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九話 英雄の残り火・二

 ヴァルアスからの提案を聞いて、その場にいた老人たちはひそひそと相談を始める。

 

 耳の良いヴァルアスには大方聞こえてはいたものの、内容は殊更に隠すべき話でもなく、「どうする?」といいながら戸惑い合っているだけだった。

 

 「血気盛んな若造じゃあないんだ。聞いて無理そうなら辞退する気だから、気軽に話してくれていい」

 

 背中を押すようなヴァルアスの言葉を聞いて、ようやく老人たちの方向性は纏まりそうだった。

 

 段々と収まっていく彼らの戸惑いを、ヴァルアスは腕を組んで扉の前に立ったまま、じっと待つ。

 

 しばらくすると、先ほど話した無精ひげの目立つ男が再びヴァルアスへと顔を向けた。

 

 「話してくれ」

 

 促す言葉に一つ頷いて、男はそれでもゆっくりとややためらうように口を開く。

 

 「起こったことそのものは悲劇だが単純じゃ。昨日炭鉱内で鉱夫が一人、死体で見つかった」

 「状態は?」

 「大きな三本線の傷跡が背中に」

 「それだけか?」

 「それだけじゃ」

 「炭鉱、爪痕、加えて食い荒らされてなかったのなら……、ケイブリザードだな。炭鉱の奥には踏み入るなよ」

 

 短いやり取りの後に、ヴァルアスは断定的な口調で告げた。

 

 洞窟内に生息し、四本脚のそれぞれにある大きな三本爪が特徴の大トカゲであるケイブリザードは単体ではそれほど強くはない。しかし一般的に洞窟最奥部に巣を作って群れるため、一匹見つけて追いかけるとその先でひどい目にあったという報告も多い。

 

 「その見解は同じじゃが……」

 

 実際にヴァルアスが披露した推測は、それほど特殊な知識でもない。冒険者であれば当然であるし、長年炭鉱とともに暮らすゴロの住人であれば知っていても不思議ではない。

 

 しかしどうもそれだけではないようで、しかもそれが問題として大きいという様子だった。

 

 「が?」

 

 言いよどんで口を動かすだけの男に、ヴァルアスは再度促す。

 

 「誰も何の魔獣の姿もみておらん。入り口近くで甲高い鳴き声を聞いたというものもおるし……、長老会としては冒険者ギルドに調査から依頼すべきと考えたんじゃが」

 

 話す男以外の老人たちも皆頷き、皆浮かない表情だ。

 

 「現役鉱夫たちの考えは違ったのか?」

 「数年前に長老会の一人が冒険者への定期巡回依頼費を中抜きで着服しておったことがあっての。そのことが尾を引いておって、こちらから冒険者に依頼することを提案しても反発が大きいのじゃ」

 「うむぅ」

 

 実際にそんな事情があったのでは現役鉱夫である若者たちが彼ら長老会からの提案を疑ってかかるのも無理はない。第三者であるヴァルアスだからこそ、そこは理解できた。

 

 「つまり今はその鉱夫たちが……?」

 「入り口付近を中心に炭鉱内を探索しておる。魔獣の正体をはっきりと確認して足元をみられんようにしてから依頼しに行くといっておった」

 「調査はよくある依頼内容で、依頼費も決まっとるからギルドは足元などみんが……」

 

 冒険者ギルドの支部がない町ではこういった認識であることも多いし、ヴァルアスもそのことを良く知っていた。

 

 しかし実際に目の前でそれを見せつけられると、歯がゆい気持ちを抑えることもできないのだった。

 

 「入り口付近に出てきたケイブリザードだけなら若者が集団でかかれば命まで落とすことはないと思うが、心配だな。とにかく依頼料は格安でかまわんから、ワシを雇うように若い連中を説得しろ」

 

 状況に焦りを覚えたヴァルアスはやや居丈高な口調で迫る。

 

 しかしそれに怒ったり反発したりするよりも、まだ不安があるようだった。無精ひげの男からは少し離れた壁際で茶をすすっていた頭髪の薄い男が、横から口を挟んでくる。

 

 「奥にはいかんとしても、入り口も心配ではないですか? 魔獣が暴れて昔のあれが崩れでもしたら大変だ」

 

 その内容は不穏で、ヴァルアスも一筋の冷や汗が浮かぶのを自覚する。

 

 「あれ? なんだ、何かあるのか?」

 「今の若い人たちは知らないはずですが、昔の坑道へ続く道が入り口付近にはありまして。閉鎖して厳重に埋めているので間違っても入ってしまうことはないのですが、他の壁より崩れやすい事には違いないでしょう」

 「……埋めた坑道? ケイブリザード……巣を……鳴き声……っ!?」

 

 ぶつぶつといいながらも耳を傾けていたヴァルアスが、唐突に焦りを大きくする。

 

 「ワシを炭鉱まで案内しろ! 今すぐにだ!!」

 

 そのあまりの剣幕に、疑問を浮かべる余裕も無く老人たちはヴァルアスを先導してどたどたと駆け出していった。

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