげてくれ。私も消耗したから分離できなかった。使えるか?」

 ラルフが紫色の精霊石を手渡す。『氷』と『火』の精霊の加護が混ざりあった精霊石を手に、エマは驚きながらうなずいた。


「大丈夫です。身支度に精霊石を使うなんてはじめてですけど」

「今回は仕方ないから許してくれ。泣きはらした顔を、見られたくないだろうから」


 ラルフの気遣いは過保護とも思えるが、本来ならそれはクラウスから与えられるはずのものだ。

 エマも、クラウスの行いに傷ついた美晴の姿に心を痛めている。


「承知しました。ハンスがお食事をと申しておりました」

「ああ、ありがとう。あとは頼むよ」


 ラルフはリューレ大公の護衛であり、主家の食卓に席を用意されるなどあり得ない。

 しかし、大公家の使用人たちにとってラルフは、子どもの頃から見知った仲でもあり、すっかり人嫌いになってしまった主人に物申せる、貴重な人材である。

 ラルフもその辺りの事情をよくわかっているから、遠慮なく席につく。


 給仕にはハンスがついた。今後のことを話したいのだろう。

「ラルフ様、お嬢様は?」

「落ち着いたから大丈夫だろう。もうお休みになっているから、明日の朝はなにか召し上がりやすいものを用意して差し上げてくれ」

「承知しました。ありがとうございます」


 ハンスは、クラウスが第二王子として王宮で過ごしていた頃からの従者である。当然ラルフとのつき合いも長い。

 口ではいろいろと言いながらも、この青年が義理の叔父をなにかと気にかけていることも、よく知っている。

 そのおかげで、今回もお嬢様を王宮より先に大公邸へ迎えることができたのだ。


「本邸のほうは、ハンスやアルマがいなくても大丈夫なのかな?」

「クルトが一通りのことは把握しておりますし、殿下がいらっしゃるのですから、問題はないでしょう。メイドたちはアルマがいないほうが、しっかり働きますよ。あとが怖いですからね」


 クルトは、数年前から執事見習いをしているハンスの甥である。そろそろ別邸(こちら)の管理を任せたいと、殿下にお願いするはずだったのですが、とハンスは苦笑いする。


「なら、そちらはいいか。陛下にお願いして、私がここに滞在する理由はつくる。あまり長引かせる気はないが、そのつもりで頼む」

「承知しました」


「ハンスもアルマも、結局は叔父上に甘いからなあ」

 ハンスは再び苦笑をこらえる。仕える主人、しかも大公に向かって意見できる使用人は、そういないだろう。


「私どもも、殿下に申し訳ないという気持ちをずっと抱えておりますから」


 ハンスもアルマも「子どものために」と言い含められて、クラウスに黙って『王家の泉』へ向かう文乃を見送ってしまった。

 それが、永遠の別れとなるとは思いもせずに。


「ローザリンデは、妃殿下に悔いはなかったはずだと言っていたよ。アンティリアへ連れてこられたのは、自らの意思ではなかった。だが、ここへ残り叔父上と結婚したこと、あちらへ帰って子どもを産むことは、妃殿下ご自身の決断だったと」


 ハンスは少し驚いたようだったが、すぐに寂しそうにこぼした。

「お嬢様がそのように思っておられるのなら、よかったです。……それでもあのとき、と思うのですよ。きっと殿下も同じでしょう。年寄りほど意固地になるのかもしれませんな」

