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虹色の霧の国  作者: 永井 華子
第二章 アンティリア王国

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19.貴族令嬢

「さあ、どうぞ。お好みのものがございますでしょうか?」


 お嬢様のお部屋です、と通されたのは邸の三階の東側の部屋だった。邸は東西と南北にのびる建物が直角に接する形になっており、美晴の部屋はその中央部分に位置する。

 西側には主であるクラウスの部屋があり、間には大公妃の部屋がある。


 文乃の部屋からアルマが運んできたドレスは、シンプルなデザインのものが多かった。

 ただし、色とりどりのというわけではなく、どちらかというと寒色の渋い色合いのものが多い。


 ――私がもってた服より確実に多いわ。そして絶対に一級品ばかり――


「これは独身女性用のドレスなんですよね? 既婚者用のものもあるということですか?」

「この三倍はございますよ。こちらも高位貴族のご令嬢としては少ないくらいです。妃殿下は寒色がお好きでしたので、お色はちょっと偏ってますけど、いかがですか?」


 確かに母が好みそうなドレスの数々を前に、美晴はこの日何度目かの茫然として固まる状態になった。物語の中の王侯貴族の世界が、目の前に存在している。


「こういうものを身につけるのが、あたり前なんですよね? 母は確かに名家というか、旧貴族のような家の生まれらしいのですが、私は本当に庶民の生まれ育ちなので、ちょっとどうしたらよいか」

 美晴が途方に暮れたようにこぼすと、アルマはおおらかな笑みを浮かべた。

「私は王宮の女官でしたので、妃殿下がいらしてすぐの頃から存じあげておりますが、今のお嬢様と同じようなことを仰っていましたよ」


「母がですか?」

「ええ、自分の国には貴族などいないから、当然自分は庶民で、こんな立派なものは着られないと、少々お怒りになって、クラウス様に」

 アルマはその時のようすを懐かしく思い出している。美晴も、母の態度は思い浮かぶ。だがその時の父を想像することはできなかった。


「ですが、お嬢様は大公様のご息女ですので、妃殿下がいらっしゃったときとは違って、アンティリア王国の王族です。貴族どころではなく、最高位のご身分ですよ」

 その言葉に美晴の顔がひきつる。アルマは笑顔のまま、しかし容赦なく続ける。


「ですので、慣れないこととは存じますが、使用人は呼び捨てに、敬語も不要です。むしろ敬語を使ってはいけません。アンティリアでは貴族が貴族である理由が、はっきりとあります。お嬢様に、敬語で接していただくわけにはいかないのです。使用人の側が困るのです」


 アルマの笑顔に、有無をいわせぬ迫力が加わる。美晴はさらにひきつった顔で、なんとか口を動かした。

「はい、いえ、わかり、いや、わかったわ。アルマ」


 にっこりうなずいたアルマは口元を緩め、妃殿下にも同じことを申し上げました、と言った。


「さあ、ここにあるドレスは、ほとんど流行に左右されないデザインですから、お好きなものを選んでくださいませ。どこでどれをお召しになるかは、エマにお任せください。まずは今日の晩餐ですが、同席されるのはラルフ様だけですから、本当にお気に召したものでよろしいですよ」


 美晴はなるべく暖色系や明るいグリーンのドレスを何着か選び、晩餐用には唯一あった黄色のドレスを手に取った。


 淡い黄色のロングドレスに着替えた美晴を見て、エマが感嘆の声を上げる。

「まあ、ぴったりですね。サイズもデザインも。よくお似合いです」

「ありがとう。でも落ち着かないわ……」

 アルマもよくお似合いですねと言ったが、美晴が暖色を選んだことに、安堵しているようだった。


「そういえば、このペンダントはどうしたらいいかしら?」

 美晴が持ち上げたペンダントトップを見たアルマは、なにやら難しい顔をした。

「それは『王家の精霊石』ですね? どのようにしてお嬢様のお手元に?」


「母の遺品の中にあって、お父様のお兄様にいただいたと手紙があったの。お返ししたほうがいいのかしら」

「陛下が……。それは私どもにはわかりかねますので、ラルフ様にご相談なさいませ。ただ、人目に触れないほうがよいかと思いますので、明日の移動中はアクセサリーケースにしまっておきましょうか。エマ、覚えておいてね」


 ケースをもってきたエマに、美晴はペンダントを外して渡した。

「お嬢様の魔力、本当に綺麗ですね」

「私の魔力?」

「エマ。その辺りのお話も、ラルフ様からお聞きになるほうがよろしいでしょう。私どもでは正しくお伝えすることができませんから」


 母親にたしなめられて、エマは気まずそうなようすをみせた。なぜエマが叱られたのか、美晴にはわからない。アルマはそれに気づいているが、説明する気はないようだった。


「さあ、当家の料理人がお嬢様のために、腕を振るっております。どうぞ、食堂へ」


 晩餐の席で、ラルフは義務的にお似合いですねと言ったが、妙に機嫌がよさそうなようすに美晴はまた苛立ちを覚えた。そのため、態度を取りつくろうのに少なからず苦労した。

 隠しきれなかった部分に、ラルフはもちろん気づいていたがあえて触れず、また混み入った話は明日以降にと言って、食事の間は料理の説明をしただけだった。


 出された料理は見慣れない食材はあったが、ほとんどは違和感なく食べることができ、美味しかった。

 おかげで、食後のお茶を淹れるアルマにお口に合いましたか? と、聞かれる頃には美晴の機嫌は戻っていた。


「では、お疲れでしょうから今日はゆっくりお休みください。明日は移動になりますしね」

 お茶を飲み終わるとラルフはすぐに部屋を出ていった。


 美晴は、入浴の世話をすると言い張るエマに、今日だけはと主張してひとりで体を流すと、見事な天蓋つきの寝台で横になった。

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