『親友』のカード
真夏日のテントの中に密集すると息が苦しくなるのはきっと声を出して応援する団員のせいだろう。蝉よりたちが悪いな。
弓波とは教室で腕相撲をしてから、何するか考えるだけで30分が経ってしまった。体感ではそんなに無かったのにいざ時計を見てみるとえっ、と驚かざるを得なかった。
1000m女子が次の種目。弓波は緊張していないと言っていたが、顔が少し硬かった。それでもキレイなのは言うまでもないが。
弓波以外にもグラウンドの中にはしっかり顔見知りがいた。おそらく弓波が走ると聞いて無理矢理1000mの切符を取ってきたのだろう。神山ならワンチャンありそうなのが怖い。しかし2人とも顔を見合わせれば緊張よりも楽しさを求めるようなそんな表情に変わる。
仲がいいな。
横一列に選手が並ぶ。飛び抜けて存在感を放つのは、やはり2人だった。同じ団員の男子は始まる前から大声で応援していた。これなら俺の声は聞こえないだろうな。
聞こえなくてもやらないことはない。隠れたとしてもしっかりと応援する。それが約束したことなのだから。
パンっと引き金が引かれる。乾いた音がグラウンド全体を包む。選手に目を向ければ、やる気に満ち溢れた表情や最下位になったらどうしようといった面持ちの選手の中に2人飛び抜ける選手がいた。
200mトラックを一周する頃にはすでに1位グループとその他で別れていて、まだ先頭は余裕を見せていた。
さすがはトップ2だ。どんどん2位集団を突き放す。この時点で2人の所属しない団は3位を1位と勘違いしたかのように応援をする。
まぁ、追い上げるのは無理だよな。
「頑張れ!」
周りに紛れて放った1言は、恥ずかしくて届いてるか分からなくてちゃんとしたイントネーションで言えてるのか分からなかったが、弓波ならきっと力にしてくれるだろう。
3周目、まだ2人は離れない。弓波ならここらへんでもう差はつけているものだと思っていたが、神山もそれなりに練習してきたのか必死にくらいついている。少しは腕相撲の影響があるかもしれないな。
圧勝するかと思われた弓波と付いてくる神山の競り合いも残り1周。200mが無限に感じ始めるきついラストだ。それでも弓波はペースを落とさない。
残り100mで神山が横に出る。もう最後の力を振り絞っての正真正銘ラストスパート。横目で捉えた弓波は負けじとスピードを上げる。しかし横並びは変わらない。悔しさが表情に微かだが現れる。
負けるのか?
そう思った時、ゴールへの一直線に入るカーブを走り終えた弓波と、その先にいる俺の目と目が合う。
ここだ。
負けるかもしれないと思ったことが嘘であるかのように、俺は弓波を勝たせることができるのかもしれないと思った。
「頑張れ!弓波!!」
横も前も後ろも弓波を応援する声で埋め尽くされる中、俺は叫んだ。弓波と目を合わせて叫んだ。だから今回は絶対に聞こえてるはずだ。
そんな俺に、聞こえてるよと言わんばかりにニコッとした弓波はカーブのない残り50mをさらにスピードを上げて走る。ひたすら走る。横に目を向けずに視界に捉える前も朧気になるほど走る。
――そして、ついにその時が来た。そう、ゴールテープを誰よりも先に切ったのは弓波だった。神山との差はおよそ3mで、僅差だ。
うわぁ!!っと盛り上がるうちの団。それに合わせて俺も喜ぶ。倉木が放送の仕事でいないので、分かち合える友達はここにはいないがそれでも。
みんなとは少し違った嬉しさもありながら。
決着が付いた弓波と神山は何も言わずとも楽しそうで、悔しそうで、でも間違いなく幸せな時間だったんじゃないだろうか。
種目を終えてテントに戻ってくると、同級生からも先輩からも良くやったな、と1位を取ったことを褒められていた。誰からも好かれる弓波はやはり見ていて満たされる。
障害物競走に出なければいけない俺は声をかけることはできなかったが、それでも良かった。どうせ後でまた会えるんだから。
