29.謁見
「謁見」という言葉の重々しさから、玉座の間で跪いて国王のお出ましをまつ、と思っていた美晴は応接室へと案内されて少々拍子抜けした。
「ローザリンデが想像していたのは陞爵や叙勲の仰々しい式典だな。『非公式』だと言っただろう?」
ラルフは護衛らしく、座った美晴の後ろに立っている。
通された部屋は、広さこそ大公邸のそれの三倍はあるが、調度品については同程度のものが揃えられている。つまりは大公邸のものも、超一級品であるということだ。
「『王宮』も『謁見』もはじめてなのよ?」
「まあ、そのごようすでも許されるご身分ですから、大丈夫ですよ。殿下」
からかうラルフをにらみつけるために、後ろを振り返ると、扉が開いた。美晴は慌てて立ち上がり、エマに教えてもらった付け焼き刃の礼をとろうした。
「ああ、よいよい。堅苦しくする必要はない」
国王と王妃、続いて数人の臣下が入ってくる。ゆっくりと歩きながら、国王夫妻は美晴を視界に収めて、それぞれの笑みを浮かべる。
艶のある金髪に水色を多く含む虹色の瞳、ペンダントの魔力は間違いなく国王のものだ。
国王と王妃はそれぞれひとり掛けに座り、美晴にも座るよう促した。まだドレスに慣れない美晴は緊張もあって、かなりゆっくりとした動作で座った。それを見た国王は、愉快そうに喉を震わせた。
「そのように緊張せずともよい。予がアンティリア国王である。アヤノがはじめて父上に謁見したときは、『私はこの国の人間ではない』と言って、礼をとるどころか腕組みをして怒っていたぞ」
「見ていたこちらのほうが、はらはらしましたわね。カタリーナ・エリーザベトよ。ローザリンデ、ずっと会いたかったのよ。本当に、会えてうれしいわ」
明るめの栗色の髪に、秋の夕陽のような赤い瞳の美女が、レースの扇で口もとを隠しながら微笑む。
「ローザリンデ・美晴、です。はじめまして」
国王は鷹揚にうなずいて、柔和な顔を見せているが、美晴は緊張を解くことはできない。
「見事な色だな……。そして、間違いなくクラウスの娘だな。これほど似ているのに、異を唱える者はいないだろう。どうだラウエンブルク、お前の目もまだそれほど悪くなってはいないだろう?」
国王が隣に立つ白髪の男に話しかける。片眼鏡を掛けたその人は、軽く咳払いをしてこたえた。
「確かによく似ておられますな。一度お目にかかれば、誰もが認めざるを得ないでしょう」
「わかったなら、さっさと通達を出せ。『リューレ大公女が帰国した』とな」
モノクルの男――宰相ラウエンブルク公爵――は不服そうに眉を寄せて、反論を試みた。
「しかし陛下、それだけでは……」
「わかっておる。だが、ローザリンデの存在を予が認めることがまず必要だ。後はお前が今言った通り、一度姿を見れば、うるさい連中もとりあえずは黙る。それはお前の仕事だろうが」
宰相は国王の言葉にかしこまりました、とため息とともにかえす。
「では『謁見』は終わりだ。ここからは親族の会話の場だ。親族でないものは、外せ」
「陛下!」
「なんだ、今日の目的は達したであろう。予のかわいい姪が訪ねてきたのだ。邪魔をするな」
宰相は二度目のため息とともに、午後には執務室にお戻りください、と言い置いて部下を引き連れて部屋をあとにした。
女官がお茶と菓子の用意して出ていくと、広い部屋には国王夫妻と美晴、そしてラルフの四人だけとなった。国王が美晴の後ろを見やる。
「ラルフ?」
「私は親族だと思っておりますが、伯父上」
ぬけぬけと、という表現がぴったりな顔でラルフが言い放つと、国王は驚くでもなく笑いながらうなずいた。
「そう言うからには、このままリューレ大公女の護衛の任に就くということでよいのだな?」
「私以上に適任の者がいるなら、その者でもかまいませんよ」
「お前は本当にかわいげがなくなったものだな。ローザリンデ、これが護衛でもよいかね? もっと従順な者に変えても構わないが」
いきなり話を振られて美晴は慌てたが、素直にこたえることにした。
「ラルフは、私の知らない事情も知っているようですし、護衛が必ずつくということであれば、このままで結構です」
「ふむ、よかったな、ラルフ。くびにはならんようだ。仕方ない、大公女の護衛を命じる。とりあえず座りなさい」
ラルフが美晴の隣に座ると、国王は左手を前にのばした。その掌の上に、ゆらりと水色をまとった虹色の輝きが集まる。
光がより濃く、小さく集まったところを国王が右手の指先で弾くと、パキンッと乾いた音がして光の粒子が部屋中に弾け飛んだ。
「驚かせたかな、防諜の魔法だ。ローザリンデ、予もずっとそなたに会いたかった。できればアヤノも一緒に会えることを望んでいたが、残念でならぬ。そなたのペンダントの精霊石は、あちらでは予の魔力の色であった、そうだな?」
「はい、あちらにあったときには、確かに陛下の魔力と同じ色でした。ですが、アンティリアに着くと、この色に変わっていました。これは母が陛下にいただいたものだとか。身につけて参りましたが、お返しすべきものでしょうか?」
笑みを消した国王が重々しくうなずく。
「いや、『王家の精霊石』と呼んではいるが、それ自体は単に大きな空の石だ。大きな石を満たせる魔力が王族にしかないというだけのこと。今はそなたの魔力が満ちている、そなたがもっていて構わない。……そう、予がアヤノに渡したものだ。異世界に帰るための魔力としてな」
「それはどういう……」
「なにから話せばよいかな。クラウスはなにも話していないのだろう? アヤノからもなにも聞いていない、ということだったな?」
国王はラルフに向けて問いかける。
「大公殿下は、姫君と挨拶程度の会話しかされていませんよ」
「あやつも変わらぬな、情けない」
ラルフが笑いをこらえきれずに咳き込んだので、国王は非難の視線を向ける。ラルフは懐から書簡を取り出すと、国王に差し出した。
「失礼いたしました。大公殿下もまったく同じことを仰っていたものですから。忘れないうちにこれを」
国王はラルフをにらみつけて書簡を受け取ると、そのまま無造作に開けて中身を取り出した。一瞥するとそのまま握りつぶして床に放り投げる。
「陛下」
カタリーナがたしなめるが、国王が気にする様子はない。
「書いてあることはわかると言っただろう」
「知りませんよ。お預かりしたからお届けしただけですよ」
「陛下! ローザリンデが困っていますよ。くだらないことで時間を無駄になさらないでください」
再びカタリーナが強くたしなめると、国王は表情を戻して美晴に向き直った。
「そうだな、順に話そうか。アヤノがなぜアンティリアに召喚されたのか。そしてなぜ帰らなければならなかったのか。それを知りたいのだろう?」
美晴はうなずき、教えていただきたいです、と虹色の瞳を国王に向けた。




