第1話 バトルロイヤル
いつもと変わらない学校。いつもと変わらない教室。いつもと変わらないクソみたいな日常。その何気ない毎日を後悔して日々生きていた。これまでも、きっとこれからもそれは変わらないのだろう。そう思っていた僕、三玉拓真の生活は一瞬にして崩れ去った。
それは本当に一瞬の出来事だった。時間にして0コンマ何秒の世界。一つ瞬きをしただけで、本当の意味で世界が変わった。見慣れない景色に、見慣れた制服を着た僕を含めた総勢38人の面々。そこに混ざる異質な見慣れない格好の男達。いや、周りを見るに寧ろ僕達の方が異質に感じる。
目の前にいるのはまるでファンタジーの世界の住人。割腹のいい絢爛豪華な格好をした男に、中世ヨーロッパの騎士を意識したかのような鎧を着た男達。男達は聞き取れない言語をこちらに垂れ流し、ただただ皆で手を叩き拍手をする。
男達の言葉で、隣に立っていたクラスメイトの佐々木は突然身震いをしながら呟いた。
「異世界転移だ…」
異世界転移、勿論知っている。その手の小説や漫画、果てはアニメも網羅している。勿論自分もその可能性を考えた。しかし、人間とは悲しくも自分の都合のいい様に考えるもので、そんな事は絶対に起こりえないと勝手に思い込んでいた。
「なんで俺達が…!!!」
佐々木の怒声にクラスメイトの皆が振り向く。皆は困り果てた顔でザワザワと周りと状況を確認し合っていた。友達の居ない僕にはそれをする事も出来ずに、ただ呆然と佐々木を見守ることしか出来ない。
「おい、お前らからもなんか言ってやってくれよ!!」
皆は目を丸くする。彼は一体何を言っているのだろうか。それが僕を含めたクラスメイト達の感想だろう。しかし、この状況を理解して考えるとするのならば、佐々木だけが目の前の男達の言葉を理解して、彼らと対話を行っているのだろう。
「おい、急にどうしたんだよ」
「どうしたもこうしたもねぇよ!なんで分かんねぇんだよ!!」
佐々木の元へ駆け寄ったクラス委員長の田辺は、半狂乱となった佐々木に肩を押され転倒する。フーフーと鼻息を荒くし、佐々木はただただその場に立ち尽くすだけだった。
田辺はイタタと腰に手を当てながら立ち上がる。佐々木はそれを見て正気に戻ったのか、心配そうに田辺を見た後に唇をギュッと噛み締めて、彼の方から見て正面、僕の後ろの扉に駆け出した。
周りの騎士達は驚いた様に剣を構えて扉の前へと向かう。
佐々木は扉に最短ルートで向かう為に、「どけよ陰キャ」の一言と共に僕を突き飛ばし、騎士達よりも早く扉の前に着いた。その瞬間だった。大きな音と共に目の前の佐々木は消えた。いや、正確には消えた様に見えただけだろうか。何故なら、僕の目の前には地面がへこんで割れた跡と、そこに何かが潰れた後の様な、散らばった小さな肉片の様な物と、血の様な赤い何かがついている。そして、僕の頬をツーと伝う生暖かいそれは、確かに人の生きていた証明をこれでもかとしていた。
「ヒ、ヒィ」
僕は嗚咽する。突然の出来事に頭が追いつかず、身体が危険信号を送っていた。
「勿体ないがまあ仕方が無いか」
僕は耐えきれず床にゲロをぶちまける。朦朧とした意識の中で聞こえた声の方へ顔を向ける。何故急に。そんな事が頭を巡るが確かに目の前の男達の言葉が理解出来たのだ。
周りも徐々に起きた出来事を理解し始めたのか、静かだった室内は阿鼻叫喚に陥る。
割腹のいい男は一度だけ手を叩くと、言葉を発する。
「これ以上騒ぎ立てれば全員同じ目に遭わすぞ」
皆もその言葉の意味を理解できたのか、戦々恐々として瞬時に静けさが場を支配した。
「よろしい。こちらの手違いでね、どうやら君達には我々の言葉が理解出来ていなかったようだ。まぁ、聞こえても理解出来ていなかった者がいたようだがね」
静かに男を見つめる者。泣き声と嗚咽を抑えながら下を向くもの。憎しみで睨むもの。三者三葉のクラスメイト達が固唾を飲んで彼の言葉に耳を向ける。
「面倒な事は嫌いなので分かりやすく説明しよう。君達は君達の世界から我々の世界へと召喚された。そして、その際君達は特別な能力を持ってこちらにきている。その能力を含めて、君達には殺しあってもらう」
「ふ、ふざけんなよ!」
金髪でハートの特徴的なピアスをしたヤンキーの島田が男に叫ぶ。しかし、男が手を前に差し出し静止すると黙った。
「先程言ったはずだろう、面倒事は嫌いと。それとも君はまだ理解出来ていないのかな」
男の凄味に島田は言葉を失う。蛇に睨まれた蛙。この世界では彼も弱者になる。
「続けようか。期間は定めない。何人生存可能かも言わない。殺し合う理由も教えない。君達はただルールに則り、言われたまま我々の終了の言葉が出るまで殺し合いなさい。勿論、君達が談合して誰も殺さない等という愚行を犯せぬように一つのルールを設ける」
男は指を三本立て前に出し、「三日」と告げる。
「三日だ。三日に一人はこの中から死んでなければならない。さもなければ、この場にいるお前達全員が死ぬ事になる。君達は今私と契約状態にある。誰がどこで何をしているのか、全てがわかる。そして、生殺与奪の権利も全て私が持っている。君達の手の甲にある契約紋がその印だ。逃げるのも許そう。この世界の果てに逃げたっていい。しかしこのルールがあるという事だけ頭に入れたまえ。分かったかね?」
皆が自分の手の甲に視線を向ける。それを見て全員気づいた筈だ。これは夢でもドッキリでもないと。佐々木が死に、既に賽は投げられている。逃げられる訳がなく、やるしかないのだと。
僕はどこか期待していた。夢にまで見た異世界だと。チート能力で無双できるのでは無いのかと。現実はなんて事ない。いや、ある意味では下らない期待以上。待っていたのは殺し合いだった。
「君達にも心の整理や自分の能力の把握等が必要だろう。今日一日だけ停戦だ。明日、何時かに鐘を三回鳴らす。それが始まりの合図だ。ここに何人か人を残す。詳しい事はこの後聞きたまえ。それでは」
男はそう言って部屋を後にした。