理想は理想。でも理想は現実だと思い込める
最終話になります。
テストが終わればもうその学期にやるべき事は何もない。残してもいない。赤点を取らず、補習を受けることもなく乗り越えた俺は相変わらずクラスに馴染むことはなかった。
打ち上げから俺の生活も一転するものと思われていたが、全くそんなことは無かった。初めて話した出雲を中心に誰とも距離は縮まらない。やはり俺は踏み台だったのだろうか。
まぁ、今そんなことを考えたってこれから先の俺には関係ないことだ。忘れて歩き続けよう。
勉強を教えてもらうために行ったのがおよそ1ヵ月半前、その日から1度も邪魔しに行くことはなく、ただ普通の日常を送っていた。
そして今日は12月後半、終業式を終えて冬休みという長期休暇に入ってすぐにあるクリスマスという日だ。
生まれて16年ほどだが、この日を特別と思うことはなかった。しかし意外とそういった人は多いらしく、カップルでも特別なことをしないということも聞いたりする。
俺は正常だ。
完全に冬用の洋服を出して着ている。タンスの奥底にいるマフラーなんて使う機会が来るとは思ってもなかったな。
風が強い。天気は雪。天気予報では今から1時間後だったのに、なかなか当たらないものだ。顔に吹き付ける風に乗ってパラパラと降りつける。冷たいのは苦手だ。顔をマフラーで隠して視野を確保しながら進む。
足が重いのは緊張か?いや、滑らないように気をつけているからだろう…………いや、やはり緊張だな。
これから先の未来を見れるなら少しでも緊張は消えるんだが。贅沢を言えば全てが終わったその先まで時を飛ばしたい。
土踏まずですら地面を感じるほど足は重い。この気持ちに気付いたときはそんなことは無かったのに、覚悟を決めるだけでこんなにも変化するなんて。
さまざなことを考え、それらが頭を横切る。家を出てからいつも通りができなくなってしまった。しかし約束を守るのは絶対。家も出てしまったんだ、引き返すことも今更しない。
顔をパチンと両手で叩き、再び俺は覚悟を決めた。
やろう。
――「美味しかった?」
「ああ、いつもより増々に美味しく感じた」
「それなら良かった」
時は19時を過ぎた頃、俺たちは弓波の手料理を食べ終えてソファに座っていた。クリスマスということで、どこの番組に切り替えてもツリーが映る。世の中も浮かれた男女を更に後押しするようなことをするものだな。
彼氏、彼女なしから見るとつまらないだろうに。
動画配信サービスでアニメやドラマ、映画なんて見る方がより充実した休日を過ごせる。一桁気温の外に出向いてイルミネーションを見ても残るのはキレイだったという思い出だけ。暖房の中で怠け者になることに比べたら圧倒的にデメリットが大きすぎる。
もちろん個人の考えだが、実際写真を撮ってもSNSに載せるとそれ以降は見なかったりするんじゃないだろうか。俺はそっちの人間だからそう思う。
「何でも好きなの見ていいよ」
片付け終えた弓波は手を拭いている。こうしてみると同棲してると勘違いする。都合の良い頭だ。
「好みが無いから何にするか迷ってる。弓波が決めてくれると俺もそれを見るけど」
アニメと映画は好き、ドラマは普通な俺だ。アニメを見る気分と雰囲気ではない。なら1択だった。好みの映画を探すが思うように見つけられない。探すことが苦手なのかもな。
「それなら映画のジャンルを全てにして、上からランダムに下げて適当に選んだの見る?」
「ありだな。そうする」
こういう時、頭が良いのは助かる。臨機応変に対応できるタイプは俺からしたらとてもありがたい。
そうして選んだ映画は――ホラー映画だった。
フッと思わず鼻を鳴らす。何が何でも俺らはホラー映画しか見れないよう取り憑かれているんだな。
「再生していいよ」
俺のすぐ横に座る。でも距離は拳2つ分あけてある。
言われるがまま俺は再生した。
部屋は暗くする。何も言わなくても何をしてほしいか、何をするべきかお互いに理解できている。きっと今はより強くなって。
序盤からぶっ飛んだポルターガイストが始まる。しかしそれを、もっと迫力ないのかな、なんて目で見つめる弓波。つまらないのかな。俺は満足してるんだが。
中盤、ここで俺はやっと気付いた。この先の物語の展開が予想できると。それにキャストにも見覚えがある。これまた驚きの展開だ。
「弓波、これって――」
伝えようとした。でもできなくなった。
弓波が俺の方に頭を載せてきた。眠いわけでも、その姿勢がきついわけでもなく、ただ頭を載せたくて。
「頭……重いぞ」
