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五話 老いて旅立つ朝

 スルタ冒険者ギルドで大騒ぎのあった次の日、うって変わって静かなギルド長室には、ヴァルアスとテトの二人がいた。

 

 ギルドが大きな変革を迎えることに期待するざわめきが、どこか遠い世界の出来事かのようにこの室内にも漏れ聞こえてきている。

 

 昨日ギルド内に駆け巡ったヴァルアス引退という衝撃発表には、当然それを不満に思う職員や冒険者も存在した。

 

 しかしその大部分はベテランであり、その上同じく不満を持つであろう幹部陣は不在。その状況で、勢いのある若手から突き上げをくらえば、彼らも何も言えなかった。

 

 なにより、この流れに異を唱えることで「お前も老害か!」と次の標的にされることを恐れて口をつぐんでしまったという面も大きかった。

 

 そうした流れの行き着いた先として、黙々と片付けるヴァルアスと、それを痛々しい目で見つめるテト、という現在の状況が生まれていた。

 

 「この辺の私物は家に置いとくが、邪魔だったら処分してくれていい。ギルド長としての書類とかはそこにまとめておいてあるし、引き継ぎなんかはまあお前がいるから大丈夫だろ」

 「父さん……今からでも撤回しない? 父さんのいない冒険者ギルドなんて……」

 「ここから撤回なんぞしたらそれこそ収拾がつかなくなる。あの場を力づくにでもなんとかしようって気が起きなかったってこたぁ、ワシも引退時だったんだろ」

 

 飄々と、ふてぶてしい程にいつも通りの雰囲気で話すヴァルアス。しかしそれは家族の目までは誤魔化せない程度の虚勢だった。

 

 「父さん……」

 「だからっ……いや、そうだな。まあ実際年寄りなのは事実なんだ。ゆっくり旅でも楽しんでくるさ」

 

 重ねて発されたテトからの労わる声に、ヴァルアスはすぐに虚勢を張るのを諦めた。代わりに、自身へと言い聞かせるような言葉を紡ぐ。

 

 別にスルタから追い出された訳でもないのにかかわらず、ギルド長を引退した次の日には都市を出る準備をしている。

 

 そんな見たくない現実から逃げるような、豪胆なヴァルアスらしくないにも程がある行動が、どれほど衝撃を受けた出来事であったかということを示していた。

 

 「……まあ、なんだ、実際落ち込んでいるさ」

 

 そんな風についには素直な内心を吐露したヴァルアスに、テトはどのような言葉で慰めればいいかも思いつかなかった。

 

 「次のギルド長のこともな。心配で仕方ねぇ、それも鬱陶しい老人の戯言なんだろうが」

 「そんなことないわよ。私もタツキさんが適任だと思っていたし」

 

 引退を宣言した後で、ヴァルアスは次期ギルド長として幹部のタツキ・セイリュウを指名した。

 

 その時点で本人不在ではあったが、スルタが田舎村であった頃からの古参であり、そのため都市の事を裏も表も熟知しているタツキは、ヴァルアスに何かあった際の次期ギルド長として最有力視されていた。

 

 ちなみにテトは副ギルド長であるものの、冒険者経験のない純粋な事務方である上に、冒険者というものに世襲を嫌う風潮があることからもギルド長になるべきではないと自他共に認めていた。

 

 しかしそのヴァルアス最後の希望も跳ね除けられる結果となっていた。

 

 そもそもが年寄り幹部による硬直化した組織運営を、若手が嫌ったことがことの発端である。その流れでいくと既に幹部であり六十代のタツキが新ギルド長として受け入れられるはずもなく、ヴァルアスからすると短慮な若造でしかないヌル・ダックがその席に収まることが決まってしまっていた。

 

 その事をすぐに察したヴァルアスが何とかねじ込んだ次善の案が、副ギルド長テトの残留だった。

 

 いうまでもなく前ギルド長派ということになるテトを残すことは若手側も嫌がった。

 

 しかし現在三十歳であるテトに対して、これ以上強引に退任を迫る根拠が無いことも事実であったために、そこはなんとか受け入れられたのだった。

 

 「大変だとは思うが……、ザンクとも協力して何とかこれからの冒険者ギルドを形にしてくれ。ワシらが……いやお前らが崩れれば都市の人間が犠牲になる」

 「そう、ね。ええ、最善を尽くすわ」

 

 テトは背負う責任の重さに、冒険者ギルドのことをヴァルアスが“お前ら”と言い換えたこと、そしてさらにはザンクという名前が出たことに眉を曇らせる。

 

 これから冒険者ギルド外で頼ることになるのであろう現都市長にしてスルタ領主である貴族の名前がザンク。ヴァルアスの旧友にして初代、そして前スルタ領主であったガネア・スルタ・ソータの息子であった。

 

 ザンクは善良で真面目、それこそ絵に描いたような良い男であった。しかしそれ故に時に必要となる一種の悪辣さに欠ける面があり、そのことがテトの胸中で不安として渦巻いた。

 

 「すまんな……」

 

 ヴァルアスにもその不安は理解できていた。しかしもう動き出した状況に対しては、いかなかつての英雄といえどもできることはない。

 

 不安と申し訳なさが多分に含まれた空気。それが人族屈指の英雄が晩年の旅路に出るにあたっての餞となってしまっていた。

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