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第2話

放蕩息子の悟、生活が不安定な美優、外面が気になる絹代と、不安要素いっぱいの本能寺家。

沖さんは淡々とお仕事するのですが。。。

 夏休みも半ばになった頃、美優様が一人でマンションにお住まいになっているということがわかってまいりました。


「沖さん、美優の居所はまだわからないの? あんまりうかつな事されると、私の仕事にも響いてしまうのよ。そこのところ、よろしくお願いしますね」


 絹代様にはまだお伝えしておりませんでしたが、その時すでに美優様のマンションは判明していたのでございます。

 内密のうちにご連絡いただいて、美優様のお付の者が、掃除や洗濯をお手伝いに上がっていたようでございました。


「沖さま。申し訳ありませんが、お嬢様の住所を奥様におっしゃるのは、今しばらくお待ちいただけないでしょうか。」


 お付の者を問いただした折、そのような言葉が返ってきたのでございます。


「私は、もう長いことお嬢様のそばに仕えておりますが、最近お嬢様の様子が変ってきたように思うのです。お掃除やお洗濯などまかせっきりだったあのお嬢様が、ご自分でなさろうと努力されているのです。」


 美優様についているのは絹代様と同世代の女性で、彼女には子どもがなく、まさに美優様を娘のように見守ってきた人物でございました。美優さまが高校生のころは、よく反抗されて自分を責めていたものですが、このときの表情は正に娘を育て上げた母のような幸せそうな顔をしていたのでございます。


 絹代様を差し置いてという考えもありましたが、一般的な大人から見ても美優様のこれまでの暮らしぶりはひどいものでございました。それから考えると、彼女が喜ぶのも無理はないかという共感もございました。そこで、しばらく絹代様にはお伝えしないでいようということになったのでございます。


 しかし、そんな美優様の努力は長くは続かず、ある日掃除をしようと美優様のマンションを訪ねたお付の者が見たのは、空っぽになった美優様のお部屋でございました。


 事の次第をお聞きになった絹代様は激怒なさり、お付の者は解雇されることになりました。それからしばらくの間、美優様の居所はさっぱりわからなかったのでございます。


 

 美優様がまだマンションにお住まいになっておられた頃、将様の会社では大きな出来事が動き出していたのでございます。その日、将様は血の気の失せた顔で会社からお戻りになりました。そして、すぐさま悟様を呼ぶようにおっしゃったのでございました。

 秘書の田中は真面目な男でございます。私から見れば、息子ほどに歳は離れておりますが、ご自宅での様子を申し伝えると、それを基にして将様のスケジュールを微調整するのでございます。もちろん、私どもにもいろいろ情報を流してくれるのでございます。そんな田中が、すぐさま電話に飛びついて、悟様を呼び出したのでございます。


 田中の口ぶりから、悟様がこちらに来ることを渋っていらっしゃるのが分かりました。なにやら不都合が起きたご様子でございます。そうこうしている間にも、何件かの電話が入り、将様はそれを全部不在の名の下に蹴散らし、じっと葉巻の煙の行方を見つめておいででした。



 しばらくして、正門の前に車が入った音が聞こえました。外に出てみると、悟様の奥様でいらっしゃる良恵様が、悟様を車で送っておいでになったのでございます。


「沖さん。お義母様はご不在ですか?」


 開口一番にお聞きになるのは当然でありました。絹代様は、良恵様が本邸に来ることをいまだに許していらっしゃらないからでございます。


「奥様はイギリスにいらっしゃいます。お帰りは明日、ご安心を。」

「ああ、良かった。では、主人を連れて参りましたので、お義兄様としっかりお話し合いなさるように勧めてください。

 貴方、お電話くださればすぐに迎えに参りますから」

「うるさい!余計な真似をしやがって!」


 悟様は不本意なご様子でございました。


「良恵さん、ありがとう。帰りは沖に頼んで送らせるから、自宅でくつろいでいてくれたまえ」


 振り向くと将様がおでましでございました。驚いている間に、将様はさっさと悟様の腕をつかんで引き入れてしまわれたのでございます。

 良恵様は、心配そうに何度も振り返りながらアプローチを貫けて、そのまま帰っていかれたのでございます。なにか、嫌な予感でもあったのでしょうか。その表情には疲れが見えておりました。


 将様と悟様の話し合いは深夜まで続きました。田中が時々連絡をくれるので、お茶や軽食をお運びすることができましたが、夕食も食べずに対峙なさるお二人のご様子はどうにも深刻で、私どもはただ静かに見守ることしか出来なかったのでございます。


「サンドウィッチをお持ちしました。ただ今、紅茶を…」

「ああ。悪いな、沖。もう、休んでくれ。後のことは明日にでも田中から引き継いでくれ。」


 将様はどんなにお疲れでも、私どもを気遣ってくださるお方でございます。朝が早い私どものことを思って、そのようなお言葉をくださったのでございます。

 悟様は随分と機嫌を損ねていらっしゃるようではありましたが、いつも味方におつきになる絹代様がご不在となれば、逃げようもないご様子でございました。


 翌日、田中から聞いた話では、悟様が将様の会社の株を勝手に売り飛ばしてしまわれたのだということでございました。長い歴史に見合う信用を築いてこられた先代と将様にとって、会社の持ち株を売り飛ばすなどということは今までになかったことでございました。

