八十九話 英雄開業・七
店舗はまだ建設中ながら、冒険屋オレアンドル商店として冒険者向け依頼あっせん業を細々と始めたヴァルアスだったが、今回のノースの町近くでの魔獣討伐は自分でやろうと東の草原へと出てきていた。
正しくはヴァルアス一人で、ではなく開業時従業員として確保した若い冒険者ブラン・ユスティーツを伴って二人で、ではあるが。
何気ない身ごなしから、ブランが生半可な実力ではないことをヴァルアスは見抜いていたが、身体能力や戦闘技術だけが冒険者の能力ではない。
それを見るには結局のところ、一緒に仕事をするくらいしか方法はないのだった。
「草原をざっと見回ってファングウルフの小さな群れが一と、あとはグルベアがそれぞれ単体で三……でしたっけ? グルベアの方はもっといるかもなぁ」
「そうだな。まあ偵察を担当した冒険者は確かにやや頼りなかったが、見通しのきく草原だ……大外れしている可能性は考えんでもいいだろう」
「ですか」
偵察を任せた冒険者は若く、実力も未熟な面があったために、ブランとしては話半分に受け取っているようだ。
ヴァルアスとしてもそれは同意だったが、そもそも魔獣討伐というのは殲滅が目的ではない。
当該範囲に関して目に付くものを排除して欲しいというのが冒険者に依頼される討伐だった。
恒常的に治安を一定に保つのはそもそも衛兵団や騎士団の仕事であるし、冒険者へ依頼しているという時点で、突発的な問題を急場しのぎでいいから何とかして欲しい、ということだ。
これがシャリア王国内での話であればまた変わってくるし、定期契約にして一定範囲を冒険者が見回りするということも実際にある。
だがここは地域の領主が治安を担うガーマミリア帝国であるし、今回の依頼も実際にすぐ対応できる範囲でやって欲しいというもの。
だからヴァルアスとしても、街道沿いに関しては特に慎重な偵察を言い含めてはいたものの、全体としての数の正確さなどは期待してはいなかった。
そこまでは考えずに「あの冒険者はちょっと頼りなかったな」となっていたのはブランの若さ故と見えたが、しかし一方でヴァルアスと少し話すだけであっさりと切り替えているある種の“軽さ”は長所だといえる。
その切り替えが柔軟さからくるものか、ただ何も考えていないだけかはヴァルアスにもよくわからなかったが……。
「おぉ~、おるおる。ファングウルフはあれのことですね」
「だな」
などと簡単に会話し、ヴァルアスが色々とブランの将来性について思案している間に、最初の魔獣はあっさりと見つかった。
報告では街道にすぐ近い岩陰を縄張りとしているようだ、ということだったが、今は轍の上に四匹のファングウルフが堂々と伏せてあくびまでしている。
「なるほどすぐの対処が必要だ」とヴァルアスが整えられた白い顎ひげを撫でている間に、すぐ隣からはしゃらんと澄んだ擦過音が聞こえた。
「オレが行きますね。何かやらかしちゃったら、支援お願いします」
「おう、わかった。存分にやってこい」
背負っていた大剣――というには小ぶりだが、ロングソードというには長く分厚い剣――を片手で軽々と持ったブランが、ヴァルアスの言葉を受けて嬉しそうに笑って歩き出す。
その笑いはどこか無邪気で、戦闘の喜びや暴力衝動の発露といった種類のものではなく、子供が練習の成果を披露する際に見せるようなものに、ヴァルアスからは見えた。




