人によって時間の変わる時計
大学の先輩が運転する車で、僕ら三人は遊びに出掛けた。
助手席から観る窓の外は高速道路。ずっと変わらない風景。
ふと後部座席の友人の腕時計が気になった。
「君の時計、変じゃない?」
「ああ、これは伯父さんの形見なんだ。」
「針とかどうなってるの。」
文字盤は十二までの数字ではなかったし、針が五、六本ある。
そして何より、その針は逆回りで動いていた。
「これは、人によって時間が変わる時計なんだよ。」
「なんだそれ、面白そうだな。」
先輩は運転しながらも興味津々だ。
「僕にちょっと貸してよ。」
後ろに座る友人から時計を受け取り、自分の手首に巻いた。
その瞬間、針がぐるぐると周る。そしてピタリと止まった。次の瞬間、秒針だけが八、七、六、五…と逆に回り始める。
「すごいすごい! さっきと時間が違う!」
友人が針を読んでくれた。
「…残り四十年ちょっとかな。」
「残り?」
「なあなあ、俺にも付けてくれよ。」
助手席の僕の目の前に、先輩が左手を伸ばしてきた。
「運転中は危ないですって。」
「大丈夫だって。付けてくれよ。」
僕が先輩に時計を巻くと、先輩はすぐ腕時計に注目する。
「おい。なあ、全部の針が0なんだけど。」
友人は絶句する。
「前! トラック!」
僕は叫んだ。
グシャ
意識が一旦途切れた。
どのくらい寝たのだろう。目は覚めたが真っ暗闇だ。息苦しい。
早く助けてくれ。
「お見舞いありがとう。」
母さんの声だ。友人の声もする。
「…はいあの事故で、私は骨折ですみましたが、先輩は即死でした。」
そうか。あの時、事故ったのか。
そう思っても、喋ることもできない。息苦しい。
「この子は、ずっとこのままなんですって。」
ずっとだって? 早く楽になりたい!
母さんが涙声になる。
「…本当に、生きてくれているだけで良いの…」
友人が母さんに優しく声をかける。
「彼はあと四十年このままですよ。」