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虹色の霧の国  作者: 永井 華子
第二章 アンティリア王国
23/50

23.父と母との絆

「ああ、エマは『森の精霊』の加護だったか。『氷』だと使いにくいかな、悪いね」

 ラルフは、青く変わった石をエマに返しながら言った。エマは恐る恐るといった様子で受け取ると、石を目の高さに持ち上げて見つめた。


「いえ、それくらいの魔力はあるので大丈夫ですが、いただいてもよろしいのですか?」

「もともと君の石だ。ああ、菓子のおまけということでいいだろう」


「これをおまけなんて仰ったら、それこそ叱られますよ?」

「ならお菓子を二箱にするから、このことも黙っておいてくれないかな」


 ラルフが笑いながら言うと、エマはなにで買収されているのかもうよくわかりませんよ、と呆れながら石をしまった。


 茫然としている美晴を、ラルフは心配そうにうかがう。

「大丈夫? 驚かせてしまったかな。つまり、これが精霊石だ」

 それを聞いて、美晴は文乃の手紙を思い出した。


「『能力の高い人が、器となる石に魔力を込めると精霊石となります』って手紙に」

「母君が? ほかにも精霊石についてなにか書いてあった?」


「こちらの人は精霊石があると自分の器より強い力を使える。自分には魔力の器はないけど、精霊石の力を使うことは教わったから、お父様から最初の石が届いたときに、手紙を送ったと。返事は来なかったけど、それから毎年私の誕生日くらいに精霊石が届くようになったから、手紙は届いたと思うって。私には器があるから、精霊石を使ってこちらに渡ったら、精霊の力のないところでは生きられなくなると……」


 どこか夢を見ているような感覚だった美晴は、あらためて自分の決断を思い出した。

 そう、もう日本に帰ることはない、ここが生きる世界になったのだと。


「『王家の精霊石』については、なにか書いてあった? それかなにか思い出してはいないか?」

 ラルフはなぜか、『王家の精霊石』に妙にこだわっているように思える。

 そういえば、昨日クラウスが不愉快な表情を浮かべたのも、ペンダントを目にしたときではなかったか。

「お父様のお兄様に渡されたものだと、国王陛下のことでしょう?」

「うん、そうだね」


「ペンダントのことはそれくらいしか……。あとは、あちらとこちらのやりとりは、お互いが認識していないとできないから、自分が死んだらもう届かなくなるだろうって。その手紙を読んで、どうするかを考えていたの。そうしていたら新しい精霊石が」


「なるほどね。叔父上が()()()()()送ったということか」


 美晴がうなずくと、ラルフは額に右手をあてて、ふぅーと長く息を吐いた。


「失礼。……二年前、ハンスから連絡があって、叔父上が王都の邸で書斎に閉じこもってしまったから、来て欲しいと。だからすぐに行って、ちょっと強引に叔父上と話をしたのだけれど」

 おそらく、「ちょっと」ではなかったのだろう、と美晴は思ったが黙って聞いていた。


「めずらしく取り乱しておられてね、『アヤノになにかあった』と。ずっと大公領に引きこもっている叔父上が、毎年春に数日だけ、あの邸に滞在する理由がはじめてわかった。あの洞窟の奥には『精霊の加護の泉』というものがあって、とても濃い魔力が満ちている」

「強い魔力を使って精霊石を送っていた?」


「叔父上の魔力も相当強力だけれど、それでも異世界へ送るのだからね。確実に届けるためにだろう。叔父上でなければ、そもそも送ることができない」

「でも、毎年ちゃんと届いていたわ」

「そう、だが二年前は何度試しても送れなかったそうだ。それで母君になにかあったのだと。我々、あー、つまり私はこれでも近衛騎士で、叔父上の監視役も(おおせ)せつかっているのだが」


「監視役?」

「いや、それは叔父上もご存知だから大丈夫だ。その辺りの話は、また別に説明するから」

 美晴は不穏な単語に思わず口を挟んだが、今は話の続きを聞くことにした。


「つまり、陛下に報告をした。それで、陛下の周囲の母君と親しかった方々も、最悪の事態を考えた。だが、こちらからはどうすることもできないからね。ただ、どなたも皆、ローザリンデのことを心配しておられた」


「私の?」

「そう、母君になにかあったのなら、ひとりで大丈夫だろうかと。手紙は届いていたよ。そして、叔父上はそれを王妃様と私の母には知らせてくれた。『娘が生まれた』とね。名前は女児ならローザリンデと決めていたそうだよ。そして、母君があちらの言葉の名前もつけたと。叔父上が呼んでいた名前だろう? 私は発音できる自信がないけれど」


 今、自分はどんな顔をしているのだろう、どんな顔をすればいいのだろう。美晴は嬉しいのか恥ずかしいのか、よくわからないまま、少し上を向いた。

 ラルフは美晴の表情を見つめて、柔らかい笑みを浮かべた。


「でもそれなら、返事なしに精霊石だけが届いていたのはどうして?」

「異世界への扉は本来は開くことはない。母君をこちらへお連れしたときには、王家の秘術を使ったと聞いている。これは私の想像だけれど、叔父上と母君の絆があったから、精霊石を送れたのではないかと思う」


 ラルフの穏やかな青紫の瞳に、同じ色の瞳をした美晴が映っている。美晴の両親の絆は二十年離れていても途切れなかった。再会することも、言葉を交わすことも叶わなかったのに。


「精霊石に込められているのは魔力、つまりあちらとこちらをつなぐ力、そのものだ。母君の手紙はアンティリア語で書かれていたのだろう。言葉や文字にも魔力が宿ると言われている。母君は、その言葉や文字の魔力を操ることに長けていらしたそうだ。アンティリア語の文字に魔力を乗せて送ることで、叔父上のもとに届いた。だが、叔父上はあちらの文字は操れない。こちらからは精霊石を送ることが精一杯だった」


 そういうことだったのではないかと私は思う、とラルフは真摯な目を美晴へ向ける。


「なら、私のところにも届いたのは」

「叔父上が娘との絆を諦めなかったから」

 ラルフは即答したが、美晴はそれを素直に受け取ることはできなかった。

「本当にそう思う?」

「思うよ。去年は届かなかったのだろう? でも、諦めずに今年も送った」


 ――お父様が諦めたくなかったのは、私じゃなくて……――


 沈黙した美晴をエマは心配そうに、ラルフはなにか探るような視線で見つめていたが、美晴は気づかなかった。

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