01
仁王立ちする私、佐々森真樹の前で赤い髪の男が土下座をしている。はたから見たらおかしな光景だけど、目の前にいるこの男の魔法によって部屋にシールドが張られていて、外からでは中の様子が見えない様になっているらしいので問題はない。
「本当にすまない!!!」
「本当にそう思ってるなら、私をお家に返してくれるかしら?」
「だから、それはできないんだって。」
「なんで!?」
自分よりもかなり小さい女の子に怒鳴られて、体を小さくさせる赤髪の男。それは表現だけで実際は体が大きくて全然小さくなっていないが、それでも萎縮しているのは分かった。
ちなみに、この会話をするのは3回目だ。
私が苛立っているせいなのだが、その苛立っている原因を作ったのはこの目の前の男なので、仕方がないとお互い思っている。
「はあ、もう怒り疲れるわ。」
「だよね、ごめんね。」
赤い切長の目で強面の見た目とは裏腹に幼い口調で落ち込む男に若干引いた。
「ねえ、その顔のままいつのも口調で喋るの違和感が物凄いからやめてくれない?」
「そうだよね、じゃなくて、そうだな。」
ショボンとする男に私はため息をついた。
私とこの男の関係はというと、所謂ただの幼馴染。幼稚園の頃から高校までは同じ所に通っていて、それなりに仲も良かった。けれど、高校卒業してからは年に2、3回、家の近所でバッタリ会う程度で、私が一人暮らしを始めてからは3年も会ってなかった。と、言うのが元いた世界での私たちの関係で、じゃあ今はどうなのか、というと、私にはまだ理解できていないけど、私達はゲームの世界に転生をした、と幼馴染の晴太に説明された。
久しぶりの再会で何言ってんだって思ったけど、実際にお互い元の姿とはかけ離れた美青年と美少女になっているので、嘘という訳でもなさそうだ。
「ごめん、一旦落ち着くわ。」
もう怒ったってもうどうしようもない。イライラしながら立ち続けるのも疲れて、溢れ出てくる怒りを一旦抑えようと倒れるようにベッドへ座る。
(良い夢を見てると思ってたのに。)
もう何度目かも分からないため息をついた。
私がこのゲームの世界に転生さてたのは、今から遡ること3日前の事だった。
朝、いつも通り目が覚めたのだけれど、布団から起き上がってみてビックリ。なぜか6畳の寝室がその倍以上の広さの部屋に変わっていたからだ。部屋の内装もシンプルな白い壁紙だったのが、豪華な装飾が施されたものになってるし、自分の寝ていたベッドも大きくなっている。
体を起こした状態で首を傾げると、サラッと顔の前に髪の毛がかかった。邪魔くさくて、一度それを払ったのだけれど、違和感を感じて払いのけた髪を手に取り改めて見る。
(あれ、私、昨日、髪染めた?)
そんなはずはない。というか、こんなに髪長かったっけ?
肩までの長さだった髪が倍くらいに伸びていて、一度も染めていなかった黒髪だったのに、手に取った髪は紫色をしていた。もう少し正確にいえばラベンダー色というやつだろうか、いや、そんな事はどうだっていい。よくよく見れば、髪を取っている自分の手がいつも以上に小さいような気がする。元から手は平均よりも小さめなのだが、まさかと思い、両手を前に出して手を広げてみれば、見間違いじゃなくやっぱり手は小さい。ついでに腕も短い。
「夢?」
口に出してみれば声も可愛らしい女の子の声になっている。ハスキー気味だった私の声とは比べものにならないくらい澄んだ声だ。
普段の見慣れている自分とは異なる変化に、これは夢なんだと確信する。
(そういえば、自分の意思で動く事ができるっていう夢があったよね。なんていう夢だっけ、一昨日くらいに見た気がしたんだけどなぁ。)
あぐらをかいて短い腕を組みながら、これはなんていうものだったか思い出そうと唸る。最初は、ま、だったか、それとも、め、だったか、すぐそこまで出てきているのに、その手前で止まって出てこないもどかしさで足をバタバタとさせる。
「ま、め、めい・・・あっっ明晰夢だ!」
コンコン
「失礼致します、お嬢さ・・・ま。」
上から降ってきたかのように思い出してポンと手を叩く。思い出せた事にテンションが上がって思わず大きい声が出る。それとほぼ同時に扉がノックされたかと思うと、知らない人がスッと部屋に入ってきて私とバッチリ目が合った。
思い出せてスッキリした表情のまま固まった私と、口が開いたままのメイド服を着た女の人は、無言で見つめ合う。私は、誰!?と固まったままだが、意識が戻ったメイドさんは持っていた物をその場で全て落として、お化けでも見ている様に震え、両手で口を押さえている。
「あの、落ちましっ」
「だ、旦那様!!奥様!!!お嬢様がっお嬢様が!!」
なかなか動き出さないから、持っていた物が落ちましたよって教えてあげようとしたら、その途中で遮られて、メイドさんは大きな声で叫びながらどこかへ行っってしまった。
「え、あの、拾わないんですか?」
メイドさんが出て行った扉の方を見て一応声をかけたけど、絶対メイドさんには聞こえていない。困惑しながらも私は床に落とされた物を拾おうとベッドから降りる。なんとなく分かってはいたけど、体も小さくなっている。
フラつく足取りで、扉の前でそのままになっているタオルやらシーツやらを拾い上げていると、扉の外から慌ただしい足音が聞こえてきた。それは1人だけでなく複数人いるようでバタバタと動物が群れで走り回っているようだった。
バンッッッ!!
