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七話 旅の道先

 スルタ中央庁舎が騒然とし、図らずとはいえ跡を濁して旅立ったことを自覚していないヴァルアスは、交易都市スルタを離れていくらかいったところで呆然と歩いていた。

 

 「どこへ行こうか……」

 

 普通は旅に出る前に考えることである。それだけ動揺していたとも、単に向こう見ずであるともいえるが、とにかく目的地は決まっていなかった。

 

 しかし英雄とはいえヴァルアスも人の子。己の功績を若者から踏みにじられるような目にあった後では、自然と過去の栄光にすがるような思考が湧いてきていた。

 

 「北へ……向かうか……」

 

 交易都市スルタは広大なシャリア王国内で中央からやや南寄りに位置している。

 

 王国を縦断して北へ向かえば、国土は小さいながら精強な騎士団で知られるガーマミリア帝国。そしてそのさらに北には人類生存圏の北限ノース山脈だ。

 

 「……」

 

 ヴァルアスの目線はここからは見えないノース山脈へと向いていた。

 

 かの山脈はその向こう側へと巨人族を追いやった障壁であり、同時に人族の居住圏に唯一存在する竜族の集落がある場所でもあった。

 

 「ティリアーズは今でも生意気だろうか。デイヅともケンカの決着をつけにいってやらんとな」

 

 かつての大戦争で共に戦った竜族前線部隊の副官を務めていた少女、そして若く無鉄砲だったヴァルアスをいつも口うるさく叱りつけてきていた竜将を思い浮かべ、ヴァルアスは目を細めた。

 

 「過去に縋るといえば情けないが……、ジジイが旧交を温めるくらいは構わんか?」

 

 誰にともなく、おそらくは自分の内にある何かに問いかけたヴァルアスは、ふらふらとしていた足取りをようやく定めたのだった。

 

 *****

 

 一方でヴァルアスの残してきた跡は、ついに最大の波紋を起こそうとしていた。

 

 交易都市スルタの郊外。かつてはセッタ村と呼ばれた現在の農業地区では、この地の前領主が大きくはないが緻密な造りの家で隠居生活を送っていた。

 

 バタンッ、ドタドタドタ

 

 普段はあまり訪れる人物も多くないこの家に、数少ないよく来る内の一人が、常にない騒がしい足取りで押しかけてきていた。

 

 「なんだシィアよ、君らしくもない」

 

 入ってすぐの居間で午後のお茶を楽しんでいたこの家の主ガネア・スルタ・ソータは、明確に咎める視線を向ける。

 

 すでに隠居の身であるガネア相手に事前のお伺いがなかったことは普段通りではあったが、この肥満の初老商人がここまで露骨に焦るのは珍しい事だった。

 

 「何だじゃないネ! どうしてワタシに教えてくれなかったのカ!」

 

 幼い頃を遠方で過ごしたという独特の訛りがある口調で、シィアは気後れせずに詰問する。

 

 引退しているとはいえ前都市長にして先代領主、そしてまぎれもない貴族であるガネア相手に、計算高いシィアらしくない感情的な振る舞いは、ガネアの内心の不安をかきたてた。

 

 「まさかとは思うけド……知らないのですカ?」

 「……何をだ?」

 

 間を空けてから問い返したガネアの言葉に、シィアは天を仰いで片手で目元を覆う。

 

 「もうこれ分かんないネ」

 

 漏れ聞こえたシィアの小声は、疑問や苛立ちではなく投げやりなものに聞こえた。

 

 「ん?」

 

 そこでガネアは開いたままだった入り口へと再び目線を向ける。そこにはさらなる来客があった。

 

 「父上…………」

 

 まるでイタズラがバレた幼児のような、怒られることがわかりつつも何とか弁解を考える仕草を見せるのは、現都市長として今も仕事中のはずのザンクだった。

 

 「はぁぁぁ」

 

 その姿を見たシィアが言葉もなく息を吐き出す。彼には状況が理解できたようだった。

 

 「用件を言いなさい」

 

 少しの間、両目を閉じたガネアがはっきりとした口調でザンクを促す。楽しい内容ではないことはもはや分かりきっていた。

 

 「ヴァルおじさんが、英雄ヴァルアス・オレアンドルが……冒険者ギルドを辞め、都市の外へと出たようです」

 「――っ!?」

 

 しかしそれでも、その内容を聞いたガネアは言葉も出ないほどの衝撃を受けた。

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