八十八話 英雄開業・六
ヴァルアスが冒険屋なるものの開業を宣言した次の日、まだ建設作業の続く店舗予定地の前では、ヴァルアスとブランがムクッシュに経過を説明していた。
「では、やはり魔獣が?」
限られた目撃情報を元に行ったノースの町から東にある草原の偵察結果を聞いて、ムクッシュは表情を曇らせる。
そうとわかっていたから依頼をしたとはいえ、やはり町のすぐ近くに魔獣が居るというのは嬉しい情報ではない。
それもつい最近ヴァルアスによって討伐がされたばかりの場所であるというなら、懸念もなおさらだった。
「し、しかしヴァルアスさんはさすがですね、いつの間に偵察を?」
「ん? ああ……」
ムクッシュはヴァルアスにずっと張り付いて見張っていた訳ではないが、昨日から今日にかけては偶然何度か姿を見かけている。
つまりその時にはノースの町内にいたということであり、それ以外のどこかの時間で比較的広い東の草原を見回ったことは、並みの冒険者ではないヴァルアスであるといっても驚異的に感じられた。
しかしヴァルアスはゆっくりと首を左右に振ってみせる。
それは違う、という意思表示だったが、どこか自慢げというか、いかにも話を聞かせたがっている様子にみえた。
「あ、そうかそちらのブランさんが、ですか?」
「ワシではないという部分ではあっているが、違うぞ」
察したつもりのムクッシュの言葉も、否定される。
首を傾げて不思議がるムクッシュに、あまり引っ張るのも悪いと感じたのかヴァルアスは説明を始めた。
「――ということでな」
「……なるほど」
聞いてみれば単純な話。この辺りにちょうどいた流れの冒険者にヴァルアスから依頼をしたということだった。
確かにムクッシュからはそれを特に禁じたつもりもない。
だがそれはムクッシュからすると、理解ができない行動だった。
「し、しかし……依頼料は初めにお話しした分しかだせませんよ?」
ヴァルアスは他の冒険者と同程度の、いわゆる相場で首を縦に振って依頼を請け負っている。
つまりそれをさらに他の冒険者に依頼してしまうとヴァルアスの懐には何も残らない、どころか場合によっては損が出るほどではないかと考えられた。
しかしヴァルアスはまたもゆっくりと首を振る。
「やはり帝国ではそういう認識か……。冒険者の側はそうでもないんだがな」
「な、何がですか?」
意味の掴めなかったヴァルアスの言葉を、ムクッシュは問い返した。
「ワシが他に頼んだのはこの辺りの偵察だけだ。それもワシがこの間討伐した時の情報も事前に教えたうえでな。それなら安く受ける冒険者もおるだろう……というか、いた、ということだ」
「――っ!?」
ムクッシュから、いやガーマミリア帝国の商人からすると驚くような内容だ。
依頼を切り分けて安くすることもだが、基本的に個人を尊重し、パーティを組むのもあくまで仕事上の協力であるという姿勢をとる冒険者が、あっさりと情報を共有したということに。
商人ほど情報というものの重要性を冒険者が熟知している訳ではないかもしれないが、冒険者にとっての情報というのは命の危険を対価にして手に入れるものだ。
だからこそ、よほど親しく、信用している相手でなければ、普通は教え合わない。
そうした理由で、商人を含む庶民が冒険者に依頼をするのであれば、ある程度まとまった内容を同一の冒険者に頼むことになり、相応の依頼料も必要となる。
しかしそれが時には依頼の障壁となり、冒険者自身の首を絞めていることを商人としてそれなりの立場にいるムクッシュは知っていた。
さらには、そうして情報や仕事内容を時に共有することで冒険者という存在そのものを活発化させた組織も知っている。
「それではまるで……」
「まあ、冒険者ギルドの真似事だな」
ムクッシュの口から出ようとした言葉を、ヴァルアスがすかさず引き継いで肯定した。
「とはいえ、だ。王国のギルドみたいに手広くやるつもりもない。この国の貴族と対立したい訳じゃあないからな。だからこその冒険屋だ。小さな規模で、何かあっても対応できる人間が、先例を作る。ま、実際にどうなるかは……これからのお楽しみ、ってところだがな」
「はぁぁ」
ムクッシュはいつもの特徴に乏しい表情で、深く感心していた。
シャリア王国で田舎村を随一の交易都市へと発展させた要因といわれるスルタ冒険者ギルドの元ギルド長は、やはり大した人物だったと。
この発想自体を前代未聞とまではムクッシュも思ってはいない。きっと誰かは考えたことがあるだろう。
しかし実際にそれを出来る実力や実績、人脈を備えたうえで、うまく現実的な規模に落とし込んで実行に移したのは、目の前にいる老英雄が初めてではないかと思って唸ったのだった。