「セシリア!!!」
「ヒッ!!!」
突然、勢いよく開かれた扉に、口から心臓が飛び出るほど驚いて、反射的にシーツをギュッと抱きしめる。バクバクと音をたてる胸を押さえながら、扉を開けた人物を恐る恐る見上げる。
(誰と誰と誰!?いや、みんな誰!?)
見上げた方には、扉を開けたであろう金髪の男性。男性の左には私の髪と同じ色の女性。その後ろには眼鏡をかけたおじいさんとさっきのメイドさんの姿も見える。私からは見えないけど、その後ろにはまだ何人かの人がいそうだ。
「セシリア!!」
私と同じ髪色をした女性が、前にいた男性を押し退けて私を抱きしめた。見ず知らずの人に抱きしめられて体を強張らせたけれど、女性は私の肩の所に顔を埋めて泣き出した。何事!?と思い顔を少しだけ女性の方を向けると、ちょうどそこに頭があって髪からいい匂いがしてきた。
(変態か。)
心の中でツッコミを入れると、逆側から1番前にいた男性が近くに来てしゃがみ込み、私達を包み込むように抱きしめてきた。
「良かった、本当に良かった。」
声を震わせながら男性は抱きしめる腕に力を込めた。泣いているのはこの2人だけではなくて、後ろにいた眼鏡のおじさんとメイドさん、あとさっきは見えなかった他の人までもがすすり泣いていた。感動の場面なのだろうけど、全く状況が掴めない私は、棒立ちで抱きしめられながら、どうなってんの?と思っていた。
とりあえず、今のこの状況がどういう事なのか知りたくて、事情を聞こうと私を抱きしめて泣き続けている2人を声を掛けたり背中を撫でたりして慰めたりしていた。
すると、2人は何を思ったのか私の顔を見た後、互いの顔を見合わせ、男性が「大丈夫。」と女性に声をかけてた。そんな2人の様子に、海外ドラマ見てるみたい。と、能天気に見つめていた。2人とも美形なので雰囲気はバッチリだ。
「君に1つ聞いてもいいかい?」
目の前の光景に見惚れていると、男性の方から声をかけられた。何も問題ないので私は頷くと、男性は、
「私達が誰なのか分かるかな。」
小さい子と話すような優しい声で質問をしてきた。当然、分からないので「ごめんなさい、分からないです。」と答えたら、さっきまですすり泣く声が聞こえていた部屋の中が、突然しーん、と静まり返った。
「・・・・そうか、ではいきなりで驚かせてしまったね。申し訳なかった。」
男性はとても悲しそうに私を見つめた。鮮やかな緑色をした瞳が揺れている。
「なんて事なの・・・セシリアッッ・・・」
女性は再び私を抱きしめる。今度はさっきよりも強く抱きしめられ苦しかったけれど、申し訳ないことをしたのではないかと思い、私はその苦しさを受け入れた。
ーー・・・・
「取り乱してしまってごめんなさい。」
「いえ、私は大丈夫です。」
泣き崩れていた女性も落ち着きを取り戻した。涙を拭う女性のオレンジの目はさっきよりも赤くなっていた。私が口を開くたびに悲しそうにするので、どうしたもんかと思っていたら、私と2人は親子だと言うことを教えてもらった。親子なのに、知らないと言われたら女性が悲しむのも納得だった。
「私はロベルト・フリートジーク、君の父親だ。そして、」
「私はローズ・クリートリーフ、あなたの母です。そして、あなたの名前はセシリア・クリートリーフ。」
「セシリア・・・。」
会った時から呼ばれていたので、セシリアが名前なんだろうなとは思っていたけど、改めて自分の名前だと分かるとちょっと嬉しかった。
「君には3つ上の兄がいるんだ。名前はブレッド・フリートジーク。彼は今、グレアリス魔法学院の寮で生活をしていて、残念だが来月にならないと帰ってこない。」
「そうなんですか。」
この2人の息子だからきっと、兄も美形なんだろうなと思った。
この後も、この家で働く使用人の人達を何人か紹介してもらったが、私の記憶力の悪さではとても覚えきれない。これはもう後で聞くしかないな、と覚えるのを半ば諦めたところで、私の体力の方も限界が来た様だった。
強い眠気に襲われて小さく船を漕ぎ始めると、ロベルトさんがそれに気がつき私を抱き上げて、ベッドまで運んでくれた。
「目が覚めたばかりだったし、疲れちゃったわよね。」
そう言ってローズさんは私の頭を撫でてくれた。寝てる時に頭を撫でられるなんて何年振りなんだろう。優しく撫でられて瞼がゆっくり閉じられていく。
「おやすみなさい、セシリア。」
(これで寝ちゃったらもう会えないんだ。)
お礼を言わないと。と口を開こうとしたところで、私の意識は完全に途切れた。