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虹色の霧の国  作者: 永井 華子
第二章 アンティリア王国
22/50

22.精霊石

 馭者の声がかかり、ゆっくりと馬車が動き出した。馬車の中は美晴の予想よりも広く、また座席は高級ソファのような心地よさ、なにより揺れが少なかった。


「思ったよりも揺れないんですね」

「それはよかった。まあ、叔父上のものですから、かなり上等の馬車です。馬も馭者も大公家のものを借りました。エッカルト以外の護衛も宿に着くまでは、叔父上の配下の騎士です。明日は私の部下と交代しますが」

 ラルフは美晴の正面に座っている。上等の馬車は王族専用であり、振動を軽減する魔法がかけられているのであるが、ざっくりした説明ですませる。


「私はなにをお聞きすればよいかわからないほど、混乱しています」

 美晴の言葉に、ラルフは穏やかな表情から少し眉を下げた。

「そうですね。私もなにからお話しするか迷っています。まあまずは、外に話が漏れないようにしましょうか」

 ラルフがぱちんと指先を鳴らすと、指先から車内に青紫の光が広がって消えた。


「これで、外に音が漏れることはありません。エマ、ここからは他言無用だ。君はこれからローザリンデ様のお側に仕える覚悟はできているね?」

「もちろんです。母からもそのように言われております」

 エマは歳に似合わない、大人びた様子でしっかりとうなずいた。それを見て、美晴はさらに困惑する気持ちをこぼした。


「私はお父様に会いたいと思って来ただけなんです……。でも、お父様とはほとんどなにもお話しできていないですし。正直、すごく悩んで、それでも後悔したくないし、みんなにこれ以上迷惑をかけないためにもって、思って来たのに。王様に会わないといけないとか、なんだか気をつけろとか、わけがわからない……」


 まとまらない頭の中身が、そのまま口から出てしまったことに気づいた美晴は、思わず手で口を押さえた。そっとラルフの表情をうかがうと、意外なことに真面目な顔でこちらを見ていた。


「それでいいですよ」

「え?」

「話し方です。私に敬語は使わなくていいです。昨日も申し上げましたが、名前も呼び捨てで。ただでさえ緊張していらっしゃるでしょう? 本当に私には気を使わなくていいのですよ」


 口からこぼれた内容ではなくそちらのことか、と美晴は思ったが、確かに敬語を使うことも、使()()()()()()()()ことにも疲れていた。

「じゃあ、ラルフさん、も敬語はやめてくれません? 偉い方々がいらっしゃらないときだけでも」


「ラルフ」

 にっこり、しかし引くことのない強い目に見つめられて、美晴は観念した。

「……ラルフ、お願い」

「わかった。そのほうが私も楽だしね。では、小煩い人たちがいないところでは、そうさせてもらうよ。エマ、君のご主人様やアルマに言いつけないでくれるかな?」


「王都で流行りのお菓子をお土産に持たせてくださいますか?」

 今度はエマが小さなえくぼを見せて、ラルフに圧をかける。その様子に美晴は思わず吹き出し、ラルフも声を出して笑った。


「母上の最近のお気に入りの店の焼き菓子を用意しておくよ。それでどう?」

「承知しました!」

「エマ、気に入ったよ。これからもよろしく頼む。ローザリンデが心を許せる人間は、ひとりでも多いほうがいいからね」


「はい! 私はお嬢様にずーっとお仕えするつもりで参りましたので、願ったり叶ったりです。あ、でもお嬢様、私に敬語を使うなというのは無理ですから、それはご容赦くださいませ」

「大丈夫よ、それはわかってるつもりだから。うん、私もエマが好きだわ。よろしくね」

「はい!」


 エマのおかげで緊張がほどけた美晴は、堰を切ったように話しはじめた。


「母が持っていた精霊石は、お父様の瞳の色で、小指の先くらいの大きさのものが十八個。それと、お父様のお兄様から渡されたというあのペンダント。それをみつけてから少しして、十九個目が届いたの。だから、お父様は母が亡くなったことをもう知っていて、それでも私に送ってくれたのだとわかったの。母の手紙にはアンティリアへ行く方法と、全部忘れて今まで通りに暮らすための方法が両方とも書いてあって、私が好きなようにしていいと。ただ、母はもう一度お父様に会いたかったって、私を会わせたかったって。私はそれまで、自分の父親が誰なのかも、生きているのか死んでいるのか知らなかったのに」


 いつの間にか頬を伝った涙が手の甲にぽたりと落ちる。その手を、隣に座っているエマがそっと握った。


「母が亡くなるときに『もしも、美晴がお父様に会うことができたら、ありがとうって伝えてね』って言い遺したの。それを伝えないといけないと思ったのと、やっぱり私、お父様に会いたいと思って、だから、もう日本には帰れないってわかってても、ここへ来ることを決めたの。手紙に書いてあった通りに、お父様の精霊石を持って、王家のペンダントを身につけて、書いてあった言葉を唱えた。そうしたら、虹色の霧に包まれて、気づいたらあの洞窟の中にいたの。お父様の精霊石はなくなってしまって、王家の精霊石は色が変わっていた。で、洞窟から出られたところに、ラルフが来てくれたってわけ、です」


 美晴は勢いで一気に話したことに恥ずかしくなり、最後は小声になってうつむいてしまった。だが、ラルフはそんな美晴の様子には構わず、難しい顔をしていた。

「ラルフ?」

「ペンダントの石はローザリンデがみつけたときに、精霊石だった?黒い石ではなくて?」


「え? ええ、でもお父様の精霊石とは色が違っていて、もっと明るい青っぽい石だった。でも、こちら来たら昨日のあの色に変わっていたの。そうだ、あのペンダントはどうしたらいいの? 国王陛下にお返ししないといけない? エマ、持ってきてくれたのよね?」

「はい、お荷物のアクセサリーケースにしまってありますよ」

「私が知っていたことは、お父様がアンティリアの王子様だってことくらい。もしかしたら、聞いたのに忘れていることは、まだあるかもしれないけど。……昨日、母が私を『ローザリンデ』と呼んでいたことを思い出したから」


 ラルフはずっとなにか考え込んでいるが、こたえはみつからないようだった。

「ペンダントは、謁見のときに身につけて行くといい。そのときに、陛下がなにか仰るだろう。しかし、驚いたな……。エマ、(から)の石を持っているかな?」

「あ、はい」


 エマも不思議そうにラルフを見ていたが、問われるとスカートの隠しから小さな巾着袋を取り出した。エマが袋を開いて中を探ると、カチカチと硬いものがぶつかる音がする。

「ちょうど先週、ひとつ使い切ったところでした」

 エマが取り出してラルフに渡したものは、美晴の小指の先ほどの大きさの真っ黒なまるい石だった。黒玉(ジェット)のような漆黒だが、あまり艶はない。


 ありがとう、と受け取ったラルフは左手の手袋を外すと、その黒い石を掌にのせた。

「見てて」


 ラルフは手の上の石を見つめると、なにか美晴には聞き取れない言葉を小さくつぶやいた。その瞬間、青白い光がラルフの掌を包むように現れ、まぶしさに美晴は思わず目を閉じる。

 美晴がゆっくりまぶたを開くと、石は青く透明な青玉(サファイア)のように変わっていた。

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