――グラウンド内からでも分かるほどまだ褒められていたり、取り巻きにチヤホヤされている弓波。大変なのは変わらないな。
弓波が帰って来て10分、俺は緊張なんて皆無の状態でグラウンドに座っている。障害物競走だぞ?何を緊張することがあるのか。
声援は先程よりも少ないがそれでも声量は半端ない。そんな中で1番目の8人の1人である俺は走って潜って跳ねてを繰り返す。
できれば運が味方してくれれば多少いい順位にはつけるだろう。
パンっと開始の合図。
まず目の前にあるのは麻袋。中に入って飛び跳ねながら前に進むのだが、これが意外とコケる。体幹もクソもない俺が上手くバランスを取りながら前に進めるわけもない。
なんとか5位で麻袋を捨て去ると次に待ち受けるは網だ。
潜り抜けるため体操着が汚れる親泣かしの障害物。体を上手く芋虫化して、匍匐前進を行う。なかなか長い距離を匍匐しないといけないのでこれまた肘が痛い。
止まることなくスムーズに抜けた俺は前に3人確認する。
1人抜かしたのか。
網の中でゴソゴソする生徒を見終わるとこの歳に似合わない三輪車が置かれている。足が長くて上手いように力を伝えられないのでほとんど勘と適当さでクルクル回転させる。
こんなんなら昔弓波と遊ぶ時に三輪車使っとくんだった。
乗り終えると最後の障害物へと辿り着く。しかしそれは物理的な障害ではなく、陰キャを苦しめる最強で最恐の障害物だった。
とにかく1枚引くしかない。並べてある8つのカードの1つを適当に選び引く。そう、これはカードに記された人を連れてゴールするものだった。
これって障害物なのかよ。
そしてそのカードに書かれた対象者の内容は、『親友』だった。学校も酷なことをしてくるものだ。親友じゃなくて友達とかにすればいいものを、わざわざ陰キャを苦しめることを書きやがって。
真っ先に浮かんだのは弓波。しかし選ぶにはリスクがあるのですぐ倉木にチェンジした。が、倉木は現在実況中。しかも俺を見てその様子を説明していた。最悪だ。
一瞬にしてパニックになる。
このまま居続ければ最下位なのは確実。どうする……。
ここでふと思い出した。「応援するから」それはすなわち俺が勝つことを願ってるということ。ならば――。
自分の団に向かって走る。声援なんて1つ以外聞こえなくていい。唯一の声援を発してくれる人を今から連れてくるんだから、1番力になる声援を発してくれる人が今から俺に連れられて隣で応援してくれるんだから。
目の前まで来ると誰を選ぶのかソワソワし始める団員たち。
「俺のカード『親友』だから――弓波、付いてきてくれ」
声援で騒がしい調子をそのままに周りも弓波本人も驚きを見せる。えぇ?!友達だったの?という反応がほとんどの中、弓波は違った。
「分かった!行こ、来栖くん!」
すぐに切り替えて一緒に走り出してくれる。
夏の暑さと、久しぶりの全力ダッシュに顔を赤くされてるんだと俺は自分に言い聞かせる。弓波も運動をしたばかりだから赤みは残っていた。それが運動による赤みじゃなければ俺はどれだけ良かっただろうか。
手は握ることはなくとも、近くには弓波が居てくれる。応援もしてくれる。だから俺はきついとは思わない。
1000m後の弓波には申し訳ないが、俺は1位を取らないと気が済まないようだ。ははっ、自分でも笑えてくる。
声も顔もスタイルも話し方も笑顔も、何もかもが見慣れたはずなのにこんなに胸をワクワクさせるのはなんでだろうな。体育祭でみんなに弓波との関係性を見せつけれたから?いや違う。きっと今が俺を変えた瞬間だからだ。
グラウンドを吹き抜ける風、それが俺らを後押しするかのように追い風となる。そのままの勢いに身を任せゴールテープを切ったとき、俺と弓波は笑顔の順位を獲得した。
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