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虹色の霧の国  作者: 永井 華子
第二章 アンティリア王国

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20.思い出と父の苦悩

 柔らかな寝具に沈み込むと、まどろみながら幼い頃の記憶が浮かび上がってきた。


『白雪姫は王子様といつまでも幸せに暮らしました』

『おうじさまは、おうさまになるの?』

 頭の中に流れる母の声には、張りがある。病気になる前はこんな声だった、と思い出す。


『王様になる王子様と、ならない王子様がいるのよ。……美晴のお父様も王子様、王様にはならないけど王子様』

『え! みはるはおうじさまのこども? おかあさんはおひめさま?』

『お母さんは王子様のお嫁さん。美晴はお姫様。ローザリンデ姫』

『ろーじぇ?』

『美晴がお姫様のときの名前よ。これも内緒なのよ。明日になったら、秘密になるの。さあおやすみなさい。美晴は……』


 文乃が最後になにを言ったのか、思い出せない。きっと眠ってしまって、聞こえていなかったのだろう。柔らかい思い出を抱えて、二十歳の美晴も眠りについた。



 美晴が夢の中へ(いざな)われた頃、その部屋の前を通り過ぎたラルフは、邸の主人の部屋の扉をそっと叩いて開けた。

「ラルフ……」

 クラウスの声には非難の色があったが、ラルフは無視する。


「さすがに姫君がおかわいそうですよ。相当な覚悟でこちらへいらしたのでしょうに、叔父上がそのような怠惰では。かなり困惑されていると思いますよ」

「わかっていた()()()だったということだ。現実になったらこの有様だ」

 わかってくれ、というクラウスの気持ちもラルフは理解はしている。


「ですが、陛下は待ってくださいませんよ。明日には出発します。最初は今すぐ転移してこい、でしたからね。叔父上はどうされますか?」

 クラウスは深いため息を吐いて、首を振った。

「あの人も変わらないな。私が行くと面倒が増えるだろう」


「それは否定しませんがね。まあそう仰ると思っていましたから、姫君には叔父上はご同行されないだろうとはお伝えしてあります」

「ラルフがついていてくれるなら、私が行かないほうが面倒な連中が寄ってこなくていいだろう。すまないが頼む」


「私では盾としては不足ですよ。今回はまだ姫君のことは極秘事項ですから、そこまで構えなくても大丈夫でしょうが。ただ、陛下がなにを言いだすかわかりませんよ」

「それについては、これを持っていきなさい」


 クラウスは封筒を差しだした。大公家の紋章で封蝋が落とされたそれは、宛名の人間にしか開けられない魔法封が施されている。ラルフはそれを見ると、大げさに手を広げて呆れてみせた。


「用意のよろしいことで」

「やらなければならないことは、わかっている。ミハルと私の意向を無視することは許さない、と書いておいた。兄上には意味がわかるはずだ。……ミハルのペンダントを見ただろう?」


「間違いなく『王家の精霊石』でしたね。本当に姫君とお話しされなくてよろしいのですか? 出発を半日延ばしても、私が叱られればすむことですよ」


 ラルフが軽く言った言葉は、しかしクラウスにとっては重たいものであった。

「なにを話しても言い訳にしかならない。どんな言葉をかければよいのか、言葉がみつからない」

「妃殿下は記憶を閉じておられたそうですね? なにも知らずに育ったのに、たったひとりで異世界の扉を開けてこちらへいらした。それで充分ではないですか」


 クラウスはラルフをにらみつけるが、相変わらず軽い調子でラルフは続けた。

「よく似ておられます、間違いなく叔父上の姫君ですよ。二十年の時間を埋めるためには、一朝一夕を惜しんではいられないのではありませんか?」

「偉そうに言ってくれるな。あれだけ容姿が似ているのに、間違いがあるはずがないだろう」


「見た目のことだけではないですよ。そうやって、私に苛立っているようすも、深く考えているようで、肝心なことには気づいておられないところも」

「ラルフ」


「いや、でも必死に顔に出さないように取りつくろっておられたのは、叔父上にはないものですね。母君ゆずりかな」

「アヤノにそんなことができるものか、召喚したときはわめき散らして……」


 この食えない義理の甥を相手に油断したことに気づき、クラウスはまた長く息を吐いた。甥のほうはにやにやと人の悪い笑みを浮かべている。


「ですから、そういったことを話せばよろしいのでは? お互いに知りたいことを、お互いが知っておられるはずですよ」

「そういうことではないのだ」


「叔父上のお悩みは、私のような若造には思いもよりませんが、姫君が幼い頃の私に嫉妬なさっていたことは、わかりましたよ」

 クラウスがゆっくり顔を上げた。そうだ、この甥は昔から無邪気を装って、本当によく()()()()()()


「ご自身では気づいておられないかもしれませんがね。私が妃殿下の話をしたときに、なんとも複雑な表情をされていましたよ。姫君はそれを求めて、ここにいらしたのだと思いますが?」

「お前が言いたいことはわかる。だが、私の問題はそういうことではないのだ」


 今度はラルフがため息を吐く。ラルフの思いを、本当にクラウスは理解しているのか。それを今話したところで、おそらくクラウスには届かない。

「今はそういうことでいいでしょう。ですが、明日の見送りはなさってくださいよ。なにも知らずに異世界にやってきて、頼る者が私だけでは、いくらなんでも心細いでしょう」


「わかった」

「なるべく早く戻ってこられるよう、努めますよ」

「……ミハルの望むようにしてやってくれ。もし、王宮が気に入るようなら、そのまま暮らせるように手配を」


「叔父上!」

 ラルフの鋭い声が夜の空気を震わせる。

「ミハルが望むなら、だ」

「賭けてもいい、お望みになりませんよ。なにが引っ掛かっているのか知りませんが、この間に、叔父上は彼女と向き合う覚悟をしてください。連絡は随時入れますから」


 ちゃんと見送りに出てきてくださいよ、とラルフは念を押して部屋を出て行こうとした。その背中にクラウスは声をかけた。


「ラルフ、ありがとう。ミハルをよろしく頼む」

「……おやすみなさいませ、叔父上」

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