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虹色の霧の国  作者: 永井 華子
第二章 アンティリア王国

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26.王宮への途上

 昼食のために立ち寄った宿は、貴族階級の利用が多い高級宿である。個室も用意されており、アフタヌーンティー形式の軽食に、肉の塊がはさまったパンが供された。それがアンティリアの標準の昼食なのかどうか、美晴にはわからない。


 ラルフは護衛の確認があると言って同席しなかった。

 馬車の中でラルフに聞かされた話で、頭の中が飽和状態になっていた美晴は、紅茶とスコーンを少しだけ口に入れた。


 ひとりの食事は味気なく、ほとんど手をつけなかったことに罪悪感が残った。

 ラルフは美晴が疲れていることを気遣って、宿泊する宿までは騎馬で並走するから、馬車にはエマとふたりで乗るようにと言ってくれた。


 馬車の中でエマと向かい合って座った美晴は、ソファのクッションに体を沈めた。

「横になられても大丈夫ですよ。ラルフ様もそのおつもりで、騎馬にされたのでしょうから。お疲れでしょう」

「そうさせてもらうわ。お行儀悪くてごめんなさい」

「そんなこと、私しかおりませんから、お気になさらないでください」


 エマにとってもラルフの話は、重たいものであったはずだ。だが、それを表に出さずに気遣ってくれて、美晴は気をゆるめられた。


「エマ、私ね。母が亡くなって、自分の居場所が無くなったような気がしたの。友人や心配してくれる人はちゃんといたのよ。でも、目の前の世界が他人事(ひとごと)のようで、自分が消えてしまうような気持ちにもなったの。だから、こちらへ来たのはお父様に会いたかった気持ちが半分。もう半分は、私の本当の居場所はこちらなのかもしれない、と思ったから。でも、甘かったのね。ここに私の居場所はあるのかもしれないけど、それは望んでいたものとは違う気がする。お父様は、こんなことを聞いたらがっかりするわね……」


 そのまま眠りに落ちた美晴に、エマはそっとブランケットを掛けた。そして、カーテンの閉まった窓を見ると、うっすらと防音の魔法と共に視界遮断の魔法もかけられていることに気がついた。


 遠い日の夢を見る。母がまたローザリンデと呼ぶ。父の精霊石を愛おしそうに見つめて、美晴にしやく。

「お父様からの贈り物、きれいでしょう? これはお父様の瞳の色なのよ。ローザリンデはどんな色になるのかしら」

「色が変わるの?」


 精霊石を見つめる美晴は、十歳くらいだろうか。背伸びしたい気持ちと夢見る気持ちが同居していた頃。


「お父様の力はとても強いから、こんなに深い色をしているの。美晴の力はきっと包む力だから、お父様とは違う色になるわ」

「お父様とおそろいがいい!」


「そうね、ローザリンデのお父様はとっても素敵な人だから。おそろいになりたいわね。でも瞳の色は違う方がいいわ」

「どうして? いっしょがいいのに!」

「この色はお父様だけの色なのよ」



 美晴が昼食とっている間、ラルフは忙しく働いていた。美晴が見れば「ちゃんとした騎士の顔だ」と思っただろう。


 ――姫君は予定通りの行程で、王宮へ向かっておられます。姫君がお持ちになった『王家の精霊石』は、あちらでも陛下の魔力を保っていたそうです――


 封筒にを手をかざすと青紫の光が封蝋を包み、すぐに消えた。クラウス以外の者には開けられず、無理に開けようとすれば、手紙自体が消失する魔法である。

 国王への書簡にも、同じ魔法がクラウスによって施されている。宿に待機していた部下と護衛の一部を入れ替え、大公邸へ返す騎士にクラウスへの手紙を託す。


 ラルフがひとり、パンをかじりながら午後の行程を確認していると、騎士服の胸元が青白く光った。肺の中の空気をすべて吐き出し、息を整えるとその光源を取り出した。


 掌の半分にも満たない大きさの半円形のプレートが、水色が目立つ虹色に光っている。テーブルの上にそっと置くと、プレートの上で光が集まり像を結んだ。


 艶のある髪に、像を形作る光と同じ色の瞳、人好きのする笑みを浮かべているが、それが多くの場合、仮面であることをラルフはよく知っている。


 アンティリア王国の国王アルトゥール・ラインハルト・ニーベルシュタインである。


「おひとりですか?」

「もちろんだ」

「あと半日、お待ちいただけませんかね。姫君もお疲れのようですし。着いたらまたいろいろとあるのでしょう?」

「だからこそはやく連れて来いと言うのに、若いのに融通がきかないのはよくないぞ」


 国王は大袈裟に嘆いてみせたが、ラルフにこれ以上強制する気はもうないらしい。


「一国の王のお言葉とは思えませんね。それで? なにかありましたか?」


「少々うるさい連中に話が漏れたようだ。邪魔が入らぬうちに、ローザリンデを認めた方がよいだろう。謁見は明日の午後ではなく、午前にする。これは命令だ。お前を近衛に入れておいて、役に立つ日がくるとは思わなかったな」


「……承知しました」


 ラルフはげんなりした表情を隠さなかったが、反論はしなかった。

「珍しく素直だな。どうかしたのか」

「私はいつでも陛下の忠実な臣下ですよ。……姫君がお持ちになっている『王家の精霊石』ですが、あちらの世界でも、陛下の魔力を失っていなかったそうですよ」


 ぼんやりした通信魔法の像でも、国王が驚いていることはわかる。


「そうか、必要なかったのか……。ローザリンデが大公女であることは覆らない。それでおさめるしかないだろう。クラウスは知っているのか?」


「魔力の件については、先ほど書簡を届けさせました。ただ、昨日申し上げた通り、ペンダントはご覧になっています。それについて、大公殿下から陛下へ書簡をお預かりしております。先に転送いたしましょうか?」


「いや、いい。なにが書いてあるかはわかる」

「殿下もそう仰ってましたよ」

 ラルフがあえて無表情でこたえると、国王はふんっと口もとをゆがめ、待っているからなとの言葉とともに像は消えた。


 ラルフは光を失った黒いプレートをしまうと、片手に残っていたパンを口に放り込んで立ち上がった。午後は馬車には乗らず、ローザリンデを少しでも休ませておこう。明日からは今日以上に、彼女は振り回されることになるのだから。

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