「そんな歳でもないだろうに」


「妃殿下がこちらへいらしたときは、今のお嬢様よりも年少でいらっしゃいました。歳はとりましたよ」


 目を細めるハンスも、さまざまな思いを抱えて、長い時間を過ごしてきた。

 もしかしたら、皆が文乃が去ったあのときに取り残されているのかもしれない、とラルフは思った。


「ですが、殿下にはお嬢様の父君でいらっしゃることは、自覚していただかなくてはなりません」

 ラルフはにやりと笑って、ハンスの視線を受ける。

「なんだ、ちゃんと怒っているじゃないか」


「私はこれから誠心誠意、お嬢様にお仕えして参ります。それが務めですからね。殿下には、父君にしかできないことがあるでしょう」


「その通りだ。ちょっと反省もしていただかないとな。陛下にご相談申し上げるか……」

 気は進まないが、とラルフは切り分けた肉を口に入れる。


 現状を報告すれば、国王はすぐに王宮へ美晴を連れ戻れと言うだろう。


「本当に、性格はまったく違うというのに、面倒なところだけはよく似ていらっしゃる」

「おふたりとも、ご自分のお立場をよくわかっておられる、王族としては理想的なご兄弟だったのですが」


 いかにも残念そうにハンスは眉を下げる。ラルフはそれにはこたえず、食事を終えてテーブルナプキンで口をぬぐった。


「数日では片づかないだろうな。……そうだな、今日のようなことがまたあっては困る。ローザリンデにはせっかくだから、魔法の練習でもしてもらおうか。いろいろ考える時間がないほうがいい」



 翌朝、美晴がすっきりと目覚めて寝台で体を起こすと、まるで見ていたかのようにエマが部屋へ入ってきた。


「おはようございます。お嬢様」

 前夜のことを思い出して、恐る恐るエマに声をかける。


「……おはよう、エマ。あの、私、昨日は」

「ご気分はいかがですか? 朝食は召し上がりますか?」


 エマは、普段とまったく変わらないようすで気遣ってくれているが、落ち着かない。

「私、どうやって寝たの?」


 エマは小さなえくぼを浮かべて、大丈夫ですよ、と言った。

「眠ってしまわれたので、ラルフ様が寝台までお連れくださいましたけど、その後の身支度は私がいたしました。ご安心ください」


「そう、ありがとう……。随分とすっきりしているのだけど」


「ああ、ラルフ様が精霊石を下さいまして、お身体の疲れを軽くするようにと。それで、治癒の魔法を私が」


 さんざん泣いたはずなのに、顔に腫れぼったさがまったくないのはそういうことか、と納得する。

 しかし、貴重な精霊石をそのように使ってもよいのか。美晴の疑問を読み取ったエマが続ける。


「怪我や、疲労の回復に使う魔法です。ちょっとぜいたくな使い方ですけど、今回はラルフ様のお気遣いですから。受け取って差し上げてください」


 着替えて朝食の席へ向かうと、先にラルフが座っていたが、いつもと違う姿に美晴は二度見をした。

「おはよう。どうしたの?」


 いつも近衛騎士の制服を着ていたラルフが、()()()貴族のような格好をしている。


 濃紺のジャケットに幅広の水色のタイ、ピンについている紫の石は紫水晶なのか、ラルフの精霊石なのか。石と同じ色の瞳に銀髪、整った顔立ち、あらためてみると立派な貴公子だ。


「そっか、貴族なのよね。ラルフも」

 美晴がなにに納得したのか、ラルフにはわからなかったが、笑って美晴のドレスをながめる。

「貴女は王族のお姫様ですけどね?」


「ああ、そうね……。今日は騎士の制服ではないのね」

「休暇を取ったので」

「休暇?」


「そう、もともとリューレ騎士団へ鞍替えしようか、と思っていたのだけれど。近衛のままここに居座るのも落ち着かないから、正式に決まるまでは休暇の扱いにしてもらった。ローザリンデの護衛としての仕事はするから、大丈夫」


 昨夜ラルフが国王と交渉した結果であるが、そこまでは話す必要はない。

 美晴はよくわからないという表情から、急にばつが悪そうにうつむいた。


「……昨日は、ありがとうございました」

「どういたしまして。体調は?」

 ラルフはあえて淡々と応じる。


「おかげさまで大丈夫よ。エマに精霊石を渡してくれたのでしょう」

「ああ、でもあの程度の魔力では消耗した分には足りないだろう。体がだるかったり、まだ眠たかったりはしないか?」


 美晴はふるふると首を横に振る。

「むしろ、調子がいいくらい。ラルフの精霊石のおかげだと思ったのだけど」


 ラルフは肩をすくめて、手を伸べた。

「まあ、それならよかった。食事にしようか」

 美晴はラルフの表情を不思議そうに見ながら、席についた。

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