五十七話 至高の木剣・五
今回のヴァルアスが受けた依頼は、不穏な地域の調査と、盗賊が発見されれば対処ということだった。
シャリア王国と比べて冒険者というものの地位が確立されていないガーマミリア帝国内では、盗賊とはいえ人間を殺してしまうと、場合によっては罪に問われる。
要するに問題となるのは、その相手が確実に盗賊であったと証明できるかどうか、だ。
その点でいえば、今回はノースの商人一同からの依頼であるし、ヴァルアス程に名の知られた冒険者であれば、余程疑わしいような状況でもない限りは問題にはならない。
つまりあくまで気にすべきは本当に相手が盗賊かどうかを“ヴァルアスが”確信してから攻撃に移ることで、そのためにもヴァルアスは依頼された林の中を慎重に歩き回っていた。
当たり前といえば当たり前なことに、武装した人間が一人で歩いていても、商人狙いであるらしい盗賊は寄りついてきていない。
英雄ヴァルアスであることに気付くかどうかは別として、体格が良く帯剣している者であり、大荷物を抱えているでもない個人を襲撃しても、盗賊からすると得るものは少なく失う可能性は十分にある。
「思ったよりも広いな……」
ヴァルアスが周囲を見渡しながら愚痴をこぼした。
詳しい話もそこそこに来てみれば、魔獣はいないはずだが盗賊がでるかもしれない、という今回の依頼対象となる範囲は、案外と広い。
それだけ従来なら安全な林であったから、道はなくとも商人が通ることにしたのだろうし、そうであるから盗賊は目を付けたのだろう。
「間に合うか?」
少しの苛立ちを声に滲ませながら、ヴァルアスは苦渋する。
今回の依頼では林の安全確認、そして展開次第で盗賊討伐であって、その商人との合流と護衛は含まれていなかった。
それは単純に向こうの状況が確としていないからであり、可能性としては今にもこの林を通ることもありえるのだった。
それ程にひっ迫していたからこそ、ムクッシュは偶然見つけただけの通りすがりの冒険者――それが高名な英雄であったとはいえ――にこの様なことを依頼した訳であるし、結果についてはどのようになっても責任を問うたりはしないとわざわざ明言されてもいる。
困った状況であるからこそ何とか助けてやりたいし、そもそも盗賊などの被害が出ていいはずもない、と考えるヴァルアスだったが、事態は芳しくはなかった。
「くっ」
焦る程にヴァルアスの集中力は散漫になり、まばらとはいえ木々が視界を遮るこの場所では探しものは見つからない。
これほどヴァルアスが焦るのには理由があった。
「気配は確かにある……っ!」
今回のように商人が通ることにならなければ、普段は人は殆ど立ち入らないと聞いている。
しかし地面では草が踏まれ、木々の枝は所々が折れていた。明らかに人が、それも普段からこの林を仕事場としている狩人などとは違う荒々しい者たちがうろついている痕跡だった。