 ほんの少し売り出したとしても、その金額が大きいので関連会社はすぐに気が付き、騒ぎ出してしまったというのでございます。将様の采配ですぐさま株は買い戻されたのでございますが、事の重要性にまったく気付いていらっしゃらない悟様に対して、将様は苦渋の決断を迫られておいででした。


 救いであったのは、副社長を初めとする会社幹部がこのたびの出来事をコンピュータの操作ミスと勘違いなさったことでありました。それゆえ、悟様は社内では問題なく過ごせると安心なさっておいででした。

 しかし、あまりにも不謹慎ななさりように将様は解雇を視野に入れた処分を検討なさるということになったのでございます。


「なんとでも言ってりゃいい。お袋が帰ってきたらそんな問題はあっさりもみ消されるに決まっているんだ」


 将様の心情もお気づきならずに、悟様はお送りする車の中でもずっと憤慨なさっておいででございました。


 

 翌日。絹代様がご帰宅になると、すぐさま悟様から連絡が入りました。絹代様はお疲れの上に、大きな問題を抱えてしまわれることになってしまったのでございます。


「沖さん、少し休みます。 将さんが帰ってきたら知らせてちょうだいね」


 いつもは勝気な絹代様も、この時ばかりは困り果てた表情でおっしゃったのでございます。


 夜遅くになって、将様がご帰宅になられました。どうやらギリギリのところで、悟様の行いは闇に葬り去ることが出来たようでございます。お疲れの体を引きずるようにして、将様はご自身のお部屋に向かわれました。そんな時、さらりと衣擦れの音がしたのでございます。


 見上げた先には絹代様がおいででございました。絹代様は旅のお疲れも見せずにすばやく将様の足元にしゃがみこまれ、そっと手をついて頭を下げられたのでございます。


「将さん、この度は悟が大変なことをしでかして、申し訳ありません。ですが、どうか解雇だけは見逃してやってください。あの子にはあの会社しか行き場所がないのです。頭のいいあなたには分かってもらえないかもしれませんが、あの子はあれ以外にやりようがないのです。」

「お母さん、そんな風に頭を下げるのはやめてください。」


 将様はこの世で一番おぞましいものでもご覧になるかのように、目を背けておっしゃいました。


「悟のしたことは、絶対に許せないことです。もちろん、兄弟として救ってやりたい気持ちもありますが、それでは会社内の幹部連中が黙っていないでしょう」

「そこを!そこをなんとかして欲しいとお願いしているのです!」


 絹代様も必死であったのでございましょう。将様の足にしがみつくようにして、訴えていらしたのでございます。

 その姿は、哀れを通り越して不気味にすら映っておりました。そして、とうとう将様は折れてしまわれたのでございます。


 翌日から1週間ばかりは悟様は急病ということにして、将様はとくとくと悟様の考え方を改めさせようと考えていらっしゃいました。ところが、それどころか悟様は前日将様と言い合いになって帰宅した後、良恵様ともいざこざを起こして、ご自宅を飛び出していかれたのでございます。


「沖さん。申し訳ありません。ですが、主人が娘のことをあまりにも真剣に考えてくれないので、つい言い合いになってしまって…」


 良恵様と電話がつながったのは、悟様のお子さん真澄様のご容態がよろしくないというので、良恵様が真澄様をお連れになって電車をお待ちになっているときでございました。

 真澄様には喘息の症状が出ており、強いストレスによっては症状の重い喘息の発作が起きてしまうのでございます。

 良恵様のお話では、前夜もそのような辛い思いをなさったということで、病院に向かわれている途中だということでございました。


 しかしそれきり、良恵様や真澄様とは連絡が取れなくなってしまったのでございます。



 絹代様の捨て身の計らいにより悟様は3日後、何食わぬ顔で会社に出社なさったそうでございます。しかし、その頃すで、に副社長の佐上様はこのたびの株の動きを不審に思われて、あれこれ調べていらっしゃったのでございます。


 それはまだ、悟様が姿をお見せになる前日の夜のことでございます。将様を訪ねて、佐上様がいらっしゃいました。


「沖さん、悪いが社長とじっくり話しがしたいんだ。ちょっと込み入った話になるので、周りの方には退席願いたい。」


 佐上様は固い表情でそうおっしゃると、応接室の上座にどっしりとお座りになりました。その姿を見た瞬間から、私には嫌な予感がしていたのでございます。副社長が社長宅の応接室で上座に座るなど、今までになかったことでございます。


 話し合いはあっけなく終り、佐上様は大変機嫌を損ねたご様子でお帰りになったのでございました。佐上様の車が見えなくなるまで見送りまして、応接室に後片付けに向かいますと、肩を落とした将様のお姿がありました。


「沖、私は間違った事をしているのだろうか。いや、間違っているのはわかっているのだ。それは身内を甘やかす事に他ならない。しかし、お義母さんの依頼にはこたえてくれと父から言われているだけに、どうすることも出来ないのだ。

 佐上には、そんな甘ったれた考え方では会社がつぶれるのも時間の問題だと責められたよ」


 もしも、絹代様が先代の妻という立場でなければ、将様は間違いなく悟様を解雇なさったでしょう。いえ、それ以前に雇用することすらなかっただろうということは明らかでございました。

 先代の言いつけには絶対忠実の将様でなければ、このような苦労はなさらなかったであろうにと、そんな風にさえ思えてしまうのでございました。


とうとう悟の悪行が出てきました。苦境に立たされる将はどうなる?

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