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六十四話 黒き死神は英雄の背を追う・二

 「うわっ、あ、足がっ!」

 

 急に悲鳴を上げた盗賊の足は、うまく草むらに隠されていた縄によって縛り上げられていた。

 

 大きさからいって動物用ではない。完全に人族を捕らえるための罠だとお頭は気付く。

 

 「な!」

 「くそっ」

 

 続いて二つ声が上がり、これで計三名が足を取られて動けなくなった。

 

 「ち――」

 

 何かの襲撃を受けている。それに対応すべく「散れ」と命じようとしたところで、何かが弾ける音が響く。

 

 ボフッ

 「ぐぅ……」

 「うぁ?」

 「……」

 

 気付けば盗賊たちは煙に巻かれ、それを吸って次々に倒れていく。

 

 強力な催眠剤であったらしいその煙によって、彼らは眠るか、あるいはかろうじて意識を残しても動くことができなくなっていた。

 

 「ちぃっ」

 

 しかしお頭は、伊達で統率役をしているわけではなかった。

 

 いち早く動きだし、煙をひと吸いもすることなく離脱した上で、振り返ることもなくメツ村とは反対方向へと一目散に駆けていく。

 

 判断が速く、思い切りが良いこのお頭は、実はかつてシャリア王国の王都を荒らした盗賊だった。

 

 年齢とともに衰え、さらには王都の闇を取り仕切る盗賊ギルドにもついに目を付けられた彼は、ガーマミリア帝国へと逃れてコソ泥のお頭へと収まっていた。

 

 逃げ出す際に偶然遭遇した、犯罪者である彼からすると最悪の存在を見たことでもう大きな“仕事”をすることに嫌気が差していたというのも理由だ。

 

 「ん? なろっ」

 

 ふと頭上に不穏な気配を感じたお頭は、走る速さを緩めずに思い切り前転した。

 

 ボゥッ

 

 それによってぎりぎりのところで降ってきた火球をかわし、しかし足を止めることとなってしまう。

 

 「理術か……?」

 

 それほどの威力ではなかったものの、理術使いが襲撃者であることに警戒を強め、お頭はダガーを構えた。

 

 一度足を止めてしまったからには、再び走り出すのは隙になる。一太刀受ける、そして可能ならば反撃をしてから、また逃げる。

 

 そう計画したお頭の脳裏に、先ほど話題にしかけた“黒き死神”の噂がふと過ぎった。

 

 その黒衣の冒険者は、剣技と体術が一流で、加えて理術まで使えるらしい。しかし何よりも、ガーマミリア帝国の冒険者らしくなく手段を選ばない冷徹さを持つらしいという部分を、お頭は怖ろしいと感じる。

 

 奇襲、罠、理術……。これだけ材料が揃ったうえでは、お頭は楽観視することはできなくなっていた。

 

 最大限の警戒をし、さらには隠し持っている高額な魔導具の使用も決意する。

 

 しかし――

 

 「っ!」

 

 影が見えた、と思った瞬間には、腹部を中心とした衝撃によってお頭は既に倒れつつあった。

 

 「くろ……き、しに……が……み」

 

 意識を失う直前、黒衣を身にまとい、顔には真っ黒い異様な仮面を被った姿を目にする。

 

 「ふぅ~、逃げられるかと思って焦ったっすよ」

 

 お頭が完全に気を失ったのを確認して、盗賊を手際よく片付けた人物は気の抜けた声で呟きながら黒い仮面を外した。

 

 それは黒髪黒目に、美形ながらどこかいじけたような顔つきをした女冒険者の顔。カヤ・クラキだった。

 

 「こんな小さなコソ泥集団を取り逃がしたりしたら、せっかく浸透してきた“黒き死神”の名前に傷がつくところだったっす」

 

 強く冷酷な黒衣の冒険者の噂は、実はカヤが意図的に流しているものだった。

 

 もちろん冒険者としてカヤは懸命に活動している。

 

 しかし今のゲールグ領では、どうしても冒険者の数が足りていなかった。

 

 それを少しでも補う抑止力とするため、そしてゲールグ領の冒険者は消えていないと人々に知らしめるため、そうした噂を立てている。

 

 「師匠……、ウチは頑張っているっすよ」

 

 別れ際に受け取った言葉を反芻しながら、名実ともにゲールグ領の庶民にとっての守り手になりつつあるカヤはさらに気持ちを引き締めていた。

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