六十三話 黒き死神は英雄の背を追う・一
ガーマミリア帝国の中でもゲールグ領は比較的冒険者の活動が活発な地域だった。
だがそれはもはや過去形で語られる話であり、先のシライトによる事件の後、さすがに領地の治安に無頓着過ぎたと反省した領主は衛兵による巡回を増やし、大幅に数を減らした冒険者の穴を埋めていた。
そもそもの話として冒険者が少ない帝国でのこと。
比較的活発であったとはいえ、冒険者が担っていた分を埋めるのはそう難しい話ではなかった。
そうしてゲールグ領は一般的な帝国領地へと変わりつつある。
つまりは、冒険者が極端に少なく、地域の魔獣討伐や犯罪者取り締まりは衛兵団が担い、それで手に負えないことには精鋭である騎士団が出てくる。そして民衆は個別に冒険者へ報酬を用意しなくても、領主へ税を納めてさえいれば、衛兵と騎士による恩恵を受けることが出来る。
だが当然、悪い面に関しても一般的な帝国領と同じになりつつあった。
領主の目に留まらない程度の、当人にとっては重大だが領地全体からすると取るに足らないような事では、助けてもらえない。
少し前まで荒っぽい冒険者でにぎわっていた道端亭を訪れても、そこの亭主は首を振って取次ぎを断ることが多くなってしまった。
とはいえ、ゲールグ領から冒険者が全くいなくなってしまった訳ではない。
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それほど発展しているとはいい難いゲールグ領の中でもさらに端の端。領主の記憶にあるかも怪しいそこはメツ村という名前の場所だった。
「よーし、お前ら今日もひと仕事いくぞぉ」
「お頭は本当に天才ですよね! こんなこと並みの盗賊にゃあできませんぜ!」
「だろ? 危機管理ってやつだぁな」
村から少し離れた岩陰に身を潜めた十人ほどの集団が、お気楽な調子でそんなことを言い合っている。
彼らはここ最近になって頻繁にメツ村を狙うようになった盗賊団だった。
盗賊団、とはいっても実態はコソ泥集団であり、これまで都市部では衛兵に、田舎では冒険者に追われながらの活動だった。
しかし悪知恵の回るこのお頭は、冒険者が激減したこの機会に集中して田舎村を狙うことを画策して実行に移している。
というのも、他の盗賊たちはこの混乱に乗じるべく裕福な都市部や、護衛が減った商人を狙っていたが、相手も当然それは警戒していた。
だからこそ、大きな儲けは初めから狙わず、メツ村のような田舎でやや強引に“仕事”をすることで小金稼ぎをしている、という状況だ。
目先の儲け話に弱く、金貨の匂いがすれば自分たちの身の安全すらないがしろにする盗賊という人種にあって、確かにこのお頭は賢いといえた。
だがそんなずる賢さは狙われた側であるメツ村にとっては迷惑な話。
何度も盗みの被害にあい、田舎村ではあっても実は少しだけ産出する魔石のおかげで抱えていた貯えが減っていくことに、当然大きな危機感を覚えた。
そしてまだ金銭が残っている内にと、なんとか依頼にこぎつけた冒険者が、実は今警備についているのだった。
そんなこととは露知らず、とうとう“危機管理”よりも目先の儲けを優先するという一線を知らずに越えてしまった彼らは、のんきに浮かれている。
「冒険者がいないと、こんな場所での仕事はやりやすいですねぇ」
「まあ普通はこんな田舎に金の貯えなんてねぇけどな。最初に目を付けたあの村が意外と溜め込んでやがったのは幸運だったぜ」
そこまでにやつきながら話していたお頭は、不意に背筋が寒くなったように感じて小さく体を震わせた。
「けどここらが潮時かもな? ほら、なんか聞いたぜ。冒険者の数は少なくなった代わりに、やべぇ奴が現れたらしいってな」
「ああ、あの“黒き死神”ってやつですか?」
お頭が急に気にしだしたその存在を、手下たちも聞き及んでいたという様子を見せる。
だが彼らがそこに気を回すのはほんの少しだけ遅かった。




