10.父の想い
掌の上で光る石――精霊石――を見つめながら、美晴は文乃の手紙の一文を思い出した。
――あちらとこちらのやり取りは、送り手と受け手が互いを認識していないとできません――
目の前の出来事に驚愕して言葉を失った健彦が、なんとか口を開こうとしたとき、玄関の鍵を開ける音が聞こえた。
「ただいまー」
そのままリビングへ入ってきた由香里が、固まっている三人と、美晴の手の上で光る精霊石に目をとめた。
「どうしたの? それ、この前の石だよね?」
由香里の声で我に返った冴子が、美晴の表情をうかがう。
「美晴ちゃん、文乃先生の日記帳は?」
「由香里の部屋の私のバッグに入ってる」
「持ってきていい? バッグを開けても大丈夫ね?」
美晴がうなずいたのを見て、冴子は早足でリビングを出て行く。
由香里はなにかが起きたことを察して、押し黙った。
美晴は顔を上げ、精霊石をそっとテーブルの上に置いた。
「たった今、ここに届いたの」
日記帳を手に戻ってきた冴子が、美晴が置いた石の隣にそれを並べた。
鍵の壊れた箱を開けると、中の石は前に見たときよりも強い光を発して、瓶の中でも光っていることがわかった。ベロアのケースからも同じように強い光があふれ出している。
「新しい石に反応しているのかしら、こんなにあふれ出るほど光ってなかったわよね?」
冴子の言葉にうなずきながら、美晴は小瓶だけを箱の外に取り出し、箱に残ったアクセサリーケースの蓋を開けた。
一瞬で部屋が精霊石の色に支配され、美晴は時が止まったかのように錯覚する。
輝きを保ちながらも、光がゆっくりと穏やかになると、大きな精霊石のペンダントが姿を現した。
かなり大きな雫形の石の中で、虹色の渦がゆるやかに動いている。
小さな精霊石の色よりも明るく、水色が濃く見えるが、光は小石と同じくらいに強い。
美晴はまぶしさに瞬きしながらつぶやいた。
「色が違う……?」
「目の前で起こっても信じられないな。でも、これが存在しているんだから、信じるしかないな」
健彦の言葉に冴子は息を吐き、本当にね、と言った。
「今届いたって、新しいものってこと? もう届かないって話じゃなかった?」
由香里は美晴の気持ちがどうあれ、全力で引き留めると決意して帰ってきた。しかし、それが今ではないことくらいはわかる。
「美晴ちゃんに、お父様から届いたのね。一昨年文乃先生が亡くなって、次の年には届かなかった。去年ももしかしたら、美晴ちゃんに送っていたのかもしれない、でも美晴ちゃんはお父様のことをなにも知らなかった。今は知っている、そういうことなんじゃない?」
冴子の声を聞きながら、美晴はテーブルの上の石をもう一度手に取った。
「お母さんが、これを受け取れなくなったとわかった上で、私宛てに送ってくれたってことよね、お父様が」
掌の上の小さな石は、その大きさに見合わない強い光を発して輝く。その光を受けた美晴の顔を、由香里は不安そうに見つめる。
文乃が受け取れなくなった、それを父は知っている。もしかしたら、その理由にも気がついているかもしれない。だから、去年も美晴に送っていた可能性はある。だが、それは美晴に届かなかった。
今年、今まさに美晴が受け取ったことは、父にはきっと伝わるのだろう。
彼はどんな想いで、これを送ってきたのか。彼のもとを去った女性に。彼のことを知らなかったであろう娘に。
届かなかった一昨年、去年。それでも今年、また送られたこの精霊石に、一体どれほどの想いが込められているのだろう。
そして、今、娘が受け取ったことを知った彼はなにを想うのだろうか。
冴子と健彦は美晴の父親の苦悩に思いを馳せ、由香里は自分の気持ちを持て余して、それぞれ沈黙している。
部屋の中には二種類の精霊石の輝きが広がって、ゆっくりと渦を巻く。穏やかな、しかしどこか不安をかきたてる光を浴びて、美晴は父親が自分に送ってきた精霊石と、それよりも明るい色で輝くペンダントの精霊石をただ黙って見つめていた。