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虹色の霧の国  作者: 永井 華子
第二章 アンティリア王国
15/50

15.霧の中から現れる

 湿った重たい空気がまとわりつく。不快感に眉をゆがめて目を覚ました。

 ぼんやりとした薄明かりは、周りに漂っている虹色の霧の光だ。眠っていたようで、どのくらい時間が経ったのかわからない。


 美晴が手にもっていた精霊石は、跡形もなく消えていた。慌てて胸元を確認すると、ペンダントはそのままだった。ただし、精霊石は前よりも明るい光を放っている。


 小瓶の精霊石は、夜空に輝くオーロラの様な光をもっていたが、ペンダントはそれよりも明るい水色が目立つ虹色に光っていた。


 だが今は、それよりもさらに明るい。真珠の中に七色の光が閉じ込められて揺らいでいるかのようだ。美晴はそれが周りに漂う霧と、同じ色であることに気がついた。


 ペンダントの輝きに照らされて、霧がゆらめく。霧の上に背後からさしてくるか細い光が映った。振り向くと、どうやら洞窟にいるらしい。美晴は光の先が出口であることを祈りながら、ゆっくりと歩きだした。


 少しずつ霧が薄くなり、周りが明るくなってきた。出口には黒く艶のある石が門のようにはめ込まれている。どうやら外に出られたらしい。

「森? の中?」


 霧は変わらず美しい虹色で、靄のように足元に漂っているが、洞窟の中のように充満してはいない。周りには木々が広がり、その奥には大きな湖がある。霧は湖から湧き上がっているようにも見えるが、水の色は透明のようだ。美晴は湖へ近づいて手を水につけてみたが、やはり普通の水のように感じる。


 美晴は当然、父のもとに導かれると思っていた。しかし、今どこにいるのか、父の国に着いたのかすらわからない。これからどうすればよいか途方にくれて、愚痴をあえて声に出す。

「結局お母さんは、肝心なことはまったく教えてくれていないのね。どこよここ」


 大きくため息を吐いたとき、馬の蹄の音が聞こえた。音が近づいてくるほうを見つめていると、男性が乗った馬が数頭現れて、美晴の前で止まった。


 馬上の男たちは近世の西洋貴族のような装いだ。先頭のひとりの上着は、濃紺に銀糸で襟や袖の縁に刺繍飾りがなされており、後の五人は同じデザインだが縁取りのない黒一色だった。先頭の男性が上官であるようだ。


 くすんだ銀髪に少し紫ががった青い瞳のその男性は、美晴の顔を見ると急いで馬を降り、部下にも促した。そして、いきなり膝をついた。


「私はアンティリア王国、近衛騎士団第二小隊隊長ラルフ・ジークハルト・クヴァンツと申します。お迎えに参りました」


「私で間違いありませんか?」

 迷いのない視線に疑いの余地はなかったが、それでも確認せずにはいられない。


「はい、間違いなく貴女をお迎えに参りました。ですが、失礼ながら御名を、お聞かせいただければ幸いです」

「美晴、いえ、ローザリンデ・美晴・ニーベルシュタインです」


 ラルフと名乗った男性は落ち着いていたが、息を呑むと静かにうなずき、続けて言った。

「重ねての無礼をお許しください。母君の御名をお聞きしても?」

「文乃。じ、九条文乃です。九条は家名、文乃が名です」


「ローザリンデ様、貴女を待っておられる方のもとにご案内いたします。我々について来ていただけますか?」

 美晴がうなずくと、ラルフは部下に指示を出した。

「オリヴァーとローレンツは王宮に、エッカルトは大公殿下に急ぎ連絡を。姫君を大公邸にご案内する。残りは護衛だ」


 部下たちが敬礼し、慌ただしく動きだすと、ラルフは美晴を自分の馬に乗せようと手を伸ばした。

 しかし、美晴は彼の微塵も疑わないようすに不安を感じ、その手を取る前にたずねた。

「あの、私のことをご存知なんですね?」


 美晴の疑問を理解したラルフは、失礼する、と腰の剣に手を伸ばし、ゆっくり引き抜いた。剣の磨かれた刃を美晴の顔に向けて見せると、そこにはペンダントの『王家の精霊石』と同じ色の瞳が映っている。


「貴女のことは、御名しか存じ上げません。ですが、その瞳を持つ方がその名を名のられるなら、間違いなくご本人であると確信できます」

「私の瞳はこんな色ではなかったはずです」


「貴女のいらした国では、精霊の加護の力が働かないと聞いています。ここでは、精霊の力によって生来の瞳の色が、それぞれの加護の色に上書きされます。私は『氷』と『火』の加護を得ているので、このような色ですが、ほとんどの人間はひとつの加護により一色が定まります」


 ラルフの瞳は青が強いが紫である。『氷』の青と『火』の赤が混ざりあっている。

「貴女のように多くの加護が存在する瞳は、我が国の王族の方々にしか現れません。そして、貴女は王家の家名、ニーベルシュタインと名のられました。貴女の母君が故郷へ戻られる前、貴女の父君は第二王子殿下であられた。ですから、確かにその家名でいらっしゃいました。現在はリューレ大公と称されます。貴女は間違いなく、リューレ大公のご息女です。大公殿下によく似ておられる」


 ラルフは剣を鞘に戻し、再び美晴に手を差しだした。整った顔に浮かぶ笑みには親しみが感じられた。美晴が手を取ると、そのまま抱え上げられて横乗りに馬に乗せられる。


 ラルフは後ろに乗ると、美晴を抱えるように手綱を握り、ゆっくり進み出した。

「あの、私は馬に乗ったことがなくて」

「ゆっくり参ります。それほど時間はかかりませんから、安心してつかまっていてください」


 少し間を空けて、護衛の騎士が左右に並走する。足下の霧はだんだんと薄くなり、森の土の上から石畳の街道に出るころには、すっかりなくなっていた。


「ここは王都の外れです。先ほど貴女がいらした湖の向こう岸から先がリューレ大公領ですが、殿下の領地の居城は、ここから馬車で二日ほどかかります。この道のもう少し先に別邸があります。そちらは殿下が王都でお暮らしの頃からの(やしき)で、母君も一緒にお住まいでした」


 街道を進み、民家や商店のような建物が増えてくると、通りの奥に立派な装飾が施された門扉が現れた。

「騎馬でご不便をおかけいたしました」


 ラルフは美晴を馬から降ろすと、ふたりの部下に王宮へ戻るよう指示した。

「隊長は戻られないのですか?」

「ああ、陛下には後ほどご報告いたします、と申し上げてくれ。私とエッカルトは明日以降に戻る」


 部下たちが去ると同時に、門扉の奥の立派な豪邸の扉が開き、初老の男性が出てきた。遠目にも美晴を見て驚いていることがわかった。


「ラルフ様」

「ああ、ハンス。姫君をお連れした。叔父上は?」

「お待ちでいらっしゃいます。ローザリンデ様、どうぞこちらへ。お父上がお待ちです」


 ハンスと呼ばれた執事らしい男に導かれ、美晴は玄関に入った。後ろにラルフがついている。知りたいことも聞きたいことも山ほどあるが、今は目的を果たさなければならない。

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