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海水浴⑦ 負けず嫌いは時として幸せ




 ただでさえ本気で勝負したら負けるかもしれないのに、ヒートアップさせてしまった弓波に勝てる未来が見えない。


 体は水滴と日差しによっていい感じに熱が下げられ、気持ちのいい温度を体感させてくれた。風が吹けば涼しく、吹かない時は暖かさを感じる。どちらも寒い暑いまではいかない完璧な塩梅。四季は変われど温度はこのままであってほしいと願うほど心地よかった。


 そんな中、ビーチフラッグをやるために腰を上げたのはつい数秒前。今はもう旗をぶっ刺してきた神山が手を振りながら戻ってきている途中だ。ここから見るに深く刺さってるようで、言葉通りぶっ刺したようだ。


 ちなみに俺の視力は左右1.5で周りに比べればいい方に類する。


 「まずは誰と誰がやる?」


 「もちろん――ね?」


 弓波が圧をかけながら俺を見る。ライオンに睨まれたチワワは逃げることはできなかった。


 「俺と弓波か……」


 「あら、わざわざ負けに来てくれるなんて優しいわね」


 弓波も人をいじるのが楽しいと感じ始めてきたのか、ゲスな笑みを浮かべてる。その顔も、そういうことをするのも可愛いと思えるのはやはりズルい。


 「来栖くん。負けたらまた罰ゲームよ。それでも勝負してくれるの?」


 と、逃げるチャンスをくれるのだが、背水の陣。どうやって逃げろっていうんだよ。顔の圧は逃してくれる気はないのに口に出る言葉は優しい。二重人格かよ。


 「今度こそ負けたときの言い訳考えてた方がいいんじゃないですかね?弓波楓華さん」


 「ふふっ、忠告ありがとう。そうさせてもらうわ」


 絶対にないと思っている笑い方だ。クスクスとやれるもんならやってみろって言われてるようだ。


 勝てるかどうかなんて今の俺にはそこまで気にすることではなかった。ただこの時を楽しめればそれでいい。たとえ勝っても弓波の悔しい顔が見れるし、負けても煽る弓波を見れるのだから。


 しかし、本気でやることには何も変わりはない。1度、いや何度も煽る弓波は見たが、こんな自分から煽っておいて負けたときに悔しがる弓波を見たことはない。少しでも勝てる可能性があるのならちょっとばかりマジになったっていいじゃないか。


 「それじゃ、2人ともうつ伏せになってー」


 神山の掛け声に合わせて手を頭に置いてスタートの合図を待つ。この時間が1番緊張する。だから筋肉も固まるし、リラックスできてないから反応も鈍くなる。


 落ち着いて、リラックスしてとか言われても即座にできるものではないので結局、スタートは自分の筋肉とタイミングによって良し悪しが決まる。こういうのに慣れてない俺はスタート前から圧倒的に不利だな。


 「よーい」


 で一瞬区切られる。左にいる弓波は前を見る俺の視界にぎりぎり入っている。だから今、ピクッと動いたのも分かった。案外弓波も落ち着けてないのかもしれない。


 「スタート!」


 声とともに右腕が振り下ろされる。瞬時に頭から最短距離で地面に手を付ける。そして強く押しながら上半身を起こし、その勢いを持ったまま足の回転と連動させスピードを落とさないように走り出す。


 ここまではまだ俺が少し有利に見える。


 残り10m、弓波とは差はない。走れば走るほど足元の悪さに力が分散されてうまく力が伝えられないことを感じる。それでも諦めることなく前へ前へ、進むことだけ考えてひたすらダッシュ。


 残り5m、ここでも差はないと言いたいが少し負けている。走りながら見ているから見間違いとか誤差があるかもしれない。あと何歩で旗を取れるか、3歩4歩ぐらいだ。瞬きすると差が開いていきそうなほど俺には余裕はない。


 そしてついに旗に手が届いた。そう、俺ではなく弓波の手が。


 「やったぁ!」


 飛び込んで取る姿はなんともキレイで、何をしても悪く見えないのは神のイタズラかと思える。旗を手にしたことで勝利を確信した弓波の第一声は喜ぶことだった。


 顔には砂が付きまくってて、それでも可愛くて喜ぶ姿は敗者である俺も負けてよかったと思うほどに印象的だった。完敗だな。


 「来栖くんの負けー。2連敗よ!」


 「だな。なんも言い返せないぐらい完敗だ」


 旗を見せつけてドヤーっと自慢をする。本当に同い年のおとなしくて、人気で才色兼備の美少女なのだろうか。疑えるほど幼い弓波を見たのは泊まりの日以来だ。


 息止め勝負よりも煽られることはなく満足そうな弓波を見れた俺は、俺の中では勝ちだと一人参加の勝負に勝って喜んでいた。


 「罰ゲームは何にするんだ?」


 「んー、今は思いつかないから思いついたらその時に言うわ。もし呼び出されたら何が何でも来るのよ」


 「できる範囲で頼みます……」


 ドMではないが、罰ゲームを受けるのは嫌いじゃない。決してデメリットばかりのことをやれと強要されるわけでもなく、部屋の掃除だの、何かを持ってこいだの、執事のようなことをさせられるだけだからな。


 俺もギリギリの勝負だったので顔に砂がついたりしている。ジャリジャリとしたこの感覚は少し苦手かもしれないな。


 「この感じ、来栖くん負けたね?」


 旗を立てて再びスタートラインに戻ってきた。テンションと雰囲気から俺が負けたことを察したようで、神山も楽しそうに笑っている。


 「次は私とどっちがする?」


 「私がする」


 次は美少女対決。どっちがタイプか勝負では決着はまだついてない。成績もスポーツもクラスが違うので明確にどちらが上か判断できない。つまりここで勝った方が上となる。


 弓波が盛り上がらないわけないよな……。


 「私、今走ったばかりだから少し待ってて」


 「もちろん。万全な楓華じゃないと勝負にならないからね」


 始まる前からバチバチなのは良いことだ。これで負けたときの悔しさ恥ずかしさから見せる態度と表情を拝めるのだから。

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