第9話 至福の時
「うぉ…コイツはやべぇ」
サナがテーブルに皿を並べていく。田辺はそれを見て少し引いていた。
まず最初に置かれたのは田辺のカツカツサンド。ボリューミーなカツサンドが出てくるのだろうとは思ったが、その予想を遥かに超えてきた。パンでカツを挟んでいるのではない。カツでカツを挟んでいる。
「流石にこれは俺でも引いちまうぜ」
揚げたての二枚のカツの間には、キャベツとトマトとチーズ。そこに何故かもう一枚のカツがいる。常軌を逸しているだろ…
そして続いて出てきたのは鈴木さんの頼んだステーキタワー。これは先程テラス席で他の客が食べていたものと同じで、三枚の牛肉が積み上げられている。しかし、目の前で見ると先程よりも一枚一枚が巨大に見える。ただ、あまり筋張っでおらず見た目は非常に美味しそうだ。サナが言うには国産の雌牛を使っていてめちゃくちゃ柔らかいらしい。
田辺と鈴木さんの出された料理を見て段々不安になってくる。これは僕のブルーノバーガーも、とんでもないものが出てくるのではないだろうか。しかし、それは木田のお陰で安心する。
「す、すごく美味しそうですね!」
木田の前に出せれたのは、よく煮込まれた豚肉の上にパプリカっぽいものと香草が乗った料理。これはサイズ感は至って普通で、女性でも気軽に頼めそうだ。いや、さっきの鈴木さんは別としてね。
そして最後に出てきたのは僕の頼んだ料理。
「ッ…」
僕は絶句した。
まるでこの街に来た時にあった二股の塔と見間違うほどに高く積まれたハンバーガー。バンズとバンズの間には三枚づつ肉厚のハンバーグが挟まれ、そのバンズは計4枚ある。つまり肉だけでも9枚。そこにレタスやトマトなども勿論ある。あまりの肉の量で、溢れ出る油を皿を満たしている。
僕は思わず厨房を見る。そこには半身だけ体を出したブルーノが親指を立てていた。張り倒したい…でも、ブルーノは熊のような見た目の屈強な男だ。間違いなく負けるからやめておこう。
「それじゃあ食いますか」
「いただきます」
全員揃って手を合わせ食事にありつく。その瞬間、全員があまりの美味しさに腰を抜かした。
「な、なんだよこれ!美味すぎたろ!衣はサクサクなのに中はしっとり。野菜の新鮮さもたまらん!トマトに至ってはみずみずし過ぎて殆ど水分だぜ!」
「このステーキも凄いわ。元々あまり高いステーキはそれ程食べてないけれど、それでもこのステーキが絶対一番美味しいと言える程だわ」
「こ、この豚の煮込みもすごく美味しい!食べた事ない、少し変わった味だけど、味はしっかり奥まで染み込んでてスパイスがめちゃくちゃきいてる…それに香草も香りを引き立てる一つにちゃんとなってる。全てのピースがガッチリハマってるよ!!」
各々が味の感想を声高に話す。それもそうだ。僕なんてあまりの美味しさに言葉を失っている。ブルーノ。あのおっさんは只者じゃない。僕はもう一度厨房を見る。またブルーノはこちらを見て親指を立てている。うん、まぁこれは許そう…
各々は話すのをやめて自分の皿だけに向き合う。カチカチと食器とナイフやフォークが当たる音と、咀嚼音しかもう聞こえてこない。それ程に皆がブルーノの料理に夢中だった。
気づけばあんなにあったハンバーガーも残り一口になっている。確かに空腹ではあったが、これ程の量を食べ切るのは人生で初めてかもしれない。僕は空腹状態でブルーノの料理を食べれた事に感謝し、最後の一口を頬張る。
「ご馳走様でした」
まるで皆が狙っていたかのように同時に手を合わせる。
田辺達の意見を聞いて正解だった。僕は食事に満足して天井を仰ぐ。
「最高だった。最高に頭悪い料理だったぜ。結局料理なんて頭悪ければ悪い程いいな」
「で、でも僕の料理は凄く丁寧で高級フレンチと見間違うほどでした!こんなに幅広く美味しい料理を作れるなんて凄いです!」
料理は世界を救うのかもしれない。今だって殺し合いなんて事はすっかり頭から離れて、料理の余韻に皆が浸っている。しかし、このままという訳にはいかない。
「至福の時も過ごせた事だし、少し真面目な話をしよう」
僕がそう言うと皆が真面目な顔で応じる。
「とりあえずここからは少し小声で話そう。今からは始まりの場所で決めれなかった事を、何個かここで決めておこうと思う」
「て、いうのは?」
「まずはこの中からもし裏切り者が出た場合。できるかどうかは別として、これには残りの全員で対処して、殺そう」
皆の顔が曇る。それもそうだ。皆はきっと必死で忘れようとしていたかもしれないが、僕達は殺し合わなければいけないのだ。それはこの四人も例外ではない。
「…分かった。その場合はお互い全員情けは無しだな。情だけではこの戦いはやってけねーだろうし」
「田辺の言う通り、許してもいつかは殺し合わなきゃ行けない時がきっとくる。それならば抑止力にもなるし、お互いがお互いを監視し合おう」
「わ、かわった」
「分かったわ」
「問題は鈴木さんが裏切り者になった時だけど…これはどうしようも無いから鈴木さんの能力に頼りきりになるのでは無く、全員が個人で個人を管理するようにしよう」
「そうだな。鈴木の能力は対象者が自己申告な以上いくらでも嘘がつける。疑心暗鬼でいるくらいがちょうどいい」
「そしてもしこの四人が最後になり、それでもこの戦いが終わらなかったら。その時は遠慮なく自分の命を優先しよう」
「もちろんだわ。恨みっこなしね」
「当たり前だ」
「が、がんばるよ…」
「だからこそ、それまでは固い結束でいよう。せめて生き残るのがこのメンバーの誰かである様に」
「おう」
全員が今回は恥ずかしげも無く拳を突き出した。このメンバーはその時が訪れるまで一蓮托生だ。
「全員で生き残る気持ちで行こう」
個々でバラバラだった気持ちのあり所は、歪な絆となって繋がり始めていた。一歩間違えれば簡単に切れてしまう糸だが、それは確かにひとつの円になっていると感じる。
僕達はブルーノに銀貨を隠れて渡し、感謝の意を捧げて店を後にした。