「知ってる。落ち着くからこうしてるだけ」
この場に似合わぬ空気が漂い始める。
「……ホラー映画で落ち着こうとする人いるのかよ」
「少なからずここに1人いるよ」
「そうだな」
俺も知っている。今の俺の落ち着かせ方も、逆に落ち着かなくできる方法も。そしてお互いの気持ちも。
だから俺は選んだ。
そっと左手を弓波の右腕の上に載せる。お互いそれに全く動じない。
「こうすれば落ち着くの?」
「俺は落ち着く」
そして同時に落ち着かない。
「思ってたよりゴツゴツしてる。昔は私の手の方が大きかったのに、今じゃ逆転だね」
「手の感触までよく覚えてるな」
「……私の初恋……だからね」
「……恋したことないって言って無かったか?」
「あれは嘘。本人がいる前で言えるわけないじゃん」
「それは分かる。俺も嘘付いたからな」
弓波の初恋が俺。なんとも嬉しいことだ。そして俺の初恋、それはもちろん弓波。
「私たち共犯みたいだね」
「悪いことじゃないから捕まらないけどな」
「確かに」
目の前ではポルターガイスト真っ最中。絶対に今の話と合わないのに、それでも気にしないで俺たちのペースで、空間で話ができるのは相性が良いということだろう。
そう信じてる。
「このまま握り続けてもいいか?」
心地よかった。ただ手と手が触れ合うだけなのに、幸福感をしっかりと味わえていた。不思議だ。
「私もこのままがいい」
何もかもが間違えではないように思えた。俺のすることは弓波のしたいこと、そう思えるほどに否定されない自信があったのだ。
「俺の好きな人のタイプ、覚えてるか?」
「顔も性格もタイプで、これから先ずっと一緒に居たいと思えるような人」
「正解。それでさ、その中に弓波は居なかったんだよ。関わる前は顔も性格も何もかも完璧だったけど、ここに初めて来たとき、それはもう性格に絶望して絶対にないなって思った」
「ははっ、それはそうだね」
「だから好きになることがないから関わっても何も起こらないって思った。でも――そんなこと無かったらしい。関わり過ぎて、深く潜り過ぎて来るとこまで来たわ」
「うん。知ってる」
胸が、体が震える。鼓動が伝わってるというよりかは、1秒先の未来すら定まらないことに怯えているようだ。こんなにも怖いなんて。
でも俺は引かない。引いたらつまらないだろ。
「結局、弓波の好きになれない理由を今では1番好きになってさ、こんなことあるんだなって」
弓波は静かに俺の話を聞く。
「俺、弓波に好きな人のタイプを変えられたらしいわ」
性格も顔もタイプ。これはもう過去のことのようだ。過去にタイムスリップできるなら当時の俺に伝えてやりたい。性格は好きになれるって。
「弓波が好きだ」
性格は好きではなかった。完璧ではなかった。でも、好きになった。
理想郷にしか居なかった。性格も顔も何もかもが完璧な女性なんて。でも出会えた。
なんで好きになれたかって、それは俺の完璧の基準が弓波に切り替わったからだ。
確かに完璧を求める人はいる。でも実際はそんなのは建前で、顔がタイプの人が目の前にいて、関わり続ければ自然と性格も好きになる。
なーんて、恋をしたことない俺には分かるわけなかったことだがな。
「私が好きじゃないって言ったらどうする?」
「その時は、隣に立てるような男になって再挑戦する」
「それも面白そう。まぁ言わないけどね」
何をしようとここで全てが終わる。俺がこの先隣に立てるような男になるのはどんな結果であれ変わらない。
「私も好きだよ。来栖くんのこと」
ここで初めて目を合わせる。暗くてもよく見えるのは気持ちの問題。いつもより可愛く見えるのも気持ちの問題だ。
手に込められる熱量は上がるばかり。頬が赤く染まることより、心臓の鼓動に意識がいく。伝わっているこの鼓動が、弓波の心臓も連鎖させる。
奇跡ばかりが起きたこれまでの生活。そうなるよう台本を持たされていたかのような偶然の重なりに、俺は心から感謝する。
両想いと分かるだけでこんなにも安心するものなのか。震えは消え、ドッと疲れが押し寄せる。ここに来るまでどれだけ精神的に押されていたか……こんなにも恋愛は疲れるんだな。
姿勢は変わらない。でも両想いと分かったこの関係は永遠にそのままであって欲しいと思った。とても愛おしい。
――映画終盤、見事完全に祓われた霊。続編にしては物足りなかったな。あっ、内容の記憶が無いだけか。
完璧とは自分自身によって意味が変わる。目の前に幸せがあるなら都合良く変えて生きていこうじゃないか。
ここまでお付き合いいただいた方、ありがとうございました。




